第125話 友達

文字数 1,260文字

「それに、俺は高校では部活やらん。バイトするき、暇がない」

 たたみかけるように、幸弥は言い放つ。

「部活やりながらでもバイトはできるろう?」

「大手門は勉強もキツいき、両立はできん」

 樹が納得していない様子なので、幸弥は少しだけ事情を打ち明けた。

「俺は高校を卒業したら県外へ出る。そのために金がいるがや」

「どこへ行くが?」

「それは、まだ決めちょらん。どこじゃちえいがやけんど、なるべく遠くへ行きたいなぁ」

 ところどころ重なり合う欅の葉が、日光を浴びて緑の濃淡を作っている。
 その隙間からのぞく、どこまでも青い空を見上げながら、幸弥はぽつりとつぶやく。

「ここは、嫌いちや……」

「そう言うたち、家族も友達もおらんところらぁ、寂しいろう?」

「友達らぁ、おらん!」

 吐き捨てるように言うと、幸弥は目を伏せた。
 蟻が列をなして、ごみ箱に捨てられた菓子パンの欠片(かけら)を運んでいる。

「俺がおるろう」

 強い口調に驚いて顔を上げると、樹がじっと幸弥を見つめている。
 怒っているようにも、悲しんでいるようにも見える。
 けれど、その眼差しは温かい。
 吸い寄せられるように、幸弥も樹を見つめ返す。

 一陣の風が吹き、欅の影が波のように揺れた。
 ふと、樹はこの欅の木で、自分のために影を作ってくれているのではないかという幻想に襲われた。
 名刺に書かれた文字を思い出す。
 大きく、力強く、自分を包み込んでくれる。
 樹は、確かに、「樹」なのだ。

 突然、樹の目に荒々しい何かが浮かぶ。
 幸弥は反射的にベンチから立ち上がった。

「どうしたが?」

 心配そうに幸弥を見上げた樹の目からは、今し方感じた、得体の知れない熱情は消えていた。

「ちくとのどが渇いたき、飲み物買()うてくる」

 動揺を悟られないように、幸弥は笑顔を作る。

「ほいたら、俺が()うてきちゃお。コーラでえいか?」

 いつもの樹だった。
 幸弥は安堵しながらも、あれはいったい何だったのだろうと考えていた。


 樹が思いもよらないことを言い出したせいで、幸弥は「木曜の男」の文庫本を見せる機会を失ってしまった。

(ほんでも、樹が市内に来るがやったら、またチャンスはあるき)

 樹が硬式テニスへ転向するのは面白くないけれど、高知市へ来ること自体は嬉しかった。
 同じ高校に通えないことを樹は残念がっていたが、幸弥にとってはむしろその方がいい。
 人付き合いが苦手で、周囲から孤立する自分の姿を、樹にだけは見られたくないのだ。

 翌日、部活に行くと徳弘が駆け寄ってきた。
「お前、昨日青少年センターでテニスやっちょったろう? 一緒におったヤツ、もしかして西方(にしがた)中の明神(みょうじん)と違うが?」

 よりによって嫌なヤツに見られたと思いながら「だったらなんなが?」と素っ気なく答える。

 そのとたん、徳弘の目が小さな子どものように輝いた。

「やっぱりそうか! あいつ、かっこえいなぁ。強いし、上背(タッパ)はあるし。お前、あいつと仲えいが?」

 思いがけない徳弘の言葉に、誇らしい想いが込み上げてくる。

「俺の友達(つれ)や」

 徳弘の羨望の眼差しを浴びながら、幸弥は胸を張って答えた。
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登場人物紹介

明神樹(みょうじんたつき)


主人公。高知県西部の小さな集落にある荷緒小学校出身。おおらかで寛大な性格。共感力が高く、他者との境界線が曖昧なところがある。大人びて見られがちだが、実際は奥手で浮世離れした子供っぽい一面を持つ。

樋口誠(ひぐちまこと)


樹の親友。繊細で面倒見が良く、常に周りに気を配るタイプ。一見温厚そうだが、根は負けん気の強い情熱家。

水田幸弥(みずたゆきや)


南野中軟式庭球部員。小柄だが優秀な選手。幼少期の辛い体験によって、他人に上手く心を開くことができずにいる。その一方で、いったん心を許した相手はどこまでも信頼する素直な一面を持つ。

木戸佑介(きどゆうすけ)


樹の仲間。穏やかで誠実な平和主義者。気弱な性格のため、思うように実力を発揮できずにいる。

安岡堅悟(やすおかけんご)


樹の仲間。体格に恵まれており、仲間うちでは武闘派を自任している。デリカシーがなく、気の短いところもあるが、仲間思いで情に厚い。

間崎耕太郎(まさきこうたろう)


樹の仲間。天真爛漫なムードメーカー。小柄でフットワークが軽く、直感で行動するタイプ。堅悟とは凸凹コンビ。

間崎千代子(まさきちよこ)


耕太郎の姉。しっかり者で姉御肌な情報通。弟たちから頼りにされている。

土居要蔵(どいようぞう)


元西方ジャガーズの捕手。小学校時代に荷緒小チームに敗れたことで、樹をライバル視するようになる。

岡林文枝 (おかばやしふみえ)


西方中女子軟式テニス部の部長。問題意識が強く、まじめな努力家。目立つことと、粗暴な男子が苦手。

山形強(やまがたつよし)


通称〈がた爺〉。西方中軟式テニス部顧問。体罰も辞さないスパルタ教師。テニスの知識も経験も皆無だが、教え子には常に目を光らせている。

沖広義(おきひろよし)


西方中テニス部員。誠のペア。元はバレー部に所属していたが、芽が出ずテニス部に移った。義理堅くまっすぐな性格。

山中淳一(やまなかじゅんいち)


西方中軟式テニス部員。樹の先輩であり頼れるペア。スマートな言動とは裏腹な激情家。

大﨑正則(おおさきまさのり)


南野中軟式庭球部員。幸弥の先輩でありペア。幸弥にとっては部内で唯一心を許せる存在。小心者で不器用だが愛情深く、信念を貫くタイプ。

徳弘大河(とくひろたいが)


南野中軟式庭球部員。大﨑の引退後、幸弥とペアを組む。こだわりが強く、マイペース。万事において納得いくまで追求するタイプ。他人の気持ちを察するのは苦手だが、裏表のない真っ正直な性格。

杉本香(すぎもとかおる)


西方中の不良少女。戯れに樹を誘惑する。

金四郎(きんしろう)


山に捨てられていたのを、誠に拾われた。賢く、忠義心にあふれた日本犬系の雑種。

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