第101話 初めての試合、最後の試合

文字数 1,315文字

 理解しがたい面はあったものの、山中は明神が好きになった。

 一年生離れした体格の明神は、人格もすでに確立しているように見えた。
 ひとに接するときも、物怖(ものお)じしない。かといって、見下しもない。
 ただ、あるがままに相手を受け入れ、尊重することのできる人間だった。

(坂本やったら、こいつを何に例えるがやろう?)

 ふと、そんなことを考えたりした。

 二年生の試合に混じっても、明神はまったく遜色がなかった。
 ふたりが組んで初めての試合、対戦相手の南野(みなみの)中の水田(みずた)もまた、一年生だった。
 テニスの腕は恐ろしいほどだが、体つきは貧弱で、まだ成長しきっていないのが見てとれた。
 がた爺が、山中のペアに明神を選んだ真意が、わかった気がした。

 水田が次第に疲弊(ひへい)するのとは反対に、明神は覚醒(かくせい)していった。
 体中を駆け巡る血が、いっきに熱を帯びるのを感じた。

(明神は初めての試合ながやけん、勝ち負けは二の次……)

 頭ではわかっているのに、体内で煮えたぎる血が、勝負をかけろと吠えたてた。

——それでえい。お前は魔法瓶ながやけんにゃあ

 坂本が語りかけてくるような気がした。

 ふいに、マイクを通した声が、坂本の声にかぶさる。

「この三年間に経験したことのすべてが、君たちの(かて)であります。君たちの体が、君たちの食べたもので出来ているように、君たちが見たこと、感じたことによって、君たちの精神は作られるのです」

 校長のことばが、山中の胸にしみ込んでゆく。

 明神と組んで初めての試合と、最後の試合とは、まるで仕組まれたかのようだった。
 対戦相手が違ったり、順番が逆になっていたら、今ここにいる自分は、存在しないかもしれない。

「モーションが何かも知らんくせに、見苦しいがじゃ!」

 なりふり構わぬ山中の抵抗を、秋由(あきよし)中の公文(くもん)(ののし)ったが、最後には健闘を(たた)えてくれた。

「お前はたいしたヤツちゃ。恥も外聞もかなぐり捨てて、よう頑張った! 高校行ったち、テニスつづけぇや。俺ぁどうしても、お前ともういっぺん勝負がしたいき。絶対に、やめたらいかんで!」

 その瞬間、明神とふたりで、ふたたび公文たちに挑む光景が浮かんだ。
 いまにも破裂しそうな心臓を押さえながら、山中は何度もうなずいた。

 しかし冷静に考えれば、たとえ同じ高校に進んだとしても、学年の違う明神とペアを組むことはないのだ。


『花に嵐の例えもあるさ。さよならだけが、人生だ』

 壇上で祝辞を述べていた主賓が、少しばかり芝居がかった調子で言うのが聞こえる。

 山中のまぶたに坂本の顔が浮かび、明神の顔が浮かぶ。

 坂本と再会することも、明神とふたたびペアを組むことも、二度とはないのかもしれない。
 それでも、ともに過ごした日々は残る。

 新たなペアと試合に挑むとき、山中はきっと、明神との試合を思い返す。

 新たに出会う人々を量る指標として、坂本を心に抱きつづけているように。

 山中のななめ前に、和田のどっしりとした背中が見える。

(知っちょうがか、坂本。お前が「ヤカン」ち呼んだ和田は、部長になりよったがぞ。ほんで、「魔法瓶」の俺は副部長ちや……)

 まぶたの裏に、坂本のいたずらっぽい笑顔が浮かぶ。
 キキッという独特の笑い声が、耳の奥でこだました。
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登場人物紹介

明神樹(みょうじんたつき)


主人公。高知県西部の小さな集落にある荷緒小学校出身。おおらかで寛大な性格。共感力が高く、他者との境界線が曖昧なところがある。大人びて見られがちだが、実際は奥手で浮世離れした子供っぽい一面を持つ。

樋口誠(ひぐちまこと)


樹の親友。繊細で面倒見が良く、常に周りに気を配るタイプ。一見温厚そうだが、根は負けん気の強い情熱家。

水田幸弥(みずたゆきや)


南野中軟式庭球部員。小柄だが優秀な選手。幼少期の辛い体験によって、他人に上手く心を開くことができずにいる。その一方で、いったん心を許した相手はどこまでも信頼する素直な一面を持つ。

木戸佑介(きどゆうすけ)


樹の仲間。穏やかで誠実な平和主義者。気弱な性格のため、思うように実力を発揮できずにいる。

安岡堅悟(やすおかけんご)


樹の仲間。体格に恵まれており、仲間うちでは武闘派を自任している。デリカシーがなく、気の短いところもあるが、仲間思いで情に厚い。

間崎耕太郎(まさきこうたろう)


樹の仲間。天真爛漫なムードメーカー。小柄でフットワークが軽く、直感で行動するタイプ。堅悟とは凸凹コンビ。

間崎千代子(まさきちよこ)


耕太郎の姉。しっかり者で姉御肌な情報通。弟たちから頼りにされている。

土居要蔵(どいようぞう)


元西方ジャガーズの捕手。小学校時代に荷緒小チームに敗れたことで、樹をライバル視するようになる。

岡林文枝 (おかばやしふみえ)


西方中女子軟式テニス部の部長。問題意識が強く、まじめな努力家。目立つことと、粗暴な男子が苦手。

山形強(やまがたつよし)


通称〈がた爺〉。西方中軟式テニス部顧問。体罰も辞さないスパルタ教師。テニスの知識も経験も皆無だが、教え子には常に目を光らせている。

沖広義(おきひろよし)


西方中テニス部員。誠のペア。元はバレー部に所属していたが、芽が出ずテニス部に移った。義理堅くまっすぐな性格。

山中淳一(やまなかじゅんいち)


西方中軟式テニス部員。樹の先輩であり頼れるペア。スマートな言動とは裏腹な激情家。

大﨑正則(おおさきまさのり)


南野中軟式庭球部員。幸弥の先輩でありペア。幸弥にとっては部内で唯一心を許せる存在。小心者で不器用だが愛情深く、信念を貫くタイプ。

徳弘大河(とくひろたいが)


南野中軟式庭球部員。大﨑の引退後、幸弥とペアを組む。こだわりが強く、マイペース。万事において納得いくまで追求するタイプ。他人の気持ちを察するのは苦手だが、裏表のない真っ正直な性格。

杉本香(すぎもとかおる)


西方中の不良少女。戯れに樹を誘惑する。

金四郎(きんしろう)


山に捨てられていたのを、誠に拾われた。賢く、忠義心にあふれた日本犬系の雑種。

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