第77話 落ち葉かき
文字数 797文字
コートの隅に転がる、空気が抜けてひしゃげたボール。
無造作にフェンスに引っ掛けられたジャージ。
昨日も同じ景色を見ているはずなのに、今日はなぜだかとても新鮮に感じる。
変わったのは景色ではなくて、幸弥自身なのかもしれない。
(二は一の二千倍……)
胸のなかで、そっとつぶやいてみる。
「練習の前にコートの落ち葉かいちょきやー」
新しく部長となった村上が、皆に声をかける。
大﨑と違い、押しの強い性格の村上は、それまでの慣例を無視して部員たちにどんどん仕事を割り振っていた。
人の上に立つのは、おそらく、こういう人間の方が向いているのだろう。
幸弥のまぶたに、ひとり黙々と落ち葉をかき集めていた大﨑の姿が浮かぶ。
(大﨑先輩は、ほんまに皆から見下されちょったがやろうか?)
夕べからずっと、考えていた。
お人好し過ぎて、軽く見られがちなところはあったけれど、情が深く人を大切にする大﨑は、決して
むしろ、好かれていたと思う。
仮に、周囲からテニスが下手だと言われていたとしても、それは悪口ではなく、部活の合間の、罪のないおしゃべりの話題のひとつに過ぎなかったのかもしれない。
いずれにせよ。他人の心のうちなど、わかるはずもないのだ。
勝手に想像して傷つくのは、もうやめようと思った。
徳弘はどこだろうかと辺りを見回すと、テニスコートの隅で、いつもの如く斉藤に向かって盛んに何かを訴えている。
ぎゃんぎゃん
徳弘がしゃべり疲れておとなしくなった頃合いを見計らって、おもむろに口を開く。
「あなたの言い分はわかりました。でも、それはここでは認められないの」
夕べ樹から聞かされたのと同じことを、斉藤がしているのを見て、なんだかおかしかった。