第83話 試行錯誤

文字数 1,078文字

 その夜、樹はなかなか寝付けなかった。

(誠のヤツ、あの言い方はないろう?)

 不愉快な気分のまま眠りに落ち、翌朝目覚めてみると、樹のなかに、夕べとはまったく違う感情が生まれていた。

 悪かった——
 心の底からそう思った。

 間違ったことを言ったつもりはない。
 けれど、あの場面で言うべきことではなかった。
 苦心して、ようやくできあがった練習メニューが思い通りの成果を生まなかったことに、一番心を痛めていたのは、誠なのだ。
 すでにいっぱいいっぱいだったのに、樹がさらに追い詰めるようなまねをしたから、誠はつい、心にもないことを口走ってしまったのだろう。

 登校時、誠の家へとつづく坂のしたで待っていた樹は、自転車に乗った誠が姿をあらわすと、急いで口を開いた。

「夕べは……」

 すまざった、とつづけようとしたとき、猛スピードで坂道をくだってきた誠は、その勢いのまま通りへ出て、あっという間に走り去ってしまった。
 荷緒(になお)川の橋をひとり越えてゆく誠を、樹は呆然と見送る。

 根が優しい性質(たち)の誠は、めったなことでは腹を立てない。その分、いったん怒りだすと、簡単には気が収まらないところがある。

 今しがたの誠のふるまいは、「謝罪は受け付けん!」という、断固たる意思の表れだ。

 誠の性格を熟知している樹は、深いため息をひとつつくと、誠を追って走りだす。

(しばらくそっとしちょいたら、気が済むろう……)

 そんな考えが甘かったことに、樹はすぐに気づくことになる。

 その日の夕刻、部活帰りに耕太郎の家の前へくると、誠はさりげない口調で言った。

「俺、ちぃと千代子姉ちゃんに話があるけん、寄っていくわ」

 樹の返事も待たず、誠は行ってしまった。

 次の日も、また次の日も、誠は同じことを繰り返した。
 それと並行するように、練習方法に工夫を加えていった。
 
 一年部員には、打ち合う代わりに手で投げたボールを打たせることにした。
 最初は打ちやすいように、なるべく近い距離から、ワンバウンドしたボールが上手くフォアハンドのラケットに当たる方向へ投げてやる。
 慣れてきたら、段々と距離をあけて、投げるスピードも速くしていく。
 それとは逆に、手で投げたボールも上手く打てない者には、野球のノックの要領で、自分でボールを足元に落とし、バウンドしたところを打たせてみる。
 それぞれが自分のレベルに合った練習ができるよう、練習内容をいくつかの段階に分けて、クリアした者は次の段階に進めることにした。

 そうやって、日々、新しいことを試しているうちに、徐々にではあるが、西方中テニス部としての練習ができあがっていった。
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登場人物紹介

明神樹(みょうじんたつき)


主人公。高知県西部の小さな集落にある荷緒小学校出身。おおらかで寛大な性格。共感力が高く、他者との境界線が曖昧なところがある。大人びて見られがちだが、実際は奥手で浮世離れした子供っぽい一面を持つ。

樋口誠(ひぐちまこと)


樹の親友。繊細で面倒見が良く、常に周りに気を配るタイプ。一見温厚そうだが、根は負けん気の強い情熱家。

水田幸弥(みずたゆきや)


南野中軟式庭球部員。小柄だが優秀な選手。幼少期の辛い体験によって、他人に上手く心を開くことができずにいる。その一方で、いったん心を許した相手はどこまでも信頼する素直な一面を持つ。

木戸佑介(きどゆうすけ)


樹の仲間。穏やかで誠実な平和主義者。気弱な性格のため、思うように実力を発揮できずにいる。

安岡堅悟(やすおかけんご)


樹の仲間。体格に恵まれており、仲間うちでは武闘派を自任している。デリカシーがなく、気の短いところもあるが、仲間思いで情に厚い。

間崎耕太郎(まさきこうたろう)


樹の仲間。天真爛漫なムードメーカー。小柄でフットワークが軽く、直感で行動するタイプ。堅悟とは凸凹コンビ。

間崎千代子(まさきちよこ)


耕太郎の姉。しっかり者で姉御肌な情報通。弟たちから頼りにされている。

土居要蔵(どいようぞう)


元西方ジャガーズの捕手。小学校時代に荷緒小チームに敗れたことで、樹をライバル視するようになる。

岡林文枝 (おかばやしふみえ)


西方中女子軟式テニス部の部長。問題意識が強く、まじめな努力家。目立つことと、粗暴な男子が苦手。

山形強(やまがたつよし)


通称〈がた爺〉。西方中軟式テニス部顧問。体罰も辞さないスパルタ教師。テニスの知識も経験も皆無だが、教え子には常に目を光らせている。

沖広義(おきひろよし)


西方中テニス部員。誠のペア。元はバレー部に所属していたが、芽が出ずテニス部に移った。義理堅くまっすぐな性格。

山中淳一(やまなかじゅんいち)


西方中軟式テニス部員。樹の先輩であり頼れるペア。スマートな言動とは裏腹な激情家。

大﨑正則(おおさきまさのり)


南野中軟式庭球部員。幸弥の先輩でありペア。幸弥にとっては部内で唯一心を許せる存在。小心者で不器用だが愛情深く、信念を貫くタイプ。

徳弘大河(とくひろたいが)


南野中軟式庭球部員。大﨑の引退後、幸弥とペアを組む。こだわりが強く、マイペース。万事において納得いくまで追求するタイプ。他人の気持ちを察するのは苦手だが、裏表のない真っ正直な性格。

杉本香(すぎもとかおる)


西方中の不良少女。戯れに樹を誘惑する。

金四郎(きんしろう)


山に捨てられていたのを、誠に拾われた。賢く、忠義心にあふれた日本犬系の雑種。

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