第64話 宝探し

文字数 1,481文字

「なんか、あったがか?」

 受話器の向こうから、幸弥が問いかける。

「別に…なんちゃあないで」

「嘘やな」

 樹はつとめて明るい声で答えたものの、ばっさりと切り捨てられた。

「なんちゅうか、声にいつもの張りがないねや」

 幸弥の鋭い指摘におののきつつ、樹は少しだけ胸のうちをさらす。

「ほんま言うとにゃあ、仲間と……まぁ、ちぃとあったがよ」

 佑介の告白に、少なからず心を乱された樹は、帰宅するなり幸弥に電話をかけていた。
 たまらなく、声が聞きたかった。

「へぇ……」

 幸弥が小さくため息をつく。

「お前らぁでも、そんなことあるがやなぁ……」
 
「そりゃ、なんな? 俺らぁ、いったいどんな人間やち思われちょうがよ」

 樹が苦笑すると、幸弥は大まじめに答えた。

「世のなかにはなぁ、二種類の人間がおるがよ。何やったち上手(うま)くいかんヤツと、何じゃち上手いこといくヤツや。お前らぁ、間違いなく後者やろう?」

「そんなわけあるかよ。俺らぁじゃち、上手いこといかんで悩むがぁしょっちゅうぞ。お前の言うちょるような、完璧な人間らぁて、おらんで」

「『完璧』やち、俺ぁ言うちゃあせん! ちゃんと聞けや」

 幸弥の声が、癇癪(かんしゃく)を起した子どものように、いきなり高くなる。
 樹は慌てて居ずまいを正した。

「俺が言うちょるがはなぁ、この世には、運に見放されたヤツと、味方されゆうヤツがおるゆうことちや。ほんで、俺ぁ前者で、お前は後者ながや」

 それもおかしな話だと思ったが、樹はあえて口を挟まなかった。

「お前にそれがわからんがは、生まれつき、なんもかんも持っちゅうからぞ。空気があるがぁ当たり前やち、思うがと同じや。最初からあるもんは、ありがたみがわからん。それが〈無い〉ゆうことが、想像できんがや」

 畳みかけるように話すうち、段々と落ち着きを取り戻してきた幸弥は、やがて(さと)すような口調になった。

「けんどなぁ、お前が、誰でも持っちゅうろうち、思い込んじゅうもんを、いっぺんも持ったことないヤツじゃち、おるがやぞ」

 そのとき、そばを通りかかった母の昭子が、樹を見て声をあげた。

「あんたぁ、着替えもせんと、いつまでしゃべっちゅうぞね?」

 その声が、幸弥にも届いたらしい。

「ほいたら、またな」

 返事をする間もなく、さっさと電話を切ってしまった。

「…電話したがは俺やに、一方的に話しよって、いきなり切るらぁて、なんなが?」

 聞き手のいなくなった受話器に向かって、樹は小さく毒づいた。

(ほんまに、おかしなヤツちゃ……)

 置いてきぼりを食らったような寂しさが、樹を襲う。
 心にぽっかり空いた穴を埋めるように、今しがた交わした会話を思い返してみる。

——最初からあるもんは、ありがたみがわからん。それが無いゆうことが、想像できん——

 幸弥の声にかぶさって、聞こえてくる声があった。
 力なくうなだれた佑介が、絞り出すように発したことば——

——俺ぁ、弱虫(びったれ)ながや……

〈勇気〉、あるいは、〈度胸〉

 男なら、生まれながらに備えているはずの気質。
 それを持たざる者があるのだということに、樹は初めて思い至った。 

 突拍子もなく思えた幸弥のことばが、今になって、深い意味を持つ。

(あいつぁ、俺が考えちょった以上に、たいしたヤツながかもしれん……)

 仲間とともに川で泳いでいたとき、川底に光る小石を見つけた。
 あんまり綺麗だったので、樹はこっそり拾って、ズボンのポケットに隠した。
 幼いころの情景が、そのとき感じたときめきが、鮮やかによみがえってくる。

(まるで、宝探ししちょる気分やにゃあ……)

 天井の木目を見つめながら、樹は心のうちでつぶやいた。




  
 

 
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登場人物紹介

明神樹(みょうじんたつき)


主人公。高知県西部の小さな集落にある荷緒小学校出身。おおらかで寛大な性格。共感力が高く、他者との境界線が曖昧なところがある。大人びて見られがちだが、実際は奥手で浮世離れした子供っぽい一面を持つ。

樋口誠(ひぐちまこと)


樹の親友。繊細で面倒見が良く、常に周りに気を配るタイプ。一見温厚そうだが、根は負けん気の強い情熱家。

水田幸弥(みずたゆきや)


南野中軟式庭球部員。小柄だが優秀な選手。幼少期の辛い体験によって、他人に上手く心を開くことができずにいる。その一方で、いったん心を許した相手はどこまでも信頼する素直な一面を持つ。

木戸佑介(きどゆうすけ)


樹の仲間。穏やかで誠実な平和主義者。気弱な性格のため、思うように実力を発揮できずにいる。

安岡堅悟(やすおかけんご)


樹の仲間。体格に恵まれており、仲間うちでは武闘派を自任している。デリカシーがなく、気の短いところもあるが、仲間思いで情に厚い。

間崎耕太郎(まさきこうたろう)


樹の仲間。天真爛漫なムードメーカー。小柄でフットワークが軽く、直感で行動するタイプ。堅悟とは凸凹コンビ。

間崎千代子(まさきちよこ)


耕太郎の姉。しっかり者で姉御肌な情報通。弟たちから頼りにされている。

土居要蔵(どいようぞう)


元西方ジャガーズの捕手。小学校時代に荷緒小チームに敗れたことで、樹をライバル視するようになる。

岡林文枝 (おかばやしふみえ)


西方中女子軟式テニス部の部長。問題意識が強く、まじめな努力家。目立つことと、粗暴な男子が苦手。

山形強(やまがたつよし)


通称〈がた爺〉。西方中軟式テニス部顧問。体罰も辞さないスパルタ教師。テニスの知識も経験も皆無だが、教え子には常に目を光らせている。

沖広義(おきひろよし)


西方中テニス部員。誠のペア。元はバレー部に所属していたが、芽が出ずテニス部に移った。義理堅くまっすぐな性格。

山中淳一(やまなかじゅんいち)


西方中軟式テニス部員。樹の先輩であり頼れるペア。スマートな言動とは裏腹な激情家。

大﨑正則(おおさきまさのり)


南野中軟式庭球部員。幸弥の先輩でありペア。幸弥にとっては部内で唯一心を許せる存在。小心者で不器用だが愛情深く、信念を貫くタイプ。

徳弘大河(とくひろたいが)


南野中軟式庭球部員。大﨑の引退後、幸弥とペアを組む。こだわりが強く、マイペース。万事において納得いくまで追求するタイプ。他人の気持ちを察するのは苦手だが、裏表のない真っ正直な性格。

杉本香(すぎもとかおる)


西方中の不良少女。戯れに樹を誘惑する。

金四郎(きんしろう)


山に捨てられていたのを、誠に拾われた。賢く、忠義心にあふれた日本犬系の雑種。

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