第34話 巻き込み巻き込まれ
文字数 2,823文字
青い狼の化け物の数は八体。
ヨウジの見ている前で化け物たちは何かを取り囲むようにぐるりと円を描いた。それぞれの額にある青白い宝石が妖しく光る。まるで互いに会話しているかのようにチカチカと点滅した。
何か……いるのか?
ヨウジが訝っているとラッドウィンプスが円の中心を指差した。目を凝らしてみるがやはり何もない。精霊にしか感知できない何かがいるのだろうか。いるのだとしたらそれは何なのか。
ヨウジはあんパンの残りを一気に頬張りコーヒーで流し込んだ。少し苦しくなったが我慢する。ラッドウィンプスが呆れ顔をしているが無視した。
あんパンの包みと空にしたコーヒーの缶をレジ袋にねじ込む。どうしようかと数秒迷ったがこの際ミックスサンドは後回しにすることにした。
感覚の耳が化け物たちの低い唸りを聴き取る。
常人では聞くことのできぬ契約者(リンカー)だからこそ耳にすることのできる声だ。獣じみた低音には明らかな威嚇の意思があった。
つまり、そこに何かがいる。
八体のうちの一体がキラリと宝石を光らせた。
それを合図に化け物たちが一斉に中心目掛けて飛びかかる。だが一体として中の何かに食らいつくことができなかった。牙は空を切り獣の怒りと苛立ちが虚空に霧散する。仲間同士で頭からぶつかるものもいた。
円の真ん中に何がいるにせよ化け物から身を守る術を持っているようだ。
……どうする?
下手に関わるより見なかったことにするか?
考えているとくいくいとラッドウィンプスが袖を引っぱってきた。
やけに慌てた様子で見上げてくる。疑問符を並べているとどこからか声がした。
「君、アイシャのクラスメイトだよね」
「はぁ?」
ヨウジは思わず頓狂に返してしまった。
「つまり契約者(リンカー)。悪いんだけどあいつら何とかしてくれない? 僕、あんまり攻撃向きじゃないんだよね」
「……」
戸惑いのあまり返事をできずにいると中空に片手が浮かんだ。見覚えのない手だ。ひらひらと振って存在を主張してくる。
「うーん、ひょっとして気味悪がられてる? 僕ってお化けか何かと勘違いされてる?」
「いや」
そうじゃない、と言おうとしてやめた。
化け物のうちの一体が鼻をひくつかせヨウジに顔を向ける。倣うように他の化け物もヨウジに向いた。ほぼ同時に身体を弓なりに曲げて唸り声を発する。
あ、やばい。
狼の表情なんてわかり難そうなのになぜかものすごくよくわかってしまった。こいつら滅茶苦茶怒ってる。
というか怒りの矛先が俺に向いてね?
「あ、たぶん僕の匂いを追ってるだけだと思うよ」
「なら俺を巻き込むのはやめろ」
ペタ。
手がヨウジの胸を押す。ポンとスタンプを捺されたようでもあった。
「うん、これで君に僕の匂いがついた」
「あっ、てめぇ」
「じゃ、あいつらの対処よろしく」
ふっ、と手が消えた。
化け物たちが低く唸りながら距離を詰めてくる。ゆっくりと逃げ場を塞ぐようにじりじりと迫ってきた。口を開きその牙を露わにする。
驚くべきことに口の中まで青かった。どこまでも化け物は化け物のようだ。
ふん、と鼻息を荒くしてラッドウィンプスがヨウジを庇うように前に出る。
ヨウジはその首根っこを掴んで自分の後ろに回した。確かにラッドウィンプスは遠距離攻撃タイプだが狼の化け物と直接戦えるものではない。あくまでも「左手に置いたものを右手で弾いて攻撃する」のだ。
なぜそうなっているのかは不明だがラッドウィンプス自身は攻撃できない。
ヨウジは以前ドリスにこのことをたずねたことがあったがきちんとした説明は得られなかった。
どうする?
敵の数は八体。
自分の能力では一度に一発しか撃てない。多数を相手にするのは不向きなのだ。
それなのにこの状況。
グルル……。
聞きたくないのに感覚の耳が化け物たちの唸りを拾ってしまう。
後ろで掴んだままのラッドウィンプスがばたばたと抵抗した。揺れのひどさで腕に通したレジ袋がガサガサと音を立てる。袋の中では空き缶の本体とフタの擦れ合う金属質の音。
化け物のうめきとレジ袋のガサガサ音と空き缶の金属音が不協和音じみた不快な狂音を奏でる。
……ここは、あれだな。
決断とともにラッドウィンプスを放してレジ袋から空き缶を取り出す。左手に置くと狙いを定めて空き缶を指で弾いた。
バビューン!
光弾と化した空き缶が勢いよく飛んでいく。すかさずヨウジは走った。
光弾が化け物の一体に着弾するのを横目にその傍を駆け抜ける。
小さな炸裂音を鳴らして化け物が四散した。あまりのあっけなさにびっくりしつつも足を止めずに走り続ける。その脇には光の帯を引いて羽ばたく天使のような精霊。
駐車場を出て歩道を走る。
仲間を失った怒りに吠える化け物の咆哮が轟いた。契約者(リンカー)の自分がつくづく嫌になる。
もし普通の人間だったら絶対にあんな声は聞こえずに済んだはずだ。
「ちょっとちょっと」
さっきの声が追いかけてきた。
「僕を置いていかないでよ」
「いや、そもそも俺無関係だし」
「ええっと、そんなこと言っちゃうの? 助けてあげようとかそういう気持ちポイッと捨ててる?」
「……あんまり助けが必要とは思えないんだが」
「うーん」
ふわっと亜麻色の縦巻きロールが姿を見せた。
ついでに柑橘系の甘い匂いがしたような気がする。
……こいつ女?
声は男のものだった。だからずっとこの透明人間もどきは男だと思っていた。
しかし、この髪は?
「あ、どうせ逃げるなら水色館まで案内してよ」
「はぁ?」
「水色館だよ。アイシャがそこにいるんだ。彼女に確かめたいことがある」
「確かめたいこと……」
そこで言葉を切った。狼の化け物が飛びかかってきたのだ。
やられる!
そう思った瞬間ヨウジの腕に何かが触れた。急に視界がぼやけてくる。
食らいついた化け物の牙は肩をすり抜け、身体を透過して着地した。信じられない出来事につい足が止まってしまう。
間近に長身の女がいた。
いや、これは女装した男だと判じるのにややかかる。
目を瞬いて相手を見直した。女と間違えても仕方ないくらいの美貌だ。胸元まである亜麻色の縦巻きロールとピンク色のワンピースが余計に女っぽさを助長している。
左胸には薄緑色の宝石のついた青リンゴのワッペン。一口囓られたデザインで欠けた部分に宝石がはまっていた。
こんなのアリかよ。
呆気にとられるヨウジに相手は言った。
「その精霊って引っ込めたら攻撃できなくなるの?」
「えっ? あ、ああ」
うなずくとため息をつかれた。
「そっか、じゃあ面倒くさいけどその子も触るね」
宣言通りに手を伸ばすがラッドウィンプスがその手を引っぱたいて拒否した。結果的に触れたことになり風の精霊も透明になる。
「セーフティ・パイ」
にやり。
「この能力により僕と僕の触れたものは任意に透化する」
そして、付け足すように名乗った。
「僕はミセス。透明の精霊の契約者(リンカー)」
ヨウジの見ている前で化け物たちは何かを取り囲むようにぐるりと円を描いた。それぞれの額にある青白い宝石が妖しく光る。まるで互いに会話しているかのようにチカチカと点滅した。
何か……いるのか?
ヨウジが訝っているとラッドウィンプスが円の中心を指差した。目を凝らしてみるがやはり何もない。精霊にしか感知できない何かがいるのだろうか。いるのだとしたらそれは何なのか。
ヨウジはあんパンの残りを一気に頬張りコーヒーで流し込んだ。少し苦しくなったが我慢する。ラッドウィンプスが呆れ顔をしているが無視した。
あんパンの包みと空にしたコーヒーの缶をレジ袋にねじ込む。どうしようかと数秒迷ったがこの際ミックスサンドは後回しにすることにした。
感覚の耳が化け物たちの低い唸りを聴き取る。
常人では聞くことのできぬ契約者(リンカー)だからこそ耳にすることのできる声だ。獣じみた低音には明らかな威嚇の意思があった。
つまり、そこに何かがいる。
八体のうちの一体がキラリと宝石を光らせた。
それを合図に化け物たちが一斉に中心目掛けて飛びかかる。だが一体として中の何かに食らいつくことができなかった。牙は空を切り獣の怒りと苛立ちが虚空に霧散する。仲間同士で頭からぶつかるものもいた。
円の真ん中に何がいるにせよ化け物から身を守る術を持っているようだ。
……どうする?
下手に関わるより見なかったことにするか?
考えているとくいくいとラッドウィンプスが袖を引っぱってきた。
やけに慌てた様子で見上げてくる。疑問符を並べているとどこからか声がした。
「君、アイシャのクラスメイトだよね」
「はぁ?」
ヨウジは思わず頓狂に返してしまった。
「つまり契約者(リンカー)。悪いんだけどあいつら何とかしてくれない? 僕、あんまり攻撃向きじゃないんだよね」
「……」
戸惑いのあまり返事をできずにいると中空に片手が浮かんだ。見覚えのない手だ。ひらひらと振って存在を主張してくる。
「うーん、ひょっとして気味悪がられてる? 僕ってお化けか何かと勘違いされてる?」
「いや」
そうじゃない、と言おうとしてやめた。
化け物のうちの一体が鼻をひくつかせヨウジに顔を向ける。倣うように他の化け物もヨウジに向いた。ほぼ同時に身体を弓なりに曲げて唸り声を発する。
あ、やばい。
狼の表情なんてわかり難そうなのになぜかものすごくよくわかってしまった。こいつら滅茶苦茶怒ってる。
というか怒りの矛先が俺に向いてね?
「あ、たぶん僕の匂いを追ってるだけだと思うよ」
「なら俺を巻き込むのはやめろ」
ペタ。
手がヨウジの胸を押す。ポンとスタンプを捺されたようでもあった。
「うん、これで君に僕の匂いがついた」
「あっ、てめぇ」
「じゃ、あいつらの対処よろしく」
ふっ、と手が消えた。
化け物たちが低く唸りながら距離を詰めてくる。ゆっくりと逃げ場を塞ぐようにじりじりと迫ってきた。口を開きその牙を露わにする。
驚くべきことに口の中まで青かった。どこまでも化け物は化け物のようだ。
ふん、と鼻息を荒くしてラッドウィンプスがヨウジを庇うように前に出る。
ヨウジはその首根っこを掴んで自分の後ろに回した。確かにラッドウィンプスは遠距離攻撃タイプだが狼の化け物と直接戦えるものではない。あくまでも「左手に置いたものを右手で弾いて攻撃する」のだ。
なぜそうなっているのかは不明だがラッドウィンプス自身は攻撃できない。
ヨウジは以前ドリスにこのことをたずねたことがあったがきちんとした説明は得られなかった。
どうする?
敵の数は八体。
自分の能力では一度に一発しか撃てない。多数を相手にするのは不向きなのだ。
それなのにこの状況。
グルル……。
聞きたくないのに感覚の耳が化け物たちの唸りを拾ってしまう。
後ろで掴んだままのラッドウィンプスがばたばたと抵抗した。揺れのひどさで腕に通したレジ袋がガサガサと音を立てる。袋の中では空き缶の本体とフタの擦れ合う金属質の音。
化け物のうめきとレジ袋のガサガサ音と空き缶の金属音が不協和音じみた不快な狂音を奏でる。
……ここは、あれだな。
決断とともにラッドウィンプスを放してレジ袋から空き缶を取り出す。左手に置くと狙いを定めて空き缶を指で弾いた。
バビューン!
光弾と化した空き缶が勢いよく飛んでいく。すかさずヨウジは走った。
光弾が化け物の一体に着弾するのを横目にその傍を駆け抜ける。
小さな炸裂音を鳴らして化け物が四散した。あまりのあっけなさにびっくりしつつも足を止めずに走り続ける。その脇には光の帯を引いて羽ばたく天使のような精霊。
駐車場を出て歩道を走る。
仲間を失った怒りに吠える化け物の咆哮が轟いた。契約者(リンカー)の自分がつくづく嫌になる。
もし普通の人間だったら絶対にあんな声は聞こえずに済んだはずだ。
「ちょっとちょっと」
さっきの声が追いかけてきた。
「僕を置いていかないでよ」
「いや、そもそも俺無関係だし」
「ええっと、そんなこと言っちゃうの? 助けてあげようとかそういう気持ちポイッと捨ててる?」
「……あんまり助けが必要とは思えないんだが」
「うーん」
ふわっと亜麻色の縦巻きロールが姿を見せた。
ついでに柑橘系の甘い匂いがしたような気がする。
……こいつ女?
声は男のものだった。だからずっとこの透明人間もどきは男だと思っていた。
しかし、この髪は?
「あ、どうせ逃げるなら水色館まで案内してよ」
「はぁ?」
「水色館だよ。アイシャがそこにいるんだ。彼女に確かめたいことがある」
「確かめたいこと……」
そこで言葉を切った。狼の化け物が飛びかかってきたのだ。
やられる!
そう思った瞬間ヨウジの腕に何かが触れた。急に視界がぼやけてくる。
食らいついた化け物の牙は肩をすり抜け、身体を透過して着地した。信じられない出来事につい足が止まってしまう。
間近に長身の女がいた。
いや、これは女装した男だと判じるのにややかかる。
目を瞬いて相手を見直した。女と間違えても仕方ないくらいの美貌だ。胸元まである亜麻色の縦巻きロールとピンク色のワンピースが余計に女っぽさを助長している。
左胸には薄緑色の宝石のついた青リンゴのワッペン。一口囓られたデザインで欠けた部分に宝石がはまっていた。
こんなのアリかよ。
呆気にとられるヨウジに相手は言った。
「その精霊って引っ込めたら攻撃できなくなるの?」
「えっ? あ、ああ」
うなずくとため息をつかれた。
「そっか、じゃあ面倒くさいけどその子も触るね」
宣言通りに手を伸ばすがラッドウィンプスがその手を引っぱたいて拒否した。結果的に触れたことになり風の精霊も透明になる。
「セーフティ・パイ」
にやり。
「この能力により僕と僕の触れたものは任意に透化する」
そして、付け足すように名乗った。
「僕はミセス。透明の精霊の契約者(リンカー)」