第31話 詰め寄るアイシャ、ダーティワークは「殴る」能力ッ!

文字数 2,568文字

「説明してくれるわよね?」

 水色館に帰るなりアイシャは出迎えたポピンズ夫人に詰め寄った。

 両手には発現したダーティワークの黒い光のグローブ。彼女の怒りを代弁するかのようにどくんどくんと脈打っている。

 帰宅したのは夜になってからだった。

 バラ園の戦いの後すぐにアイシャとヨウジは警備員に確保された。彼女たちの一戦はバラ園の防犯カメラに収められており明らかに先に仕掛けてきたのはリーゼントの男だと証明された。それでも事情聴取を受ける羽目になり、うんざりする時間を過ごすことになったのだ。

 ヨウジとは学校で別れている。

 聴取は政府の役人も同席していて必要以上に精神的な疲労をアイシャたちは与えられていた。

 アイシャに詰問されて少々の驚きを見せたポピンズ夫人は相変わらずのニーソックスミニスカメイド姿で数センチ浮遊している。

 その表情にスマイルを貼り直して彼女は応えた。

「ええっと、私アイシャさんを怒らせるようなことしました?」
「とぼけないで」

 今の言葉で確信した。

 ポピンズ夫人はバラ園の件に一枚噛んでいる。

 頭の中で「それ」がささやく。

 怒れ。

 怒れ。

 怒れ。

 ぎゅっと拳を握る。

 騙されていたことと犠牲になった人たちのことが「それ」の煽りを後押しする。感情が心拍数を跳ね上げた。激しくなった血液の流れが怒りを随伴させて体温を熱くする。

「とりあえず一発ぶん殴るッ!」

 振り上げたアイシャの右腕を壁からにゅっと伸びた白い手が掴む。床からも数本の手が生えてアイシャの足首を捕らえた。その圧倒的な力に動きを封じられる。

 ポピンズ夫人が呆れた口調で告げた。

「ここは私のホームスイートホームの領域内ですよ」

 ちょっとだけ口を尖らせ拗ねたように見つめてくる。寮母のたしなめというより年上のお姉さんが機嫌を損ねたといった感じだった。

 彼女の白い髪飾りについた水色の宝石がチカチカと光る。

 まるで自分を批難しているようだとアイシャは判じた。しかし、こっちだって怒っている。

「あなたたちのせいで無関係の人まで巻き添えになって死んだのよ!」
「……たちって、私は別に彼らの仲間ではありませんよ」

 不満たっぷりにポピンズ夫人が言い返す。

 アイシャは手足に力を込めるが白い手ががっちりと掴んでいるからか逃れられない。ダーティワークよりもポピンズ夫人の能力のほうが上なのか「殴る」ことさえできない。ただ手足の自由を奪っているのではなく能力まで抑えつけているようにも思えた。

 それでも怒りは収まらない。

「あたしをバラ園に行くよう仕向けておいてよくそんなこと言えたわね」
「好きでした訳ではありません」

 ポピンズ夫人がぷくっと頬を膨らませた。

 きっと睨みつけてくる。

「私……いや私だけでなくこの島の土着の契約者(リンカー)には逆らえないものがあるんです。あなたのように外から来た人にはわからないでしょうね」
「ソウルハンターはこの島を支配しているの?」
「違います」

 ちっちっと指を振る。

「私たちが恐れているのはそんな人ではありませんよ。もっと古くからの存在です」
「……」

 古くからの存在?

 アイシャの内で困惑が芽生えた。それはゆっくりと成長し葉を茂らせていく。

 敵のトップはソウルハンターじゃないの?

 修道院を襲った女、連絡船に現れたモヒカン男、そしてバラ園の襲撃者であるリーゼントの男。

 彼らとの戦いでアイシャは何らかの集団あるいは組織の存在を知覚していた。それにリーゼントの男は水色の化け物に口封じされている。あのときアイシャはソウルハンターの居場所と正体を聞き出そうとしていたのだ。

 命令を下しているのはソウルハンターじゃないの?

 アイシャが疑問符を並べていると腕を掴んでいた白い手ががくんと床に落ちた。続けて足を捕らえていた手が次々と引き剥がされていく。

「えっ?」
「……こういうことも困りますねぇ」

 びっくりするアイシャを他所にポピンズ夫人が嘆息する。彼女は誰もいないほうに目をやった。

「いるんですよね?」
「ふふっ、やっぱりわかっちゃうわよね」

 無人の廊下に若い女性の声が響いた。妙にエコーがかっているのは気のせいなのかそれとも何かの能力のせいなのか。

「あなたをバラ園に行かせたのは私」

 すうっと空間から少女が現れた。

 細面の少女は三つ編みにした赤髪を右肩から垂らしている。髪には黒いリボンがありその中央部分には乳白色の宝石がはまっていた。

 黒いローブを纏った姿はおとぎ話に登場する魔女を連想させる。

 魔女。

 そのイメージが記憶のどこかに引っかかる。どこかで耳にした単語だとアイシャは眉をしかめ、数秒でそれがバラ園の戦いの最中であると思い至った。

 そうだ、リーゼントの男が魔女のことを口にしていた。

「……あの男をバラ園に寄こしたの?」
「そうよ」

 あっさりと認めた。

「バラ園の件を仕組んだのは私。ポピンズ夫人に罪はないわ」

 一気にアイシャの視界が狭まった。

 怒りに身を任せて少女に殴りかかる。

「ウダアッ!」

 ダーティワークの黒い光が帯を描く。ポピンズ夫人のホームスイートホームは手出ししてこなかった。夫人への攻撃ではないからか、あるいは別の理由か。

 そもそもなぜ急に白い手が離れたのか。

 アイシャの拳が少女の可愛らしい顔を捉える……。

 刹那。

 拳が脇に逸れた。

 急激な力の流れに方向を曲げられたかのようにアイシャの拳が腕が肩が引っぱられる。何か目に見えない力が働いていた。

 これはバリアーとかの類ではない。もっと協力で恐ろしいものだ。

「フライミートゥザムーン」

 少女が言い、クスクスと笑った。三つ編みにした赤髪が肩の揺れに合わせて小さく躍る。黒いリボンの乳白色の宝石がきらきらと輝いた。

「あなたに私は殴れないわ。たとえ能力で殴ろうとしてもその力のベクトルは別方向へと変えられる」
「……」

 アイシャは深く息を吐いた。

 彼女の中で「それ」がささやく。

 怒れ。

 怒れ。

 怒れ。

 今回の一件の首謀者が目の前にいる。騙されたこと自体ムカつくが彼女のせいで死ななくてもいい人間が死んだということが余計にアイシャをムカつかせた。

 許せなかった。

 許せるはずがなかった。

 アイシャは拳を握り直し、余裕の笑みで対峙する少女にラッシュを放つ。

「ウダダダダダダダダダダダダダダダダッ!」
 
 
 
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