第140話 疫病神

文字数 899文字

「確かにここへ置いたがや!」

 金切り声をあげる徳弘を、行き()う人々が驚いたように振り返る。

「それやに、便所から(もん)たら無いなっちょったがやき、誰かが()ったに決まっちょろう?」

 幸弥は時計に目をやる。
 大会の始まる時刻が迫っていた。幸弥と徳弘のペアの初戦は第二試合となっているので、まだ多少のゆとりはある。

「おい、徳弘。お前、ちっくと散歩してきぃや」

「何を悠長なこと言うちょるがや!」

 火を噴くような勢いで、徳弘が噛みついてくる。

「お前、わかっちゅうがか? 俺のラケットがこのまま出てこんかったら、俺だけじゃのうて、お前じゃち試合に出れんがぞ!」

「ようわかっちゅう。それやき、散歩してこい言うちょるがや!」

 幸弥は負けずに声を張る。

「どうせ、身内の仕業やろう? ほいたら、試合が始まるまでには返してくるでぇ。それやき、お前はどっか行っちょれ。お前がおったら、返すに返せんろうが」

「返せばえいゆうモンやない! こんな嫌がらせするヤツぁ、警察へ突き出しちゃらにゃあ、いかんろうが!」

「えいかげんにせぇ! お前は、なんでそう、いつもいつも、ことを大きくしたがるが?」

 幸弥はさすがにうんざりしてきた。
 高校では部活をやらない幸弥にとって、今日の秋季大会は最後の公式な試合になる。
 思い残すことのないよう、全力で挑みたいと考えていたのに、始まる前からこのザマだ。

「そもそも、お前のそういう性格が、もめごとの種になっちゅうがぞ。少しは自覚せぇ!」

「なんで俺が悪者にされんといかんが? 誰がどう考えたち、()られたヤツより盗ったヤツが悪いろうが! 勉強はできるか知らんけんど、お前はアホちや! お前じゃ話にならんき、(はよ)う斉藤先生を呼んでこいや」

「そうやって、すぐに先生を頼るな! お前だけの先生やないがぞ」

(お前はもう、三年やろうが。後輩もようけおるがに、恥ずかしゅうないがか?)

 のど元まで出かかったことばを、(かろ)うじて呑みこむ。
 樹の忠告を守って、徳弘が問題を起こすたび、なだめたりすかしたりしながら、なんとかここまでやってきた。
 だが、それもそろそろ限界らしい。

(この、疫病神が!)

 幸弥は胸のなかで毒づいた。
 
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登場人物紹介

明神樹(みょうじんたつき)


主人公。高知県西部の小さな集落にある荷緒小学校出身。おおらかで寛大な性格。共感力が高く、他者との境界線が曖昧なところがある。大人びて見られがちだが、実際は奥手で浮世離れした子供っぽい一面を持つ。

樋口誠(ひぐちまこと)


樹の親友。繊細で面倒見が良く、常に周りに気を配るタイプ。一見温厚そうだが、根は負けん気の強い情熱家。

水田幸弥(みずたゆきや)


南野中軟式庭球部員。小柄だが優秀な選手。幼少期の辛い体験によって、他人に上手く心を開くことができずにいる。その一方で、いったん心を許した相手はどこまでも信頼する素直な一面を持つ。

木戸佑介(きどゆうすけ)


樹の仲間。穏やかで誠実な平和主義者。気弱な性格のため、思うように実力を発揮できずにいる。

安岡堅悟(やすおかけんご)


樹の仲間。体格に恵まれており、仲間うちでは武闘派を自任している。デリカシーがなく、気の短いところもあるが、仲間思いで情に厚い。

間崎耕太郎(まさきこうたろう)


樹の仲間。天真爛漫なムードメーカー。小柄でフットワークが軽く、直感で行動するタイプ。堅悟とは凸凹コンビ。

間崎千代子(まさきちよこ)


耕太郎の姉。しっかり者で姉御肌な情報通。弟たちから頼りにされている。

土居要蔵(どいようぞう)


元西方ジャガーズの捕手。小学校時代に荷緒小チームに敗れたことで、樹をライバル視するようになる。

岡林文枝 (おかばやしふみえ)


西方中女子軟式テニス部の部長。問題意識が強く、まじめな努力家。目立つことと、粗暴な男子が苦手。

山形強(やまがたつよし)


通称〈がた爺〉。西方中軟式テニス部顧問。体罰も辞さないスパルタ教師。テニスの知識も経験も皆無だが、教え子には常に目を光らせている。

沖広義(おきひろよし)


西方中テニス部員。誠のペア。元はバレー部に所属していたが、芽が出ずテニス部に移った。義理堅くまっすぐな性格。

山中淳一(やまなかじゅんいち)


西方中軟式テニス部員。樹の先輩であり頼れるペア。スマートな言動とは裏腹な激情家。

大﨑正則(おおさきまさのり)


南野中軟式庭球部員。幸弥の先輩でありペア。幸弥にとっては部内で唯一心を許せる存在。小心者で不器用だが愛情深く、信念を貫くタイプ。

徳弘大河(とくひろたいが)


南野中軟式庭球部員。大﨑の引退後、幸弥とペアを組む。こだわりが強く、マイペース。万事において納得いくまで追求するタイプ。他人の気持ちを察するのは苦手だが、裏表のない真っ正直な性格。

杉本香(すぎもとかおる)


西方中の不良少女。戯れに樹を誘惑する。

金四郎(きんしろう)


山に捨てられていたのを、誠に拾われた。賢く、忠義心にあふれた日本犬系の雑種。

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