第27話 あたしの攻撃範囲

文字数 2,800文字

 バラの茂みに足を踏み入れると禍々しいマシンガンがアイシャたちに銃口を向けていた。

「なっ!」
「げっ!」

 無人のマシンガンがカチリと音を立て、その黒光りする銃口から敵意を吐き出す。

 タタタタタタタタッ!

「ウダダダダダダダダッ」

 咄嗟にアイシャは拳を繰り出す。

 至近距離からの攻撃、加えていきなりの発砲にガードしきれず数発を腹に受けてしまった。

 グサリと食い込んだトゲが数秒で溶け身体に染みていく。熱を帯びた痛みがあっという間に全身の力を奪った。

 アイシャはその場で膝をつき辛うじて倒れるのは堪える。

 マシンガンと一体化したバラが銃座を伝って地面に茎を伸ばしていた。根を張って養分を吸い上げているかのようにどくんどくんと脈打っている。リロードをしているのだとアイシャが判じるのに時間はかからなかった。

 重だるいい身体に苦しみつつアイシャはどうにか立ち上がる。鈍った身体に鞭を打って拳を放った。

「ウダァッ!」

 破砕音を悲鳴代わりにマシンガンが破壊され土に換える。

 アイシャは息を荒くしつつも両足を踏ん張った。今度は膝をつけずにいられた。それでも気を抜くと倒れてしまうのではないかと内心不安になる。

 目を凝らし、茂みの奥を探った。

 少し離れたところにラッドウインプスの撃ち込んだと思しきレンガが転がっている。その先に誰かが踏み散らしたような形跡が見られた。強引に通り抜けたような不自然に折れ曲がったバラの茎がさっきまでここにいた敵の逃走経路を示している。

 あちこちに落ちている枝や葉は敵の焦りや悪意を連想させた。

 さらにどうしようもなくアイシャの胸をむかつかせたのは最初の攻撃で巻き添えとなった老人と同じ服装をした二つの遺体だった。点々と残るトゲの傷跡が痛々しい。

 黙祷しながら十字を切り、その命を悼む。

 ヨウジが言った。

「シスターはもう無理をするな、俺が片をつける」
「ダメ」

 アイシャは首を振った。

「この敵はあたしがぶん殴る」
「いや、その身体じゃもう無理だろ」

 ヨウジの指摘は正しかった。

 全身のだるさは自分でも嫌になるくらいだ。ほんのちょっとでも気を緩めたらダーティワークを無意識に解除してしまいそうだった。

 これから敵を追いかけるだけの体力があるかと問われたら答えはノーだ。あと数回ラッシュを放てればマシなほうだろう。

 アイシャはふと思い、たずねた。

「あなたの能力って何でも飛ばせるの?」
「何でも、じゃないな」

 ヨウジが頬をかいた。

「ラッドウインプスの撃てる弾は左手に置けて俺の体重より軽いものだけだ。だから自動車とかは弾にできない」
「そう」

 アイシャは首肯し、質問した。

「あなた体重は?」
「ん? 五十八キロだけど」
「じゃあ、左手を出して」
「はぁ?」

 と、目を丸くしたヨウジではあったがすぐに意図を汲み取ったらしく肩をすくめた。ため息混じりに告げる。

「どうなっても知らないぞ」
「とりあえずぶん殴れればどうでもいいわ」
「なるほど」

 ヨウジが左手をそっと土の上に置いた。

 若干の背徳感を覚えたが彼女はその手に足を乗せる。ラッドウインプスがぱたぱたと羽を羽ばたかせてくるくるとアイシャのまわりを飛んだ。興味津々といった具合に見つめてくる。

「弾になったら的に当たるか迎撃されるまで効果は消えないからな。あと、俺のラッドウインプスは一発ずつしか撃てない。シスターが弾になっている間は援護でき……」
「さっさと撃って」

 ヨウジの言葉を遮る。

 だるさが酷くなっていた。

 早めに決着をつけないと負ける。

 ちっ、という舌打ちの後でアイシャは尻を指で弾かれた。

 バビューンと発射音が響き勢いよく宙を舞う。白い光りに包まれて不思議な温かさをアイシャは感じた。

 ガササッとバラの茂みの枝葉を荒らしながら突っ切る。

 すぐに一つの背中を発見した。

 あいつか……。

 その男は銀髪の持ち主ではあったがソウルハンターとは異なる髪型だった。リーゼントだ。

 ポピンズ夫人に一杯食わされたのかもしれないしそうでないのかもしれない。いずれにせよ相手はソウルハンター以外の誰かで敵だった。

 ダメージの大きさが男の走り方でわかる。ラッドウインプスの攻撃は男の左肩に命中したらしくよろよろと走りながら右手で左肩を庇っていた。

 男が振り返りにやりと笑う。

 強がっているようには見えなかった。むしろ計算道理といったふうに邪悪な笑みを浮かべていた。

 バラ園を二分するように広がる池が男の先にあり一本の木造の橋がかかっている。池の向こうは初夏に咲く花らしく色合いは地味だ。

 男は橋の前で立ち止まった。

「馬鹿めっ!」

 ゴボボッと地響きを鳴らして一斉に地面からマシンガンが現れた。

 数は五。いずれも銃身とバラが同化しており茎は銃座の足を絡めて地面に伸びている。全ての銃口がアイシャを狙っていた。

 男がアイシャを指差す。

「オリビアの仇だっ! くたばりやがれ!」

 カチリという音が一つになった。

 アイシャはぐっと拳に力を込める。弱々しくなっているが構わず覚悟を決めた。

 タタタタタタタタッ!

 タタタタタタタタッ!

 タタタタタタタタッ!

 タタタタタタタタッ!

 タタタタタタタタッ!

 敵弾が凶暴な波となって押し寄せる。その一つ一つが凶悪なトゲでありむき出しの憎悪であった。おぞましいほどの怒りがそこにあった。

 アイシャの中の「それ」が敏感に反応し煽り立てる。

 怒れ。

 怒れ。

 怒れ。

 無残に殺された老人を思った。

 犠牲となった二人の男たちのことを思った。

 彼らにどんな非があったというのか。

 なぜ殺されねばならないのか。

 アイシャの脳裏に殺された家族が浮かんだ。

 仲間のシスターたちが浮かんだ。

 マリーが、エンヤが浮かんだ。

 どうして……どうして!

 怒れ。

 怒れ。

 怒れ。

 身体が熱い。

 それはトゲのせいだけではなかった。怒りが彼女を支配していた。全身が憤怒に震える。

 やがてある言葉が彼女の心に満ちた。

 ぶちのめす。

 拳のラッシュを打った。

「ウダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダッ!」

 黒い光が幾重にもなり漆黒の幕がトゲの波を受け止める。ラッドウインプスの弾となっているアイシャは止まることもなく敵へと飛び続けた。

 これは迎撃された訳ではない。

 アイシャの拳が、ダーティワークが敵弾を防いでいるのだ。これによりラッドウインプスの効果は消えず揺らぐことのない意思を持って敵へと迫ることができた。

 リーゼントの男の顔が青ざめる。

 一つ残らずトゲを拳に受けたアイシャはもはや限界であった。

 だが、ダーティワークの力は殴ること。

 体力で殴っているのではない。

 能力で殴っているのだ。

 茫然とする男に対し、アイシャは冷ややかに告げた。



「これであたしの攻撃範囲」



 彼女はダーティワークに身を任せ、眼前の敵を殴った。

「ウダァッ!!」
 
 
 
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