第26話 ラッドウインプスの逆襲
文字数 2,442文字
これまでで一番大きなサイズの光弾がバラ園の茂みへと飛び込んでいく。
葉を散らし、ガサガサと音を立てた。くぐもった衝撃音が重ね塗りをするように響く。
数秒もしないうちに男の怒声に変じた。
「何なんだこいつは! 畜生、魔女の情報にこんなのなかったぞ!」
今の……小石じゃない。
それに……魔女?
アイシャは疑問符を並べながらもバラ園の入り口を目指す。拳の痛みが熱とともに増していたがそんなことを言っていられる場合ではなかった。手当てはこの戦いが終わってからでいい。
タタタタタタタタッ!
またも別の位置からトゲが撃ち込まれる。アイシャは拳を連打してガードした。
「ウダダダダダダダダッ!」
拳にトゲが刺さるとどうしても足が止まってしまう。
だがノーガードで敵の攻撃に晒されるよりはマシだ。
「くっ」
拳に突き刺さるトゲがより深く激しくなっている気がする。それに攻撃の間隔も短くなってきた。撃ってくる場所も一定ではなくまるで移動しているかのようだ。
まずい。
アイシャは近くにあるオートバイを横目に無言でつぶやく。
いくらダーティワークの能力で防御したとしてもこれ以上連射されたらいつかは防ぎきれなくなる。
まずい。
タタタタタタタタッ!
タタタタタタタタッ!
今度は左右二方向から撃たれアイシャはオートバイの陰に身を滑らせる。咄嗟の行動だった。
トゲがオートバイの前輪のタイヤをパンクさせ、バランスを失った車体がぐらりとアイシャの方に傾く。パンクのときにパンと乾いた音が鳴り響き、アイシャの耳をつんざいた。
聞こえの悪くなった耳の奥でキーンと耳鳴りがこだまする。一時的なものだと自分に言い聞かせて彼女はバラ園を睨みつけた。
……敵は一人じゃないの?
移動しながら撃ってきたとは思えなかった。攻撃のタイミングは一緒で高速移動などでは説明がつかない。
となると別に誰かがいるのだろうか。
いたとしたら相当にこの戦いは厳しくなる。
「シスター!」
背後で叫ぶヨウジの声が遠い。
「大丈夫か?」
「ええ、何とか」
本当は大丈夫ではないがあえてそう答えておく。
彼女が振り返るとヨウジが左手に割れたプラスチック片を置いていた。右手で弾かれたそれはバビューンと発射音を鳴らして光の尾を引いていく。
タタタタタタタタッ!
迎撃と言わんばかりに敵が撃ってくる。空中でラッドウインプスの光弾と敵弾が相殺して消えた。声はしなかったが「ちっ」とヨウジが舌打ちしたのが何となくわかる。
「あぁ、うぜーんだよ! てめーも女と一緒にぶっ殺してやる!」
敵の罵声にヨウジが返した。
「やれるもんならやってみろ」
バビューン!
ヨウジが光弾を放ち、アイシャの元へと走り寄る。
オートバイの陰に二人で並ぶとかなり狭かった。なぜわざわざここに来たのかアイシャはたずねる。
「どうして動いたの? あのまま動かずに援護してくれても良かったのに」
「いや、いくら小石やプラスチック片を撃っても効いてないし」
ぽりぽりとヨウジが頬をかいた。
「それにあんただけに任せるのもあれだしな。一応、俺も男な訳だし」
「くだらないプライドにこだわってると早死にするわよ」
その言葉にヨウジが苦笑いする。子供のようにくしゃりとさせた表情にアイシャは好感を抱いた。
エンヤにも彼と会わせたかった。
「……もう一度突撃するから援護して」
「おい、ちょっと待て」
行こうとしたアイシャの修道服の裾をヨウジが掴んだ。
「この先は何もないぞ。殴るだけで行けるのか?」
「それしかないでしょ」
タタタタタタタタッ!
射撃音にアイシャはぎょっとした。数発のトゲがまっすぐにオートバイに向かってくる。
まずいと判じたときには遅かった。ガソリンタンクにパスパスパスと軽やかな音を立てて穴が開く。ガソリンの匂いが流れ出た液体とともに一気に広がった。
もし引火したら爆発する!
「離れて!」
アイシャはオートバイを捨てて走りだす。ヨウジが少し遅れて逃げ出した。二人でバラ園へと走る。
……グチャ。
「えっ?」
金属が圧縮される音がしてアイシャは振り向く。
めきめきと悲鳴を発し、ものすごい勢いでオートバイが鉄の塊へと変化していた。何かの力で強引に潰されているかのように鉄の塊はその密度を強め小さくなっていく。
零れていたガソリンも広がるのをやめ不自然なくらいきれいな小円を描いた。
見えない力がそうさせているのだと察することはできたがどんな力によるものかはわからない。
「……これはドリスの……」
ヨウジの声がしたがまだよく聞こえない。
「畜生!」
バラの茂みの奥で敵が悪態をついた。
「爆発で二人まとめて片づけてやろうと思ったのに……どいつもこいつも俺の邪魔をしやがって!」
アイシャは素早くまわりを見回すが自分たち以外に誰もいなかった。どこか遠くから能力を行使しているのだろうか。
「シスター、行くぞ」
ヨウジに促されアイシャはバラ園への入り口をくぐる。
満開ではないが赤やオレンジ、白や黄色の花があたりに色彩の絨毯を敷いていた。香しい花の匂いが鼻腔をくすぐる。だが、今は呑気に花を愛でる余裕などなかった。
花壇と通路を区切るようにレンガが敷かれている。品種ごとに植えられているからか一定の幅で説明用のプレートがあった。白地に黒い文字で記されており品種ごとに写真つきの解説もある。
ヨウジがレンガの一つを左手で拾い上げた。そのまま発射姿勢をとる。
ラッドウインプスがぱたぱたと翼を動かしレンガの上に乗った。赤茶色のレンガは十五センチくらいの大きさで当たったらかなり痛そうだ。
ヨウジが右手の人差し指でレンガを弾いた。
ラッドウインプスが拳を上げ、レンガに載ったまま射出される。
すぐに精霊はレンガから降りたがレンガは白く輝きながら茂みの奥へと突入した。
「ぐおっ!」
敵の呻き声にアイシャとヨウジは顔を見合わせる。
やったの?
少なくとも命中はした。
互いにこくりとうなずくと茂みの奥へと踏み込んだ。
葉を散らし、ガサガサと音を立てた。くぐもった衝撃音が重ね塗りをするように響く。
数秒もしないうちに男の怒声に変じた。
「何なんだこいつは! 畜生、魔女の情報にこんなのなかったぞ!」
今の……小石じゃない。
それに……魔女?
アイシャは疑問符を並べながらもバラ園の入り口を目指す。拳の痛みが熱とともに増していたがそんなことを言っていられる場合ではなかった。手当てはこの戦いが終わってからでいい。
タタタタタタタタッ!
またも別の位置からトゲが撃ち込まれる。アイシャは拳を連打してガードした。
「ウダダダダダダダダッ!」
拳にトゲが刺さるとどうしても足が止まってしまう。
だがノーガードで敵の攻撃に晒されるよりはマシだ。
「くっ」
拳に突き刺さるトゲがより深く激しくなっている気がする。それに攻撃の間隔も短くなってきた。撃ってくる場所も一定ではなくまるで移動しているかのようだ。
まずい。
アイシャは近くにあるオートバイを横目に無言でつぶやく。
いくらダーティワークの能力で防御したとしてもこれ以上連射されたらいつかは防ぎきれなくなる。
まずい。
タタタタタタタタッ!
タタタタタタタタッ!
今度は左右二方向から撃たれアイシャはオートバイの陰に身を滑らせる。咄嗟の行動だった。
トゲがオートバイの前輪のタイヤをパンクさせ、バランスを失った車体がぐらりとアイシャの方に傾く。パンクのときにパンと乾いた音が鳴り響き、アイシャの耳をつんざいた。
聞こえの悪くなった耳の奥でキーンと耳鳴りがこだまする。一時的なものだと自分に言い聞かせて彼女はバラ園を睨みつけた。
……敵は一人じゃないの?
移動しながら撃ってきたとは思えなかった。攻撃のタイミングは一緒で高速移動などでは説明がつかない。
となると別に誰かがいるのだろうか。
いたとしたら相当にこの戦いは厳しくなる。
「シスター!」
背後で叫ぶヨウジの声が遠い。
「大丈夫か?」
「ええ、何とか」
本当は大丈夫ではないがあえてそう答えておく。
彼女が振り返るとヨウジが左手に割れたプラスチック片を置いていた。右手で弾かれたそれはバビューンと発射音を鳴らして光の尾を引いていく。
タタタタタタタタッ!
迎撃と言わんばかりに敵が撃ってくる。空中でラッドウインプスの光弾と敵弾が相殺して消えた。声はしなかったが「ちっ」とヨウジが舌打ちしたのが何となくわかる。
「あぁ、うぜーんだよ! てめーも女と一緒にぶっ殺してやる!」
敵の罵声にヨウジが返した。
「やれるもんならやってみろ」
バビューン!
ヨウジが光弾を放ち、アイシャの元へと走り寄る。
オートバイの陰に二人で並ぶとかなり狭かった。なぜわざわざここに来たのかアイシャはたずねる。
「どうして動いたの? あのまま動かずに援護してくれても良かったのに」
「いや、いくら小石やプラスチック片を撃っても効いてないし」
ぽりぽりとヨウジが頬をかいた。
「それにあんただけに任せるのもあれだしな。一応、俺も男な訳だし」
「くだらないプライドにこだわってると早死にするわよ」
その言葉にヨウジが苦笑いする。子供のようにくしゃりとさせた表情にアイシャは好感を抱いた。
エンヤにも彼と会わせたかった。
「……もう一度突撃するから援護して」
「おい、ちょっと待て」
行こうとしたアイシャの修道服の裾をヨウジが掴んだ。
「この先は何もないぞ。殴るだけで行けるのか?」
「それしかないでしょ」
タタタタタタタタッ!
射撃音にアイシャはぎょっとした。数発のトゲがまっすぐにオートバイに向かってくる。
まずいと判じたときには遅かった。ガソリンタンクにパスパスパスと軽やかな音を立てて穴が開く。ガソリンの匂いが流れ出た液体とともに一気に広がった。
もし引火したら爆発する!
「離れて!」
アイシャはオートバイを捨てて走りだす。ヨウジが少し遅れて逃げ出した。二人でバラ園へと走る。
……グチャ。
「えっ?」
金属が圧縮される音がしてアイシャは振り向く。
めきめきと悲鳴を発し、ものすごい勢いでオートバイが鉄の塊へと変化していた。何かの力で強引に潰されているかのように鉄の塊はその密度を強め小さくなっていく。
零れていたガソリンも広がるのをやめ不自然なくらいきれいな小円を描いた。
見えない力がそうさせているのだと察することはできたがどんな力によるものかはわからない。
「……これはドリスの……」
ヨウジの声がしたがまだよく聞こえない。
「畜生!」
バラの茂みの奥で敵が悪態をついた。
「爆発で二人まとめて片づけてやろうと思ったのに……どいつもこいつも俺の邪魔をしやがって!」
アイシャは素早くまわりを見回すが自分たち以外に誰もいなかった。どこか遠くから能力を行使しているのだろうか。
「シスター、行くぞ」
ヨウジに促されアイシャはバラ園への入り口をくぐる。
満開ではないが赤やオレンジ、白や黄色の花があたりに色彩の絨毯を敷いていた。香しい花の匂いが鼻腔をくすぐる。だが、今は呑気に花を愛でる余裕などなかった。
花壇と通路を区切るようにレンガが敷かれている。品種ごとに植えられているからか一定の幅で説明用のプレートがあった。白地に黒い文字で記されており品種ごとに写真つきの解説もある。
ヨウジがレンガの一つを左手で拾い上げた。そのまま発射姿勢をとる。
ラッドウインプスがぱたぱたと翼を動かしレンガの上に乗った。赤茶色のレンガは十五センチくらいの大きさで当たったらかなり痛そうだ。
ヨウジが右手の人差し指でレンガを弾いた。
ラッドウインプスが拳を上げ、レンガに載ったまま射出される。
すぐに精霊はレンガから降りたがレンガは白く輝きながら茂みの奥へと突入した。
「ぐおっ!」
敵の呻き声にアイシャとヨウジは顔を見合わせる。
やったの?
少なくとも命中はした。
互いにこくりとうなずくと茂みの奥へと踏み込んだ。