第40話 金色の光に沈む
文字数 2,208文字
玄関のドアベルが軽やかに音を奏でる。
ドリスとポピンズ夫人がそれに反応して音のほうに注意を向けた。
ポピンズ夫人が少し怪訝な表情をする。白い髪飾りが水色の宝石をキラリとさせた。
「この感じは、ラッドウィンプスの光弾?」
玄関へと行こうとする夫人をドリスが制した。
「いいわ、私が出る」
「ですが、アイシャさんが」
「この娘をちょっと見てて」
言ってドリスがアボイドノートをアイシャに差し出した。アイシャが問うように見上げると小さくうなずく。三つ編みの赤髪を飾る黒いリボンが促すように乳白色の宝石を点滅させた。
「……」
アイシャはゆっくりと手を伸ばしノートを受け取った。
「まだ開いちゃ駄目よ」
そう言い残してドリスが行ってしまう。
アイシャは両手に持ち直しポピンズ夫人へと見遣った。彼女はドリスの背中を目で追っている。
やがてアイシャへと視線を移した。
「アイシャさん」
声音は重かった。
「アボイド・アップルは契約者(リンカー)でした」
「えっ」
「どんな精霊と契約していたのかまでは知りません。ですが、アボイドがその契約を良しとはしていなかったことは知っています。彼は契約者(リンカー)を人と見做していませんでした。彼自身も含めて化け物だと言っていたくらいです」
「化け物……」
その通りかもしれない、とアイシャは無言でつぶやく。
異能を授かった者はその時点で人ならざる者となるのだ。これは祝福ではなく呪いだった。契約者(リンカー)は常人ではあり得ない力を得る代わりに人としての魂を失うのだ。
その契約が望んでしたものなら当然の代償なのかもしれない。
けれどそうでなければ……。
「認めたくないでしょうね。そんな自分を」
「ええ、だから彼は探したんです。精霊の力を完全に消し去る方法を」
「……」
アイシャはアボイドノートをじっと見る。
アボイドが父の助手をしていたのは自らの力を無とするためだった。きっとこのノートにはその答えが記されているのだろう。
ソウルハンターは万物の精霊の力を求め、アボイドは無を求めた。
父は……どうだったのだろう。
その疑問を察したのかポピンズ夫人が告げた。
「高城教授は島の秘密の解明……真実を求めていました。そして彼は自分の研究を進めることが多くの人の役に立てると信じていたようです」
「あなたも父を知っていたの?」
「はい。この水色館にも招いたことがありますよ」
少しの間だけ悪戯っぽく笑むとポピンズ夫人はまた真面目な顔をした。
「高城教授がどんな真実に辿り着けたのか、ノートを見ればわかるでしょうね。でも、そのノートには封印が施されているんです。。うっかり中を読まれないように……」
最後まで効かずにアイシャはノートを開いた。
あっけないほど容易に開くことができ、ちょっとびっくりする。ノートは大分変色していたが書かれている文字に問題はない。しかし、どこかおかしかった。目に見えているのに内容が頭に入ってこない。
ポピンズ夫人が大声を上げた。
「アイシャさん、何てことを!」
「……?」
大げさともとれるポピンズ夫人の態度に若干面食らう。確かにドリスにはまだ開くなと言われていた。だが、そこまで騒がれるものではないのではないか。
「封印がされていると言ったではありませんか! どうしてそんな……」
いきなりアイシャを中心に金色の光が広がった。いや、これはアボイドノートを中心にと言うべきか。光の内側に星形の紋様が現れた。見たことのない記号とも文字ともつかないものがぐるりとアイシャを取り囲む。
やばい。
後悔したときには遅かった。ずぶずぶと身体が光の中へと沈み始める。
聞き覚えのない声が侮蔑するように言った。
「ティアーズフォーフィアーズ」
渋みのある男の声だった。
「封印を破るというなら受けてもらうぞ、この試練を」
「試練?」
沈みながらアイシャは目に見えぬ相手に問いかける。我ながら呑気だなと彼女はすぐに反省した。今はそんな場合ではないというのに。
ドタドタと足音が玄関のほうから近づいてきた。ヨウジとドリスの切迫した声が聞こえる。ゆっくりと光の中に溶けていく自分を意識しつつ、アイシャはそういえばヨウジが水色館に知り合いがいると言っていたなと思い出した。
足音が速まる。
誰かがアイシャの腕を掴んだ。片方だけではない。両腕をそれぞれ一人ずつ掴んでいた。
身を乗り出すように屈めてアイシャを掴む男たちは二人とも見知った顔だった。一人はクラスメイトでもう一人は連絡船で自分を助けてくれた人。
ヨウジとミセス。
二人とも服がボロボロだった。一戦交えてきたかのような姿。疲労の色は拭えずヨウジに至っては左腕に大ケガを負っていた。
「シスター!」
「アイシャ!」
名を呼ばれたがなぜヨウジとミセスがここにいるのか訳がわからず返事もできない。二人に掴まれてもなお身体は光に沈み続けていた。ずぶずぶとヨウジとミセスまで光に飲み込まれていく。
再び渋みのある男の声がした。
「邪魔者か? それならお前らにも試練を受けてもらうまで」
「ヨウジっ!」
ポピンズ夫人の悲痛な叫び。無数の白い手が壁から延びてヨウジに巻きついた。金色の光を跳ね返すようにヨウジを守る白い手が光を放ちその輝きを増していく。
ふわり。
ヨウジだけがそのベクトルを変えたように浮上しだした。
「シスタァァァァァァァァーッ!」
ヨウジの叫び声が遠ざかっていった。
ドリスとポピンズ夫人がそれに反応して音のほうに注意を向けた。
ポピンズ夫人が少し怪訝な表情をする。白い髪飾りが水色の宝石をキラリとさせた。
「この感じは、ラッドウィンプスの光弾?」
玄関へと行こうとする夫人をドリスが制した。
「いいわ、私が出る」
「ですが、アイシャさんが」
「この娘をちょっと見てて」
言ってドリスがアボイドノートをアイシャに差し出した。アイシャが問うように見上げると小さくうなずく。三つ編みの赤髪を飾る黒いリボンが促すように乳白色の宝石を点滅させた。
「……」
アイシャはゆっくりと手を伸ばしノートを受け取った。
「まだ開いちゃ駄目よ」
そう言い残してドリスが行ってしまう。
アイシャは両手に持ち直しポピンズ夫人へと見遣った。彼女はドリスの背中を目で追っている。
やがてアイシャへと視線を移した。
「アイシャさん」
声音は重かった。
「アボイド・アップルは契約者(リンカー)でした」
「えっ」
「どんな精霊と契約していたのかまでは知りません。ですが、アボイドがその契約を良しとはしていなかったことは知っています。彼は契約者(リンカー)を人と見做していませんでした。彼自身も含めて化け物だと言っていたくらいです」
「化け物……」
その通りかもしれない、とアイシャは無言でつぶやく。
異能を授かった者はその時点で人ならざる者となるのだ。これは祝福ではなく呪いだった。契約者(リンカー)は常人ではあり得ない力を得る代わりに人としての魂を失うのだ。
その契約が望んでしたものなら当然の代償なのかもしれない。
けれどそうでなければ……。
「認めたくないでしょうね。そんな自分を」
「ええ、だから彼は探したんです。精霊の力を完全に消し去る方法を」
「……」
アイシャはアボイドノートをじっと見る。
アボイドが父の助手をしていたのは自らの力を無とするためだった。きっとこのノートにはその答えが記されているのだろう。
ソウルハンターは万物の精霊の力を求め、アボイドは無を求めた。
父は……どうだったのだろう。
その疑問を察したのかポピンズ夫人が告げた。
「高城教授は島の秘密の解明……真実を求めていました。そして彼は自分の研究を進めることが多くの人の役に立てると信じていたようです」
「あなたも父を知っていたの?」
「はい。この水色館にも招いたことがありますよ」
少しの間だけ悪戯っぽく笑むとポピンズ夫人はまた真面目な顔をした。
「高城教授がどんな真実に辿り着けたのか、ノートを見ればわかるでしょうね。でも、そのノートには封印が施されているんです。。うっかり中を読まれないように……」
最後まで効かずにアイシャはノートを開いた。
あっけないほど容易に開くことができ、ちょっとびっくりする。ノートは大分変色していたが書かれている文字に問題はない。しかし、どこかおかしかった。目に見えているのに内容が頭に入ってこない。
ポピンズ夫人が大声を上げた。
「アイシャさん、何てことを!」
「……?」
大げさともとれるポピンズ夫人の態度に若干面食らう。確かにドリスにはまだ開くなと言われていた。だが、そこまで騒がれるものではないのではないか。
「封印がされていると言ったではありませんか! どうしてそんな……」
いきなりアイシャを中心に金色の光が広がった。いや、これはアボイドノートを中心にと言うべきか。光の内側に星形の紋様が現れた。見たことのない記号とも文字ともつかないものがぐるりとアイシャを取り囲む。
やばい。
後悔したときには遅かった。ずぶずぶと身体が光の中へと沈み始める。
聞き覚えのない声が侮蔑するように言った。
「ティアーズフォーフィアーズ」
渋みのある男の声だった。
「封印を破るというなら受けてもらうぞ、この試練を」
「試練?」
沈みながらアイシャは目に見えぬ相手に問いかける。我ながら呑気だなと彼女はすぐに反省した。今はそんな場合ではないというのに。
ドタドタと足音が玄関のほうから近づいてきた。ヨウジとドリスの切迫した声が聞こえる。ゆっくりと光の中に溶けていく自分を意識しつつ、アイシャはそういえばヨウジが水色館に知り合いがいると言っていたなと思い出した。
足音が速まる。
誰かがアイシャの腕を掴んだ。片方だけではない。両腕をそれぞれ一人ずつ掴んでいた。
身を乗り出すように屈めてアイシャを掴む男たちは二人とも見知った顔だった。一人はクラスメイトでもう一人は連絡船で自分を助けてくれた人。
ヨウジとミセス。
二人とも服がボロボロだった。一戦交えてきたかのような姿。疲労の色は拭えずヨウジに至っては左腕に大ケガを負っていた。
「シスター!」
「アイシャ!」
名を呼ばれたがなぜヨウジとミセスがここにいるのか訳がわからず返事もできない。二人に掴まれてもなお身体は光に沈み続けていた。ずぶずぶとヨウジとミセスまで光に飲み込まれていく。
再び渋みのある男の声がした。
「邪魔者か? それならお前らにも試練を受けてもらうまで」
「ヨウジっ!」
ポピンズ夫人の悲痛な叫び。無数の白い手が壁から延びてヨウジに巻きついた。金色の光を跳ね返すようにヨウジを守る白い手が光を放ちその輝きを増していく。
ふわり。
ヨウジだけがそのベクトルを変えたように浮上しだした。
「シスタァァァァァァァァーッ!」
ヨウジの叫び声が遠ざかっていった。