第24話 ガンズアンドローゼズの襲撃 その2
文字数 2,404文字
「じいさん!」
ヨウジが仰向けに倒れた老人に向かって叫ぶ。
しゃがみ込んで助け起こそうとする彼をアイシャは止めた。
「待って、また攻撃されるかもしれない」
「攻撃?」
ヨウジが顔を上げる。
アイシャは短くうなずいた。いきなりのことに驚きはしたが冷静さを取り戻していた。元々バラ園で戦いになるだろうとは予想していたのだ。
だが、まさかバラ園に入る前に攻撃されるとは。
アイシャはダーティワークを発現させた。
両拳に黒い光のグローブが宿る。トップナイフ戦の終盤では手の甲にそれぞれ一つずつ黒い宝石がついていたが今はなかった。
敵は……契約者(リンカー)はどこ?
アイシャは老人の被弾した角度から襲撃者を探した。
彼女たちのいる位置から二十メートルくらい先にバラ園の入り口がある。フェンスとポールで造られた入り口はアーチ状の天井だ。バラを伝わせて形取った緑のポーチの横には「ローズガーデン」と記されたプレートがついていた。出入りは自由なのか受付のようなものは見当たらない。
バラ園は五十メートルほどの幅があった。奥行きはどの程度なのか踏み入れてみなければわからない。バラの茎が高いものや葉が茂っているものもあり中の様子は見えづらかった。ただ赤や黄色、白や橙色の花があちこちから覗けるのでバラの種類は多そうだ。
……撃ってこない?
アイシャは気を緩めずヨウジたちを見た。
血色を失っている老人の横でヨウジが俯いている。
「……じいさん」
「あなたの精霊では治せないの?」
とりあえず聞いてみた。期待した答えが返ってくるとは思っていない。
ヨウジが悔しそうに答えた。
「俺のは回復系じゃない」
「そう」
うまくいかないものだなと嘆息する。
同時に老人への申し訳なさがついてきた。どんよりとした気持ちが自分の心に覆い被さってくる。
バラ園までの間は遮蔽物になりそうなものがほとんどなかった。数段に積まれた農業用の黄色いプラスチック製コンテナと誰かが停めたライムグリーンの車体のオートバイ、それに照明のポールくらいだ。いずれも身を隠すには心許ない。さらに言えばオートバイのガソリンタンクに穴でも開けたら、そして引火したらかえって危険だ。
アイシャは自分の拳を見る。
ダーティワークで攻撃を相殺できるだろうか。
確信はなかった。
だが、ダーティワークの能力の副次的な作用により身体の反応速度は上がっている。敵の攻撃に対応できる可能性はゼロではない。
アイシャはバラ園の入り口を見つめた。
いけるか?
……いけるかもしれない。
彼女はぎゅっと拳を握り直した。
「おじいさんは任せたわよ」
「あっ、おい」
返事を待たずにダッシュする。
タタタタタタタタッ!
一瞬だけバラの茂みの中から影が現れ撃ってきた。数発の何かが迫りアイシャは拳を連打する。老人がどうなったかを思えば無謀な賭けでもあるが、これしか身を守る術がなかった。
「ウダダダダダダダダッ!」
体力で殴っているのではない。
能力で殴っているのだ。
敵弾が拳に当たった。強い痛みを覚える。ブスブスッとトゲを刺されたような感覚だった。思わず表情が歪み、足が止まる。
農業用の黄色いプラスチック製コンテナと照明のポールが近くにあった。即断してポールの陰に移動する。
アイシャは拳を観察した。
長さは二センチくらいだろうか、植物のトゲを想起させる形状の緑色の何かが刺さっていた。その数は八つ。グローブの内側がどうなっているかを確かめる勇気はなかった。
数秒するとトゲがすうっと消えていく。
「……くっ」
拳の痛みが増した。まるで熱でも帯びたかのように熱い。
こんなものを何度も食らいたくはなかった。ダーティワークがなければどれだけのダメージになっていたのか……考えるだけでもぞっとする。
背後で駆け足が聞こえた。
少しだけ頭を動かし相手がヨウジだと認める。彼はプラスチック製コンテナのほうに身を潜ませた。網目状で隙間だらけのコンテナは盾とするにはかなり不安が残る。
しかし、ポールに二人が隠れる訳にもいかないのでやむを得ぬ選択といえよう。
「ちょっと」
アイシャは早口に言った。
「おじいさんはどうするの」
「いや、もう息してないし」
興奮した口調でヨウジが応じた。ふつふつと彼の中で怒りが込み上がってきているのがわかる。知り合いが目の前で殺されたのだから当たり前か、とアイシャは判じた。自分だって同じ立場ならそうなる。
彼女の中の「それ」がささやいた。
怒れ。
怒れ。
怒れ。
知り合いであろうとなかろうと命は命だ。
それは決して無残に奪われて良いものではない。
アイシャは手早く十字を切り、短く黙祷した。
自分はもう神様なんて信じていない。
でも、祈ることはできる。
「なあ」
ヨウジが声をかけてきた。
「その黒い光のグローブがシスターの能力か?」
「ええ」
アイシャはうなずいた。
そうか、と声を漏らしてヨウジがバラ園へと目を移す。舌打ちのおまけつきだったがアイシャは無視した。
「敵の姿は見たか?」
「いいえ」
アイシャは首を横に振った。
「影のようなものなら見えたけどそれだけ。どんな奴かはわからないわ」
「少なくとも近接攻撃タイプじゃないな」
それはアイシャも同意見だった。近接攻撃タイプであったならその姿を晒しているはずだからだ。
「てことは遠距離攻撃タイプか、なるほどなるほど」
一人で納得したようにヨウジが何度も首肯する。
「それでシスターは近接攻撃タイプ、と。後ろで見ていて思ったんだが、その能力ってかなり攻撃範囲は狭いよな。それとも何か特殊能力でもあるのか?」
「ないわ、私はただ殴るだけ」
「なるほど」
ヨウジが足元の小石を拾い上げた。
「シスター、俺がいてラッキーだったな」
ほわりと手から白い光りが生まれる。彼は口角を上げ、自信のこもった声で告げた。
「俺のラッドウインプスは遠距離攻撃タイプだ」
ヨウジが仰向けに倒れた老人に向かって叫ぶ。
しゃがみ込んで助け起こそうとする彼をアイシャは止めた。
「待って、また攻撃されるかもしれない」
「攻撃?」
ヨウジが顔を上げる。
アイシャは短くうなずいた。いきなりのことに驚きはしたが冷静さを取り戻していた。元々バラ園で戦いになるだろうとは予想していたのだ。
だが、まさかバラ園に入る前に攻撃されるとは。
アイシャはダーティワークを発現させた。
両拳に黒い光のグローブが宿る。トップナイフ戦の終盤では手の甲にそれぞれ一つずつ黒い宝石がついていたが今はなかった。
敵は……契約者(リンカー)はどこ?
アイシャは老人の被弾した角度から襲撃者を探した。
彼女たちのいる位置から二十メートルくらい先にバラ園の入り口がある。フェンスとポールで造られた入り口はアーチ状の天井だ。バラを伝わせて形取った緑のポーチの横には「ローズガーデン」と記されたプレートがついていた。出入りは自由なのか受付のようなものは見当たらない。
バラ園は五十メートルほどの幅があった。奥行きはどの程度なのか踏み入れてみなければわからない。バラの茎が高いものや葉が茂っているものもあり中の様子は見えづらかった。ただ赤や黄色、白や橙色の花があちこちから覗けるのでバラの種類は多そうだ。
……撃ってこない?
アイシャは気を緩めずヨウジたちを見た。
血色を失っている老人の横でヨウジが俯いている。
「……じいさん」
「あなたの精霊では治せないの?」
とりあえず聞いてみた。期待した答えが返ってくるとは思っていない。
ヨウジが悔しそうに答えた。
「俺のは回復系じゃない」
「そう」
うまくいかないものだなと嘆息する。
同時に老人への申し訳なさがついてきた。どんよりとした気持ちが自分の心に覆い被さってくる。
バラ園までの間は遮蔽物になりそうなものがほとんどなかった。数段に積まれた農業用の黄色いプラスチック製コンテナと誰かが停めたライムグリーンの車体のオートバイ、それに照明のポールくらいだ。いずれも身を隠すには心許ない。さらに言えばオートバイのガソリンタンクに穴でも開けたら、そして引火したらかえって危険だ。
アイシャは自分の拳を見る。
ダーティワークで攻撃を相殺できるだろうか。
確信はなかった。
だが、ダーティワークの能力の副次的な作用により身体の反応速度は上がっている。敵の攻撃に対応できる可能性はゼロではない。
アイシャはバラ園の入り口を見つめた。
いけるか?
……いけるかもしれない。
彼女はぎゅっと拳を握り直した。
「おじいさんは任せたわよ」
「あっ、おい」
返事を待たずにダッシュする。
タタタタタタタタッ!
一瞬だけバラの茂みの中から影が現れ撃ってきた。数発の何かが迫りアイシャは拳を連打する。老人がどうなったかを思えば無謀な賭けでもあるが、これしか身を守る術がなかった。
「ウダダダダダダダダッ!」
体力で殴っているのではない。
能力で殴っているのだ。
敵弾が拳に当たった。強い痛みを覚える。ブスブスッとトゲを刺されたような感覚だった。思わず表情が歪み、足が止まる。
農業用の黄色いプラスチック製コンテナと照明のポールが近くにあった。即断してポールの陰に移動する。
アイシャは拳を観察した。
長さは二センチくらいだろうか、植物のトゲを想起させる形状の緑色の何かが刺さっていた。その数は八つ。グローブの内側がどうなっているかを確かめる勇気はなかった。
数秒するとトゲがすうっと消えていく。
「……くっ」
拳の痛みが増した。まるで熱でも帯びたかのように熱い。
こんなものを何度も食らいたくはなかった。ダーティワークがなければどれだけのダメージになっていたのか……考えるだけでもぞっとする。
背後で駆け足が聞こえた。
少しだけ頭を動かし相手がヨウジだと認める。彼はプラスチック製コンテナのほうに身を潜ませた。網目状で隙間だらけのコンテナは盾とするにはかなり不安が残る。
しかし、ポールに二人が隠れる訳にもいかないのでやむを得ぬ選択といえよう。
「ちょっと」
アイシャは早口に言った。
「おじいさんはどうするの」
「いや、もう息してないし」
興奮した口調でヨウジが応じた。ふつふつと彼の中で怒りが込み上がってきているのがわかる。知り合いが目の前で殺されたのだから当たり前か、とアイシャは判じた。自分だって同じ立場ならそうなる。
彼女の中の「それ」がささやいた。
怒れ。
怒れ。
怒れ。
知り合いであろうとなかろうと命は命だ。
それは決して無残に奪われて良いものではない。
アイシャは手早く十字を切り、短く黙祷した。
自分はもう神様なんて信じていない。
でも、祈ることはできる。
「なあ」
ヨウジが声をかけてきた。
「その黒い光のグローブがシスターの能力か?」
「ええ」
アイシャはうなずいた。
そうか、と声を漏らしてヨウジがバラ園へと目を移す。舌打ちのおまけつきだったがアイシャは無視した。
「敵の姿は見たか?」
「いいえ」
アイシャは首を横に振った。
「影のようなものなら見えたけどそれだけ。どんな奴かはわからないわ」
「少なくとも近接攻撃タイプじゃないな」
それはアイシャも同意見だった。近接攻撃タイプであったならその姿を晒しているはずだからだ。
「てことは遠距離攻撃タイプか、なるほどなるほど」
一人で納得したようにヨウジが何度も首肯する。
「それでシスターは近接攻撃タイプ、と。後ろで見ていて思ったんだが、その能力ってかなり攻撃範囲は狭いよな。それとも何か特殊能力でもあるのか?」
「ないわ、私はただ殴るだけ」
「なるほど」
ヨウジが足元の小石を拾い上げた。
「シスター、俺がいてラッキーだったな」
ほわりと手から白い光りが生まれる。彼は口角を上げ、自信のこもった声で告げた。
「俺のラッドウインプスは遠距離攻撃タイプだ」