第50話 水は撃てないし殴れない
文字数 2,764文字
ソウルハンター。。
「狩人」というよりは「手品師」といった格好をしたキツネの化け物は手にしていた一枚のカードをローゼンバーグに渡した。
受け取ったローゼンバーグがそれを眺める。口角がさらに上がった。とっておきの玩具を見つけた子供のように興奮し始める。
「これは……素晴らしい、素晴らしいぞッ! 精霊とその器だけでなくとんだおまけがついてくるとはな! 実に素晴らしい!」
彼はドリスに向いた。
「アボイドノートの封印を解いた者がいたとはな。少し驚いたがまあいい。おかげで欲しい情報は得た。あと一枚のカードがあれば儀式は可能だ」
「……ミセス」
アイシャの身体が震えた。フラッシュバックのようにシスターマリーがカード化されたときの姿が蘇り、一気に心音が加速する。
どくんどくんと脈打つ心臓の鼓動が耳元で鳴っているのではないかと錯覚するほどうるさい。
彼女の中で「それ」がささやく。
怒れ、
怒れ。
怒れ。
家族の仇。
修道院の仲間の仇。
シスターマリーの仇。
そして、エンヤの仇。
憤怒が溢れんばかりに膨らんでいく。両手に黒い光のグローブが発現した。波打つ光はアイシャの怒りを主張しているかのようだ。
彼女はぐっと拳を握り、その小さな拳に怒りを乗せて放った。
「ウダァッ!」
「おっと」
ローゼンバーグを庇うようにソウルハンターが片手で拳を止める。想像よりもずっと素早い動きだった。しかも打撃が手の内で分散されるような妙な感触がある。
ふむ、とローゼンバーグが息をついた。その切れ長の目が細丸。
「思ったよりパワーはあるな」
「……」
アイシャは応えずローゼンバーグを睨みつける。
彼女は奥歯を噛み、さらに一歩踏み入れて拳を連打した。
「ウダダダダダダダダッ!」
ソウルハンターが連続攻撃を全て防ぐ。一発一発と打ち込んだ拳がパワーを散らされていった。有効打は一つもなく軽い悔しさを胸にアイシャは一度距離をおく。
ひゅん。
さっきまでアイシャがいた位置を水色の化け物が横切った。
クククと嘲うその声が悪意に満ちている。もし身を引いていなければ一撃食らっていたはずだ。その事実にアイシャは戦慄を覚えたがどうにか表情にするのを堪えた。
「僕がいるのも忘れないでね」
楽しげに子供じみた声が笑う。
バビューン!
いきなり光弾が飛んで水色の化け物に着弾した。パシャリと音を立てて化け物が四散し床を濡らす。ヨウジのラッドウインプスの攻撃だった。
「やったか」
「いいえ、まだよ」
ドリスがヨウジに警告する。
「パーパスはそんなやわじゃないわ」
「そうだよ♪」
子供じみた声がキッチンにこだました。
「僕のパーパスは水に溶け込む能力。水は撃てないし殴れない。そしてッ!」
床に散っていた水が意思があるかのように一カ所に集まった。それはしだいに形を成し元の水色の化け物へと変じていく。大きな赤い目と額の宝石をキラリと光らせて化け物が言った。
「水に溶けたパーパスは水道管を通りこの建物に侵入できた。ソウルハンターが攻撃系のカードでいくら攻めてもびくともしなかったのに、僕はあっさりと入れたんだ。すごいでしょ? ねっ、すごいよね?」
どこか幼い子供を連想させる物言いだった。パチパチと自分の手で拍手して化け物が自賛する。
ローゼンバーグが命じた。
「ジャスティン、予定通りだ。私は最後の一枚を回収する」
「りょーかーい!」
水色の化け物が跳ねた。
まっすぐにヨウジへと突撃する刹那何かの力に押されたように壁に叩きつけられる。壁を濡らして飛沫を上げた化け物が何のダメージもない様子で嘲笑した。
「月の魔女も大したことないね。それとも、僕が強すぎるのかな?」
「あら、私を舐めていると痛い目に遭うわよ」
「うーん、パーパスの怖さをわかってないなぁ」
散らばっていた水が形を変えた。
それは一つに纏まるのではなく分散したそのままに個体へとなった。質量のせいかサイズこそ小さいけれどそれらは紛れもなく水色の化け物だった。
一、二、三……全部で十八体の化け物が一斉に目と額の宝石を光らせ嘲う。
「ソウルハンターは君の裏切りには気づいていたよ。いや、初めから君は僕らの仲間じゃなかった」
「それが何?」
「君はずっと利用されていたって訳。どう、悔しい? 悔しいよね? 悔しいって言ってみなよ」
「……言いたいことはそれだけ?」
「えっ」
「フライミートゥザムーン!」
ぐしゃり。
勢い良く水音を鳴らして半数以上の水が潰れる。その圧倒的な力は再び形を戻すのを許さなかった。
「ジャスティン、あなたこそ勝てるなんて思わないでね」
ぐぬぬ、と低く呻いて水色の化け物が同時に床を蹴る。残りの個体全てが飛び上がった。放物線を描いてドリスではなくヨウジへと狙いをつける。
「させないっ!」
ドリスの赤髪を飾る黒いリボンが乳白色の宝石を輝かせた。潰していた力を移してヨウジを守る。彼の足元にいくつもの水溜まりができた。
紅茶の海に水が混ざり合う。
ドリスがそのベクトルも操作したらしくすぐに水と紅茶が分離した。水だけが一カ所に集められる。
*
アイシャはソウルハンターの打ち込んできた一撃をすんでのところで避けた。
ローゼンバーグが不敵に笑う。その余裕ぶった顔に一発ぶち込んでやりたかった。彼女の中で煽ってくる「それ」が怒りを助長した。
怒れ。
怒れ。
怒れ。
拳を握り直し、アイシャは構えてすぐにラッシュをぶちかます。
「ウダダダダダダダダッ!」
「無駄だ」
ソウルハンターの右手が拳を防ぐ。一発として通らぬ攻撃にアイシャは舌打ちした。敵を見据え、雄々しく一歩前に出る。全身に煮えたぎる怒りが駆け巡った。
「ウダァッ!」
気合いを込めた拳撃が空気を切り裂く。
だが、それすらもソウルハンターが片手で防御してしまった。拳圧さえも無効にし、ソウルハンターがその手に銀色の光を纏わせる。
「児戯だな」
薙ぎはらうようにソウルハンターが片腕を横に振り、その平手でアイシャを打ち据える。堪らず彼女は吹き飛ばされた。衝撃音を伴いながら冷蔵庫にぶつかり崩れるように倒れる。鈍い音が冷蔵庫の中から聞こえた。今のショックでどこか壊れたのかもしれない。
ともすれば遠のきそうな意識を気力で留める。アイシャは立ち上がろうとしたがすぐにはできなかった。思いの外ダメージが強かったらしい。
ダーティワークにより身体的な能力が向上しているはずなのにこのザマだ。
情けなさを上塗りするように沸騰する怒りが狂気じみた「それ」の煽りを誘う。だが身体がついてこなかった。ぎりっと奥歯を噛んでアイシャはローゼンバーグを睨みつける。
ローゼンバーグとソウルハンターが並んでアイシャを見下ろした。その目には侮蔑とも憐れみともとれる色が宿っている。
「さっきも言ったがお前は後だ」
「狩人」というよりは「手品師」といった格好をしたキツネの化け物は手にしていた一枚のカードをローゼンバーグに渡した。
受け取ったローゼンバーグがそれを眺める。口角がさらに上がった。とっておきの玩具を見つけた子供のように興奮し始める。
「これは……素晴らしい、素晴らしいぞッ! 精霊とその器だけでなくとんだおまけがついてくるとはな! 実に素晴らしい!」
彼はドリスに向いた。
「アボイドノートの封印を解いた者がいたとはな。少し驚いたがまあいい。おかげで欲しい情報は得た。あと一枚のカードがあれば儀式は可能だ」
「……ミセス」
アイシャの身体が震えた。フラッシュバックのようにシスターマリーがカード化されたときの姿が蘇り、一気に心音が加速する。
どくんどくんと脈打つ心臓の鼓動が耳元で鳴っているのではないかと錯覚するほどうるさい。
彼女の中で「それ」がささやく。
怒れ、
怒れ。
怒れ。
家族の仇。
修道院の仲間の仇。
シスターマリーの仇。
そして、エンヤの仇。
憤怒が溢れんばかりに膨らんでいく。両手に黒い光のグローブが発現した。波打つ光はアイシャの怒りを主張しているかのようだ。
彼女はぐっと拳を握り、その小さな拳に怒りを乗せて放った。
「ウダァッ!」
「おっと」
ローゼンバーグを庇うようにソウルハンターが片手で拳を止める。想像よりもずっと素早い動きだった。しかも打撃が手の内で分散されるような妙な感触がある。
ふむ、とローゼンバーグが息をついた。その切れ長の目が細丸。
「思ったよりパワーはあるな」
「……」
アイシャは応えずローゼンバーグを睨みつける。
彼女は奥歯を噛み、さらに一歩踏み入れて拳を連打した。
「ウダダダダダダダダッ!」
ソウルハンターが連続攻撃を全て防ぐ。一発一発と打ち込んだ拳がパワーを散らされていった。有効打は一つもなく軽い悔しさを胸にアイシャは一度距離をおく。
ひゅん。
さっきまでアイシャがいた位置を水色の化け物が横切った。
クククと嘲うその声が悪意に満ちている。もし身を引いていなければ一撃食らっていたはずだ。その事実にアイシャは戦慄を覚えたがどうにか表情にするのを堪えた。
「僕がいるのも忘れないでね」
楽しげに子供じみた声が笑う。
バビューン!
いきなり光弾が飛んで水色の化け物に着弾した。パシャリと音を立てて化け物が四散し床を濡らす。ヨウジのラッドウインプスの攻撃だった。
「やったか」
「いいえ、まだよ」
ドリスがヨウジに警告する。
「パーパスはそんなやわじゃないわ」
「そうだよ♪」
子供じみた声がキッチンにこだました。
「僕のパーパスは水に溶け込む能力。水は撃てないし殴れない。そしてッ!」
床に散っていた水が意思があるかのように一カ所に集まった。それはしだいに形を成し元の水色の化け物へと変じていく。大きな赤い目と額の宝石をキラリと光らせて化け物が言った。
「水に溶けたパーパスは水道管を通りこの建物に侵入できた。ソウルハンターが攻撃系のカードでいくら攻めてもびくともしなかったのに、僕はあっさりと入れたんだ。すごいでしょ? ねっ、すごいよね?」
どこか幼い子供を連想させる物言いだった。パチパチと自分の手で拍手して化け物が自賛する。
ローゼンバーグが命じた。
「ジャスティン、予定通りだ。私は最後の一枚を回収する」
「りょーかーい!」
水色の化け物が跳ねた。
まっすぐにヨウジへと突撃する刹那何かの力に押されたように壁に叩きつけられる。壁を濡らして飛沫を上げた化け物が何のダメージもない様子で嘲笑した。
「月の魔女も大したことないね。それとも、僕が強すぎるのかな?」
「あら、私を舐めていると痛い目に遭うわよ」
「うーん、パーパスの怖さをわかってないなぁ」
散らばっていた水が形を変えた。
それは一つに纏まるのではなく分散したそのままに個体へとなった。質量のせいかサイズこそ小さいけれどそれらは紛れもなく水色の化け物だった。
一、二、三……全部で十八体の化け物が一斉に目と額の宝石を光らせ嘲う。
「ソウルハンターは君の裏切りには気づいていたよ。いや、初めから君は僕らの仲間じゃなかった」
「それが何?」
「君はずっと利用されていたって訳。どう、悔しい? 悔しいよね? 悔しいって言ってみなよ」
「……言いたいことはそれだけ?」
「えっ」
「フライミートゥザムーン!」
ぐしゃり。
勢い良く水音を鳴らして半数以上の水が潰れる。その圧倒的な力は再び形を戻すのを許さなかった。
「ジャスティン、あなたこそ勝てるなんて思わないでね」
ぐぬぬ、と低く呻いて水色の化け物が同時に床を蹴る。残りの個体全てが飛び上がった。放物線を描いてドリスではなくヨウジへと狙いをつける。
「させないっ!」
ドリスの赤髪を飾る黒いリボンが乳白色の宝石を輝かせた。潰していた力を移してヨウジを守る。彼の足元にいくつもの水溜まりができた。
紅茶の海に水が混ざり合う。
ドリスがそのベクトルも操作したらしくすぐに水と紅茶が分離した。水だけが一カ所に集められる。
*
アイシャはソウルハンターの打ち込んできた一撃をすんでのところで避けた。
ローゼンバーグが不敵に笑う。その余裕ぶった顔に一発ぶち込んでやりたかった。彼女の中で煽ってくる「それ」が怒りを助長した。
怒れ。
怒れ。
怒れ。
拳を握り直し、アイシャは構えてすぐにラッシュをぶちかます。
「ウダダダダダダダダッ!」
「無駄だ」
ソウルハンターの右手が拳を防ぐ。一発として通らぬ攻撃にアイシャは舌打ちした。敵を見据え、雄々しく一歩前に出る。全身に煮えたぎる怒りが駆け巡った。
「ウダァッ!」
気合いを込めた拳撃が空気を切り裂く。
だが、それすらもソウルハンターが片手で防御してしまった。拳圧さえも無効にし、ソウルハンターがその手に銀色の光を纏わせる。
「児戯だな」
薙ぎはらうようにソウルハンターが片腕を横に振り、その平手でアイシャを打ち据える。堪らず彼女は吹き飛ばされた。衝撃音を伴いながら冷蔵庫にぶつかり崩れるように倒れる。鈍い音が冷蔵庫の中から聞こえた。今のショックでどこか壊れたのかもしれない。
ともすれば遠のきそうな意識を気力で留める。アイシャは立ち上がろうとしたがすぐにはできなかった。思いの外ダメージが強かったらしい。
ダーティワークにより身体的な能力が向上しているはずなのにこのザマだ。
情けなさを上塗りするように沸騰する怒りが狂気じみた「それ」の煽りを誘う。だが身体がついてこなかった。ぎりっと奥歯を噛んでアイシャはローゼンバーグを睨みつける。
ローゼンバーグとソウルハンターが並んでアイシャを見下ろした。その目には侮蔑とも憐れみともとれる色が宿っている。
「さっきも言ったがお前は後だ」