第177話 堤防

文字数 1,067文字

 誠と連れ立って、樹はふたたび波打ち際へと歩きだす。
 一歩踏み出すたび、ごくわずかに、体が砂のなかへ沈んでゆく。

「すまざった……」

 ほとんど無意識のうちに、樹はつぶやいていた。

「何がな?」

 誠がいぶかしげに尋ねる。

「佑介は、ほんまは、岡林と別れるつもりはなかったがで……それやに、俺が、いらんこと言うたせいで……あいつは、つまらん意地を張ってしもうたが……」

 誠は黙っている。
 またしても、余計なことを言ってしまったのだろうか?
 不安に思いながらも、樹はことばを()いだ。

「ほんで、佑介が岡林に告白したがも、俺のせいながやろう? 俺に背中を押されたち、言うちょったそうやいか?」

 誠は無言のままだ。
 沈黙が耐えられなくて、樹はしゃべりつづける。

「やけんど、あいつに何を言うたか、俺ぁよう覚えちょらん……そもそも、女のことらぁ、俺は(ひと)っちゃあわからんがやけん……」

「佑介はアホやけん、『臨機応変』ちうことがわからんがで」

 ようやく誠は口を開いた。
 思いのほか、さばさばした口調だった。

「信頼しちょう人間が言うことやったら、何じゃち正しい思うがよ。そいつの得意分野かどうかじゃち、考えもせんが」

 誠は大きく息を吐くと、樹を見やった。

「お前だけが悪いがやない。俺も、佑介も、悪いがや。()いろう思うてやっちょったことが、みぃんな、間違いやったが……」

 誠の声が、にわかに湿りけを帯びる。

「可哀そうながは、岡林ちや……」

 波打ち際まで来ると、誠はハの字型の堤防のひとつによじ登った。
 樹もあとにつづく。
 堤防の上を沖へ向かって歩くうちに、ふと、数か月前の出来事を思い起こした。

 降りだした雪が辺りをうっすらと白く染めた冬の日、いなくなった誠を探して、樹はこの堤防を訪れたのだ。
 あの瞬間、脳裏をかすめた、(こご)えるような鉛色の海に漂う誠の姿が、ふたたび頭に浮かび、思わず身震いする。

(もしもあんとき、千代子姉ちゃんが家におらざったら、誠はどうなっちょったがやろう……)

 そんな思いを巡らせていたとき、ふいに誠が言った。

「俺も佑介も、最初から千代子姉ちゃんに相談しちょったらよかったがや」

 奇妙な偶然の一致を感じながら、樹は誠を見やる。

『三人寄れば文殊の知恵』らぁ言うけんどにゃあ、童貞がなんぼ知恵を出し合ったち、女の気持ちはわからんがで……」

 誠は自嘲的な笑みを浮かべる。

「お前らぁ、知らんろうけんどにゃあ。俺はガキのころから、しょっちゅう千代子姉ちゃんに話を聞いてもろうちょったがよ。それやに、なんしか、岡林のことは、なかなか言い出せざった……」

 


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

明神樹(みょうじんたつき)


主人公。高知県西部の小さな集落にある荷緒小学校出身。おおらかで寛大な性格。共感力が高く、他者との境界線が曖昧なところがある。大人びて見られがちだが、実際は奥手で浮世離れした子供っぽい一面を持つ。

樋口誠(ひぐちまこと)


樹の親友。繊細で面倒見が良く、常に周りに気を配るタイプ。一見温厚そうだが、根は負けん気の強い情熱家。

水田幸弥(みずたゆきや)


南野中軟式庭球部員。小柄だが優秀な選手。幼少期の辛い体験によって、他人に上手く心を開くことができずにいる。その一方で、いったん心を許した相手はどこまでも信頼する素直な一面を持つ。

木戸佑介(きどゆうすけ)


樹の仲間。穏やかで誠実な平和主義者。気弱な性格のため、思うように実力を発揮できずにいる。

安岡堅悟(やすおかけんご)


樹の仲間。体格に恵まれており、仲間うちでは武闘派を自任している。デリカシーがなく、気の短いところもあるが、仲間思いで情に厚い。

間崎耕太郎(まさきこうたろう)


樹の仲間。天真爛漫なムードメーカー。小柄でフットワークが軽く、直感で行動するタイプ。堅悟とは凸凹コンビ。

間崎千代子(まさきちよこ)


耕太郎の姉。しっかり者で姉御肌な情報通。弟たちから頼りにされている。

土居要蔵(どいようぞう)


元西方ジャガーズの捕手。小学校時代に荷緒小チームに敗れたことで、樹をライバル視するようになる。

岡林文枝 (おかばやしふみえ)


西方中女子軟式テニス部の部長。問題意識が強く、まじめな努力家。目立つことと、粗暴な男子が苦手。

山形強(やまがたつよし)


通称〈がた爺〉。西方中軟式テニス部顧問。体罰も辞さないスパルタ教師。テニスの知識も経験も皆無だが、教え子には常に目を光らせている。

沖広義(おきひろよし)


西方中テニス部員。誠のペア。元はバレー部に所属していたが、芽が出ずテニス部に移った。義理堅くまっすぐな性格。

山中淳一(やまなかじゅんいち)


西方中軟式テニス部員。樹の先輩であり頼れるペア。スマートな言動とは裏腹な激情家。

大﨑正則(おおさきまさのり)


南野中軟式庭球部員。幸弥の先輩でありペア。幸弥にとっては部内で唯一心を許せる存在。小心者で不器用だが愛情深く、信念を貫くタイプ。

徳弘大河(とくひろたいが)


南野中軟式庭球部員。大﨑の引退後、幸弥とペアを組む。こだわりが強く、マイペース。万事において納得いくまで追求するタイプ。他人の気持ちを察するのは苦手だが、裏表のない真っ正直な性格。

杉本香(すぎもとかおる)


西方中の不良少女。戯れに樹を誘惑する。

金四郎(きんしろう)


山に捨てられていたのを、誠に拾われた。賢く、忠義心にあふれた日本犬系の雑種。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み