第108話 入部希望

文字数 835文字

 樹が高知の高校への進学を考えていると知ったときの、仲間たちの反応は様々だった。

「ほんまに、行ってしまうがか?」

「樹がおらんなるじゃち、なんや、想像できんでぇ」

「けんどよ、樹が高知におったら、遊び上手な都会の女を紹介してもらえるがやないか?」

 そのなかで、誠はひとり無関心を装っていた。
 そんな誠の態度を仲間たちは不思議がり、互いに顔を見合わせたのだった。

 やがて、桜が萌黄色の若葉を芽吹くころ、樹たちは三年生になった。

「テニス部に来たら毎日アイス(おご)っちゃお!」

 堅悟のなりふり構わぬ勧誘も虚しく、(きよし)をはじめとする荷緒(になお)小の後輩たちは、そろって野球部に入部した。
 浦賀小や松原小出身の生徒に交じって練習に励む文太たちの姿が、彼らを後押ししたのだろう。

(めぐみ)は荷緒の子らぁと一緒にテニス部入る言うちょったでぇ」

「女やけん、意味ないろうが!」

 嬉々として報告する佑介に向かって、堅悟は面白くもなさそうに言い捨てた。

 苦笑しつつ、佑介は誠を振り返る。

「愛子ちゃんも、一緒にやれたらえいなぁち、恵は言うちょったがやけんど……」

「あいつぁ、もうバレー部に入ってしもうちょうけんにゃあ……」

 去年、バレー部員だった沖がテニス部に移ったときの騒動を知っているだけに、愛子は決心がつかないようだった。

 そんなある日、西方中男子軟式テニス部に待望の入部希望者がやってきた。

「卓球部と、どっちにするか悩んだがですけんど、ラケットもボールも大きいテニス部の方が打ちやすいろう思うて、テニス部に決めました」

 無邪気に語る一年生たちに、「そうかそうか」とうなずく誠の笑顔はひきつっていた。

 それでも、まだ希望はある。

 現在の二年部員のなかにも、入部当初は箸にも棒にもかからない者がいた。
 だが、効率よく体力をつけるためのインターバルトレーニングや、乱打などの実戦的な技術練習をを取り入れたことで、ずいぶんと上達した。
 たとえ才能に恵まれていなかったとしても、鍛え方次第で、人は成長できるものなのだ。

 

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登場人物紹介

明神樹(みょうじんたつき)


主人公。高知県西部の小さな集落にある荷緒小学校出身。おおらかで寛大な性格。共感力が高く、他者との境界線が曖昧なところがある。大人びて見られがちだが、実際は奥手で浮世離れした子供っぽい一面を持つ。

樋口誠(ひぐちまこと)


樹の親友。繊細で面倒見が良く、常に周りに気を配るタイプ。一見温厚そうだが、根は負けん気の強い情熱家。

水田幸弥(みずたゆきや)


南野中軟式庭球部員。小柄だが優秀な選手。幼少期の辛い体験によって、他人に上手く心を開くことができずにいる。その一方で、いったん心を許した相手はどこまでも信頼する素直な一面を持つ。

木戸佑介(きどゆうすけ)


樹の仲間。穏やかで誠実な平和主義者。気弱な性格のため、思うように実力を発揮できずにいる。

安岡堅悟(やすおかけんご)


樹の仲間。体格に恵まれており、仲間うちでは武闘派を自任している。デリカシーがなく、気の短いところもあるが、仲間思いで情に厚い。

間崎耕太郎(まさきこうたろう)


樹の仲間。天真爛漫なムードメーカー。小柄でフットワークが軽く、直感で行動するタイプ。堅悟とは凸凹コンビ。

間崎千代子(まさきちよこ)


耕太郎の姉。しっかり者で姉御肌な情報通。弟たちから頼りにされている。

土居要蔵(どいようぞう)


元西方ジャガーズの捕手。小学校時代に荷緒小チームに敗れたことで、樹をライバル視するようになる。

岡林文枝 (おかばやしふみえ)


西方中女子軟式テニス部の部長。問題意識が強く、まじめな努力家。目立つことと、粗暴な男子が苦手。

山形強(やまがたつよし)


通称〈がた爺〉。西方中軟式テニス部顧問。体罰も辞さないスパルタ教師。テニスの知識も経験も皆無だが、教え子には常に目を光らせている。

沖広義(おきひろよし)


西方中テニス部員。誠のペア。元はバレー部に所属していたが、芽が出ずテニス部に移った。義理堅くまっすぐな性格。

山中淳一(やまなかじゅんいち)


西方中軟式テニス部員。樹の先輩であり頼れるペア。スマートな言動とは裏腹な激情家。

大﨑正則(おおさきまさのり)


南野中軟式庭球部員。幸弥の先輩でありペア。幸弥にとっては部内で唯一心を許せる存在。小心者で不器用だが愛情深く、信念を貫くタイプ。

徳弘大河(とくひろたいが)


南野中軟式庭球部員。大﨑の引退後、幸弥とペアを組む。こだわりが強く、マイペース。万事において納得いくまで追求するタイプ。他人の気持ちを察するのは苦手だが、裏表のない真っ正直な性格。

杉本香(すぎもとかおる)


西方中の不良少女。戯れに樹を誘惑する。

金四郎(きんしろう)


山に捨てられていたのを、誠に拾われた。賢く、忠義心にあふれた日本犬系の雑種。

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