第74話 厄介者

文字数 1,164文字

 最後に樹に電話をもらってから、もうひと月近く()つ。
 それまでは毎週のように電話してきたのに、あれっきり音沙汰なしだ。
 
(勝手に電話切ってしもうたき、怒っちゅうろうか?)

 樹の母親が文句を言うのが聞こえて、とっさに受話器を置いてしまった。
 いま思えば、なにも焦る必要などなかったのだ。
 気軽に家へ遊びに行けるような友人のいない幸弥は、〈よその家の親〉という得体の知れない存在に対して、つい、過剰に気を(つか)ってしまう。

 気に病んでいるところへ電話が鳴った。
 大慌てで受話器を取った幸弥の耳に、樹の弾むような声が飛びこんでくる。

「なんや、えらい早うに出てくれたがやにゃあ」

「別に…たまたま近くにおっただけちや」

「そうながか? ほんでも、なんだか嬉しゅうなるで」

 なんのてらいもなくそう言える樹が、幸弥には不思議でならない。

「こないだぁ、いきなり切られたけんにゃあ。あんまりちょくちょく電話するがもいかんろうか思うて、ちぃと我慢しちょったがよ」

「あんときは……お前のおふくろさんが何か言うちょったき……」

 幸弥はしどろもどろで弁解する。

「それで気ぃ遣うたがか? そりゃあすまざったにゃあ。おふくろには、いらん口出すなち、よう言うちょくけん」

「やめぇや! そんなこと言うたら、俺ぁ二度とお前んくに電話できんなるき」

 受話器の向こうで、樹があきれたように笑う。

「話は変わるけんど、冬季大会のとき、俺ん()の一年らぁ引き連れて、お前の試合を見に行ったがで。お前の新しいペア、えらい賑やかしいヤツやったにゃあ……」

 樹にそう言われたとたん、相方の小生意気な顔がちらついて、幸弥は思わず舌打ちしそうになる。

 引退した大﨑に代わり、新たに幸弥とペアを組むことになった徳弘(とくひろ)は、俊敏で勘もよく、前衛としては決して悪い選手ではない。

 しかし、性格は最悪だった。

 少しでも納得のいかないことがあると、たとえ試合中であろうとも、対戦中のペア、審判、パートナーである幸弥に至るまで相手かまわず、声高に訴えずにはいられないのだ。

 徳弘が一年のときにペアを組んだ部員は、半年も経たないうちに、徳弘に対して激しい拒絶反応を示すようになっていた。
「金輪際、あいつの顔らぁ見とうない!」と言い残し、結局、部活を辞めてしまった。

「あいつぁ、ほんまにとんでもないヤツながぞ。あんながとペア組むくらいやったら、代わりに案山子(かかし)でも立たしちょって、ぜんぶ俺ひとりでやった方がよっぽどマシちや」

 徳弘がどれほどの厄介者であるかを、幸弥は怒りにまかせてぶちまける。

「こだわりが強いヤツながかにゃあ……」

 幸弥の話を黙って聞いていた樹は、やがてぽつりとつぶやいた。

「頭ごなしに否定せんと、とにかくそいつの話を聞いてやったらどうな? 言いたいこと全部言わしちゃったら、満足するかもしれんで」






ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

明神樹(みょうじんたつき)


主人公。高知県西部の小さな集落にある荷緒小学校出身。おおらかで寛大な性格。共感力が高く、他者との境界線が曖昧なところがある。大人びて見られがちだが、実際は奥手で浮世離れした子供っぽい一面を持つ。

樋口誠(ひぐちまこと)


樹の親友。繊細で面倒見が良く、常に周りに気を配るタイプ。一見温厚そうだが、根は負けん気の強い情熱家。

水田幸弥(みずたゆきや)


南野中軟式庭球部員。小柄だが優秀な選手。幼少期の辛い体験によって、他人に上手く心を開くことができずにいる。その一方で、いったん心を許した相手はどこまでも信頼する素直な一面を持つ。

木戸佑介(きどゆうすけ)


樹の仲間。穏やかで誠実な平和主義者。気弱な性格のため、思うように実力を発揮できずにいる。

安岡堅悟(やすおかけんご)


樹の仲間。体格に恵まれており、仲間うちでは武闘派を自任している。デリカシーがなく、気の短いところもあるが、仲間思いで情に厚い。

間崎耕太郎(まさきこうたろう)


樹の仲間。天真爛漫なムードメーカー。小柄でフットワークが軽く、直感で行動するタイプ。堅悟とは凸凹コンビ。

間崎千代子(まさきちよこ)


耕太郎の姉。しっかり者で姉御肌な情報通。弟たちから頼りにされている。

土居要蔵(どいようぞう)


元西方ジャガーズの捕手。小学校時代に荷緒小チームに敗れたことで、樹をライバル視するようになる。

岡林文枝 (おかばやしふみえ)


西方中女子軟式テニス部の部長。問題意識が強く、まじめな努力家。目立つことと、粗暴な男子が苦手。

山形強(やまがたつよし)


通称〈がた爺〉。西方中軟式テニス部顧問。体罰も辞さないスパルタ教師。テニスの知識も経験も皆無だが、教え子には常に目を光らせている。

沖広義(おきひろよし)


西方中テニス部員。誠のペア。元はバレー部に所属していたが、芽が出ずテニス部に移った。義理堅くまっすぐな性格。

山中淳一(やまなかじゅんいち)


西方中軟式テニス部員。樹の先輩であり頼れるペア。スマートな言動とは裏腹な激情家。

大﨑正則(おおさきまさのり)


南野中軟式庭球部員。幸弥の先輩でありペア。幸弥にとっては部内で唯一心を許せる存在。小心者で不器用だが愛情深く、信念を貫くタイプ。

徳弘大河(とくひろたいが)


南野中軟式庭球部員。大﨑の引退後、幸弥とペアを組む。こだわりが強く、マイペース。万事において納得いくまで追求するタイプ。他人の気持ちを察するのは苦手だが、裏表のない真っ正直な性格。

杉本香(すぎもとかおる)


西方中の不良少女。戯れに樹を誘惑する。

金四郎(きんしろう)


山に捨てられていたのを、誠に拾われた。賢く、忠義心にあふれた日本犬系の雑種。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み