第94話 仲間だからこそ

文字数 1,203文字

 指南書を参考にして、腕立て伏せや腹筋、背筋といったオーソドックスなものに、懸垂やスクワットなどを加えたメニューを作り上げる。

「バーベルは無理かもしれんけんど、ダンベルなら家に持っちょう人がおるやもしれんで」

 千代子の提案を受け、ダンベルを使った筋トレもいくつか書き出しておいた。

「明日の練習から、さっそく取り入れてみるけん」

 礼を言って千代子の家を出る。反対方向へ帰る佑介の姿が完全に見えなくなると、誠は自転車をこぐ足を止めた。

「まさかとは思うけんど、高知の高校へ行こうじゃち、考えちゃあせんろうにゃあ」

 誠につづいて自転車を停めた樹は、平静を装って答える。

「高知の高校の、どこがいかんが?」

「高知の高校がいかんわけやない。動機が不純じゃち、言いようがや」

「そう言うたち、硬式テニス部があるがは高知の高校だけやち、千代子姉ちゃんが言うちょったやいか」

「そんながぁ、ただの言い訳ちや!」

 夜の闇に埋もれて、しんと静まり返った山あいに、誠の怒声がこだまする。

「お前、高知へ行ったら、いつじゃち水田に会える思うたがやろう」

 のどに異物がつまったような息苦しさが、樹を襲う。

「俺の気持ちは…お前じゃち、わかってくれちょったがやないがか……」
 
 無理やり絞り出した声は、聞き苦しいほどにかすれていた。

「お前が、水田を一方的に好きなだけやったら、俺は、何ちゃあ言わんつもりやった。やけんど、高知へ行くがだけは、反対ちや」

 誠の声もまた、辺りの景色に負けないほどに、暗く沈んでいる。

「佑介を見ちょったら、わかるろう? 自分ではどればぁ隠しちょうつもりじゃち、周りには簡単にバレてしまうモンながぞ。ほいでも、お前の気持ちに誰も気づいちょらんがは、水田がここにおらんからや」

 押し殺した声が、気持ちの高ぶりとともに、次第に大きくなってゆく。

「もしも、お前が、水田と同じ高校に行ってみぃ。『俺はこいつに惚れちょります』ち、触れ回るようなモンぞ。悪いことは言わんけん、やめちょけ。(ひと)っちゃあ、()いことはない!」

 誠の言うことは、樹にもわかる。
 それでも、どうしても、うなずくことができなかった。

「こればぁ言うても、まだわからんがか?」

 誠の苛立ちが、辺りの空気を通して伝わってくる。

「自分から…『ホモ』じゃち、認めるようなモンながぞ!」

 一瞬、呼吸が止まる。

 闇が濃さを増して、ふたりの上にのしかかる。

「どうな? こんな風に言われたら、つらいろう? けんどにゃ、樹。つらいがは…お前だけやないがぞ……」

 誠の声は、どこか遠いところから聞こえてくるようだった。

「俺じゃち…佑介じゃち、堅悟や耕太郎じゃち……お前が、他人からホモ呼ばわりされよったりしたら……」

「他人に何言われたち、かまんわえ!」

 樹の叫びが、誠のことばをかき消す。

「お前に…仲間のお前に言われたがが、悲しいがや……」

 泣くものか——
 樹は必死に歯を食いしばる。



 

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

明神樹(みょうじんたつき)


主人公。高知県西部の小さな集落にある荷緒小学校出身。おおらかで寛大な性格。共感力が高く、他者との境界線が曖昧なところがある。大人びて見られがちだが、実際は奥手で浮世離れした子供っぽい一面を持つ。

樋口誠(ひぐちまこと)


樹の親友。繊細で面倒見が良く、常に周りに気を配るタイプ。一見温厚そうだが、根は負けん気の強い情熱家。

水田幸弥(みずたゆきや)


南野中軟式庭球部員。小柄だが優秀な選手。幼少期の辛い体験によって、他人に上手く心を開くことができずにいる。その一方で、いったん心を許した相手はどこまでも信頼する素直な一面を持つ。

木戸佑介(きどゆうすけ)


樹の仲間。穏やかで誠実な平和主義者。気弱な性格のため、思うように実力を発揮できずにいる。

安岡堅悟(やすおかけんご)


樹の仲間。体格に恵まれており、仲間うちでは武闘派を自任している。デリカシーがなく、気の短いところもあるが、仲間思いで情に厚い。

間崎耕太郎(まさきこうたろう)


樹の仲間。天真爛漫なムードメーカー。小柄でフットワークが軽く、直感で行動するタイプ。堅悟とは凸凹コンビ。

間崎千代子(まさきちよこ)


耕太郎の姉。しっかり者で姉御肌な情報通。弟たちから頼りにされている。

土居要蔵(どいようぞう)


元西方ジャガーズの捕手。小学校時代に荷緒小チームに敗れたことで、樹をライバル視するようになる。

岡林文枝 (おかばやしふみえ)


西方中女子軟式テニス部の部長。問題意識が強く、まじめな努力家。目立つことと、粗暴な男子が苦手。

山形強(やまがたつよし)


通称〈がた爺〉。西方中軟式テニス部顧問。体罰も辞さないスパルタ教師。テニスの知識も経験も皆無だが、教え子には常に目を光らせている。

沖広義(おきひろよし)


西方中テニス部員。誠のペア。元はバレー部に所属していたが、芽が出ずテニス部に移った。義理堅くまっすぐな性格。

山中淳一(やまなかじゅんいち)


西方中軟式テニス部員。樹の先輩であり頼れるペア。スマートな言動とは裏腹な激情家。

大﨑正則(おおさきまさのり)


南野中軟式庭球部員。幸弥の先輩でありペア。幸弥にとっては部内で唯一心を許せる存在。小心者で不器用だが愛情深く、信念を貫くタイプ。

徳弘大河(とくひろたいが)


南野中軟式庭球部員。大﨑の引退後、幸弥とペアを組む。こだわりが強く、マイペース。万事において納得いくまで追求するタイプ。他人の気持ちを察するのは苦手だが、裏表のない真っ正直な性格。

杉本香(すぎもとかおる)


西方中の不良少女。戯れに樹を誘惑する。

金四郎(きんしろう)


山に捨てられていたのを、誠に拾われた。賢く、忠義心にあふれた日本犬系の雑種。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み