第33話 ラッドウィンプスは嫉妬する(ヨウジサイド)
文字数 2,629文字
あのときオートバイを潰したのはドリスだ……。
バラ園での戦いの後事情聴取を受けたヨウジは学園でアイシャと別れて一人外をぶらぶらしていた。
学生寮に戻ろうという気分にもなれず気づいたら門限の時刻も過ぎている。彼は軽い空腹を覚えて近くのコンビニへと足を向けた。
島のコンビニは二十四時間営業ではないがそれでも遅い時間までやっているので何かと便利だ。
あんパンとミックスサンド、それに缶コーヒーを買って店を出る。
場違いなくらい明るい店の照明から解放されると夜の闇が待ってましたとばかりにヨウジを包み込んだ。学生や学園の関係者くらいしか利用客がいないだけあって夜間の客は極端に少ない。店の外に屯す者もなくヨウジだけがやけに広い駐車場に立っていた。
ガサガサとレジ袋を鳴らして彼は中のあんパンを取り出す。商品札のシールが貼られたラップを剥がしてパンにかぶりついた。しっとりとした食感が少しくたびれた甘さを伴って口内に広がっていく。パンの大きさの割にこしあんは沢山詰まっていた。
あんパンを口にくわえたまま缶コーヒーを手にする。
アルミ缶のキャップを回して金属質の音を虚空に響かせた。静かに聞こえる波の音に金属の音が紛れていく。
ヨウジはレジ袋を腕に引っかけて缶コーヒーのフタを中に落とした。パンと缶を持ち替えてコーヒーを飲む。甘さに覆い被さるように苦味が口の中に広がった。香しい匂いが鼻腔をくすぐり気持ちを鎮めてくれる。
長々と続いた聴取は少なからずヨウジの心に苛立ちを芽生えさせていた。
バラ園の防犯カメラは襲撃者のマシンガン使いが先に手を出していたことを証明してくれた。園内で見つかった二人の庭師と最初に犠牲になったじいさんの命を奪ったのは間違いなくマシンガン使いだ。
あの銀髪のリーゼント男は島の南側にある施設から逃げ出した契約者(リンカー)だった。
施設からは複数名の契約者(リンカー)が脱走しているようだが政府の役人ははっきりと肯定をせず曖昧に言葉を濁した。それでも脱走の事実があったことは容易に推測できる。
そしてその数が一人二人でないことも……。
ドリスはどこまで関わっているのだろうか。
ヨウジは赤髪の少女のことを思った。水色館の女主人同様彼にとっては既知の間柄だ。五歳で島に送られたヨウジに能力のコントロールを教えてくれたのはこの島の魔女だった。幼い彼を庇護してくれたのは水色館の女主人。二人ともヨウジにとっては大切な恩人である。
水色館の女主人……ポピンズ夫人から連絡があったのは昨夜のことだった。
もし黒い修道服の少女からバラ園までの道順をたずねられたら案内してあげてください。
理由ははぐらかされたが今のヨウジにはわかっていた。
ポピンズ夫人は自分の契約した精霊と能力を知っている。
風の精霊と契約して得た能力「ラッドウィンプス」は遠距離攻撃タイプだ。
シスターの「ダーティワーク」は近接戦闘タイプ。
もし彼女一人でマシンガン使いの相手をしたら間違いなく負けていただろう。彼女が勝つことができたのはラッドウィンプスのサポートがあったからこそなのだ。
それにしても……。
ヨウジはアイシャのことを思い出し苦笑する。
記憶の中の修道女がりりしく立ち居振る舞う姿が浮かんだ。黒く輝くグローブはおよそ神に仕える身にはそぐわない。なぜか言い様のない背徳感のようなものがあった。
おまけに美少女だ。
ちょっときつそうな印象があるので自分の好みとは離れているがそれでも美少女であるのは変わらない。
……いい女、だよな。
まっすぐに目的に向かおうとする姿勢には経緯を覚えた。無関係な人間が命を落とせばそれを悼む優しさもある。外見的なタイプは好みと異なるがその内面には惹かれるものがあった。
彼女が復讐のために島に来たというのなら出来る範囲で手を貸してやりたいと思う。
こんなことを言ったらシスターは何と応えるかな?
受け容れる?
迷惑がる?
どちらかといえば後者のような気がした。彼女は一人で抱え込もうとするタイプだ。自分から助けを求めることもしないし他人からの助力もそれほど良しとしていない。
何が彼女をそうさせてしまったのか、それはわからない。わからないのだが理解したいと思った。
もっと彼女のことを知りたい。
この気持ちが何であるかヨウジはまだ自覚していなかった。だが、アイシャのことを思うとき強く心が動くのは感じていた。それでも心にある感情の名前は出てこない。
ふわっ。
ヨウジの意思とは関係なく白い姿の天使が現れる。
自分の手から出現した小さな天使はぱたぱたと翼をはばたかせてヨウジの顔の前まで浮上した。つぶらな瞳でじいっと見つめてくる。
額の宝石がきらきらと光った。
「うーん、ひょっとして怒ってる?」
「……」
ラッドウィンプスは無言のままだ。もっともこの天使の姿をした精霊は喋らないのだけれど。
「そんな顔するなよ。別にシスターとどうにかなりたい訳じゃない」
本当に?
と言いたげな表情でラッドウィンプスが首を傾げた。キラリと額の宝石が光る。
ああこれはちょい面倒くさいなとヨウジは胸の内で嘆息した。なまじ精神的にリンクしていると余計なことまで精霊に伝わってしまう。無邪気そうに見えてこの精霊は妙に嫉妬深いのだ。
「何て言うかあれだ、ただ単に放っておけないだけだ。お前もわかるだろ? ああいう奴は無茶をするんだよ。誰かがついていてやらないとそのうちやばいことになる」
「……」
むぅ。
ラッドウィンプスが頬を膨らませた。ぱたぱたと翼を動かして目の前を行ったり来たりする。
これといって何をされるというのでもないがヨウジはだんだん落ち着かなくなってくる。
ザッザッザッ!
大きな音がしてヨウジはぎょっとした。
ラッドウィンプスもビクリとし、音のほうへと身体の向きを変える。
先刻まで何もなかった駐車場に数体の化け物がいた。
いつの間に出現したのかはわからない。駐車場に自分たちの存在を示すかのように堂々と四つ足で立っていた。全身が青い毛で覆われた狼にも似た化け物だ。それも一体二体ではない。
全部で七……いや八体いる。
額には青白い光を放つ宝石。
あれは……精霊か?
どうしてこんなところにいるんだ?
契約者(リンカー)はどこだ?
あたりを見回すが人影はない。コンビニに店員と数人の客がいるが彼らの中にこの化け物たちの本体がいるとは思えなかった。
バラ園での戦いの後事情聴取を受けたヨウジは学園でアイシャと別れて一人外をぶらぶらしていた。
学生寮に戻ろうという気分にもなれず気づいたら門限の時刻も過ぎている。彼は軽い空腹を覚えて近くのコンビニへと足を向けた。
島のコンビニは二十四時間営業ではないがそれでも遅い時間までやっているので何かと便利だ。
あんパンとミックスサンド、それに缶コーヒーを買って店を出る。
場違いなくらい明るい店の照明から解放されると夜の闇が待ってましたとばかりにヨウジを包み込んだ。学生や学園の関係者くらいしか利用客がいないだけあって夜間の客は極端に少ない。店の外に屯す者もなくヨウジだけがやけに広い駐車場に立っていた。
ガサガサとレジ袋を鳴らして彼は中のあんパンを取り出す。商品札のシールが貼られたラップを剥がしてパンにかぶりついた。しっとりとした食感が少しくたびれた甘さを伴って口内に広がっていく。パンの大きさの割にこしあんは沢山詰まっていた。
あんパンを口にくわえたまま缶コーヒーを手にする。
アルミ缶のキャップを回して金属質の音を虚空に響かせた。静かに聞こえる波の音に金属の音が紛れていく。
ヨウジはレジ袋を腕に引っかけて缶コーヒーのフタを中に落とした。パンと缶を持ち替えてコーヒーを飲む。甘さに覆い被さるように苦味が口の中に広がった。香しい匂いが鼻腔をくすぐり気持ちを鎮めてくれる。
長々と続いた聴取は少なからずヨウジの心に苛立ちを芽生えさせていた。
バラ園の防犯カメラは襲撃者のマシンガン使いが先に手を出していたことを証明してくれた。園内で見つかった二人の庭師と最初に犠牲になったじいさんの命を奪ったのは間違いなくマシンガン使いだ。
あの銀髪のリーゼント男は島の南側にある施設から逃げ出した契約者(リンカー)だった。
施設からは複数名の契約者(リンカー)が脱走しているようだが政府の役人ははっきりと肯定をせず曖昧に言葉を濁した。それでも脱走の事実があったことは容易に推測できる。
そしてその数が一人二人でないことも……。
ドリスはどこまで関わっているのだろうか。
ヨウジは赤髪の少女のことを思った。水色館の女主人同様彼にとっては既知の間柄だ。五歳で島に送られたヨウジに能力のコントロールを教えてくれたのはこの島の魔女だった。幼い彼を庇護してくれたのは水色館の女主人。二人ともヨウジにとっては大切な恩人である。
水色館の女主人……ポピンズ夫人から連絡があったのは昨夜のことだった。
もし黒い修道服の少女からバラ園までの道順をたずねられたら案内してあげてください。
理由ははぐらかされたが今のヨウジにはわかっていた。
ポピンズ夫人は自分の契約した精霊と能力を知っている。
風の精霊と契約して得た能力「ラッドウィンプス」は遠距離攻撃タイプだ。
シスターの「ダーティワーク」は近接戦闘タイプ。
もし彼女一人でマシンガン使いの相手をしたら間違いなく負けていただろう。彼女が勝つことができたのはラッドウィンプスのサポートがあったからこそなのだ。
それにしても……。
ヨウジはアイシャのことを思い出し苦笑する。
記憶の中の修道女がりりしく立ち居振る舞う姿が浮かんだ。黒く輝くグローブはおよそ神に仕える身にはそぐわない。なぜか言い様のない背徳感のようなものがあった。
おまけに美少女だ。
ちょっときつそうな印象があるので自分の好みとは離れているがそれでも美少女であるのは変わらない。
……いい女、だよな。
まっすぐに目的に向かおうとする姿勢には経緯を覚えた。無関係な人間が命を落とせばそれを悼む優しさもある。外見的なタイプは好みと異なるがその内面には惹かれるものがあった。
彼女が復讐のために島に来たというのなら出来る範囲で手を貸してやりたいと思う。
こんなことを言ったらシスターは何と応えるかな?
受け容れる?
迷惑がる?
どちらかといえば後者のような気がした。彼女は一人で抱え込もうとするタイプだ。自分から助けを求めることもしないし他人からの助力もそれほど良しとしていない。
何が彼女をそうさせてしまったのか、それはわからない。わからないのだが理解したいと思った。
もっと彼女のことを知りたい。
この気持ちが何であるかヨウジはまだ自覚していなかった。だが、アイシャのことを思うとき強く心が動くのは感じていた。それでも心にある感情の名前は出てこない。
ふわっ。
ヨウジの意思とは関係なく白い姿の天使が現れる。
自分の手から出現した小さな天使はぱたぱたと翼をはばたかせてヨウジの顔の前まで浮上した。つぶらな瞳でじいっと見つめてくる。
額の宝石がきらきらと光った。
「うーん、ひょっとして怒ってる?」
「……」
ラッドウィンプスは無言のままだ。もっともこの天使の姿をした精霊は喋らないのだけれど。
「そんな顔するなよ。別にシスターとどうにかなりたい訳じゃない」
本当に?
と言いたげな表情でラッドウィンプスが首を傾げた。キラリと額の宝石が光る。
ああこれはちょい面倒くさいなとヨウジは胸の内で嘆息した。なまじ精神的にリンクしていると余計なことまで精霊に伝わってしまう。無邪気そうに見えてこの精霊は妙に嫉妬深いのだ。
「何て言うかあれだ、ただ単に放っておけないだけだ。お前もわかるだろ? ああいう奴は無茶をするんだよ。誰かがついていてやらないとそのうちやばいことになる」
「……」
むぅ。
ラッドウィンプスが頬を膨らませた。ぱたぱたと翼を動かして目の前を行ったり来たりする。
これといって何をされるというのでもないがヨウジはだんだん落ち着かなくなってくる。
ザッザッザッ!
大きな音がしてヨウジはぎょっとした。
ラッドウィンプスもビクリとし、音のほうへと身体の向きを変える。
先刻まで何もなかった駐車場に数体の化け物がいた。
いつの間に出現したのかはわからない。駐車場に自分たちの存在を示すかのように堂々と四つ足で立っていた。全身が青い毛で覆われた狼にも似た化け物だ。それも一体二体ではない。
全部で七……いや八体いる。
額には青白い光を放つ宝石。
あれは……精霊か?
どうしてこんなところにいるんだ?
契約者(リンカー)はどこだ?
あたりを見回すが人影はない。コンビニに店員と数人の客がいるが彼らの中にこの化け物たちの本体がいるとは思えなかった。