第129話 告白

文字数 1,216文字

 夏休みも残りわずかとなったある日の午後、樹は母の昭子とともに学校を訪れた。

 その帰り道、荷緒川を渡る橋のたもとに、誠がぽつんと立っていた。

「先に帰っちょってくれ」

 樹は昭子をうながす。
 昭子のうしろ姿が完全に見えなくなると、誠はようやく口を開いた。

「高知市の高校へ行くち、決めてしもうたがやにゃあ……」

 樹は無言でうなずく。
 たとえ殴られても、受け入れようと覚悟を決めていた。

 誠は樹を殴りはしなかった。
 どことなく疲れた顔を樹に向けてはいたが、その目は樹を通り越して、どこか遠くを見ているようだった。

「…すぐにお前の耳にも入るろうし、気ぃ遣われるがも鬱陶(うっとう)しいけん、言うちょくわえ……」

 樹から視線をはずしたまま、まるで独りごとのように、誠がつぶやく。

「佑介のヤツ、岡林に告白したがやと。あのふたり、付き合うことになったらしいでぇ……」

 樹は思わず息を呑んだ。
 誠の口元に皮肉な笑みが浮かぶ。

「あいつ、わざわざ俺に伝えに来よってにゃあ。『樹に背中を押してもろうた』言うて、(わろ)うちょったでよぉ」

「違うっ……俺ぁ、そんなこたぁせん……」

 驚きのあまり、うまくことばが出てこない。 
 そんな樹の様子を目の端にとらえて、誠はふっと小さく息を吐いた。

「そんながぁ、ようわかっちょうで……あいつぁ、なんじゃち、自分に都合()いように解釈するがよ……」

 言うなり、誠はくるりと背中を向ける。

「まぁ、そういうこっちゃ! お前は余計な気ぃ回さんと、あの眼鏡チビの尻でも追っかけちょったらえいが」

 樹の返事を待たずに、誠は駆け出す。
 誠の姿が坂の向こうに消えてしまっても、樹は呆然と立ち尽くしていた。
 
 佑介が岡林の夢を見たと告げにきたとき、樹がかけたことばは、佑介に対してというよりも、むしろ自分自身に向けたものだった気がする。

 それが佑介を勇気づけ、岡林への告白を決意させたのだとしたら、皮肉なことだ。

 誠も佑介も、樹にとって大切な仲間で、どちらかを選ぶことなどできないはずなのに、樹の心情は、誠に大きく傾いていたのだ。
 だからこそ、妙に弱気に思える誠の態度に、樹はいらだちを感じていた。
 この期に及んでも、誠が本気で挑んでさえいたら、結果は違ったのではないかと考えずにはいられなかった。

 新学期が始まると、佑介と岡林が付き合いだしたという噂は西方中に広まった。
 にもかかわらず、ふたりのあいだに、特に進展は見受けられない。
 佑介は(あい)も変わらず、岡林の前では挙動不審に陥ってた。
 唯一変わったのは、岡林だ。

 佑介との仲を周囲に勘ぐられるようになってから、おそらく意識的に、岡林は佑介と距離を置くようにしていた。
 それがいまや女房気取りで、自分の前でオタオタする佑介に情愛をこめた眼差しを向けたりする。

 樹には、どうにもそれが我慢ならなかった。
 女というものの、底知れぬ肝の太さ、しぶとさのようなものを、岡林の余裕に満ちた態度から感じてしまうのだ。

 
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登場人物紹介

明神樹(みょうじんたつき)


主人公。高知県西部の小さな集落にある荷緒小学校出身。おおらかで寛大な性格。共感力が高く、他者との境界線が曖昧なところがある。大人びて見られがちだが、実際は奥手で浮世離れした子供っぽい一面を持つ。

樋口誠(ひぐちまこと)


樹の親友。繊細で面倒見が良く、常に周りに気を配るタイプ。一見温厚そうだが、根は負けん気の強い情熱家。

水田幸弥(みずたゆきや)


南野中軟式庭球部員。小柄だが優秀な選手。幼少期の辛い体験によって、他人に上手く心を開くことができずにいる。その一方で、いったん心を許した相手はどこまでも信頼する素直な一面を持つ。

木戸佑介(きどゆうすけ)


樹の仲間。穏やかで誠実な平和主義者。気弱な性格のため、思うように実力を発揮できずにいる。

安岡堅悟(やすおかけんご)


樹の仲間。体格に恵まれており、仲間うちでは武闘派を自任している。デリカシーがなく、気の短いところもあるが、仲間思いで情に厚い。

間崎耕太郎(まさきこうたろう)


樹の仲間。天真爛漫なムードメーカー。小柄でフットワークが軽く、直感で行動するタイプ。堅悟とは凸凹コンビ。

間崎千代子(まさきちよこ)


耕太郎の姉。しっかり者で姉御肌な情報通。弟たちから頼りにされている。

土居要蔵(どいようぞう)


元西方ジャガーズの捕手。小学校時代に荷緒小チームに敗れたことで、樹をライバル視するようになる。

岡林文枝 (おかばやしふみえ)


西方中女子軟式テニス部の部長。問題意識が強く、まじめな努力家。目立つことと、粗暴な男子が苦手。

山形強(やまがたつよし)


通称〈がた爺〉。西方中軟式テニス部顧問。体罰も辞さないスパルタ教師。テニスの知識も経験も皆無だが、教え子には常に目を光らせている。

沖広義(おきひろよし)


西方中テニス部員。誠のペア。元はバレー部に所属していたが、芽が出ずテニス部に移った。義理堅くまっすぐな性格。

山中淳一(やまなかじゅんいち)


西方中軟式テニス部員。樹の先輩であり頼れるペア。スマートな言動とは裏腹な激情家。

大﨑正則(おおさきまさのり)


南野中軟式庭球部員。幸弥の先輩でありペア。幸弥にとっては部内で唯一心を許せる存在。小心者で不器用だが愛情深く、信念を貫くタイプ。

徳弘大河(とくひろたいが)


南野中軟式庭球部員。大﨑の引退後、幸弥とペアを組む。こだわりが強く、マイペース。万事において納得いくまで追求するタイプ。他人の気持ちを察するのは苦手だが、裏表のない真っ正直な性格。

杉本香(すぎもとかおる)


西方中の不良少女。戯れに樹を誘惑する。

金四郎(きんしろう)


山に捨てられていたのを、誠に拾われた。賢く、忠義心にあふれた日本犬系の雑種。

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