第13話 本物のテニス

文字数 847文字

 桜野運動公園には、すでに大勢の選手たちが集まっていた。

 西方球場を思い起こさせる、試合前の張りつめた空気のなかで、(たつき)はテニスコートの正面入口に貼りだされたトーナメント表を見た。
 初戦の相手は南野(みなみの)中で、前衛は大﨑、後衛は水田という選手だった。

 水田は樹と同じ一年だが、小学生かと思うほど小柄だった。細い銀縁の眼鏡ごしに辺りをうかがう様子は、どことなく陰気な雰囲気があり、スポーツ少年という印象ではない。
 それでも、試合開始前に互いに向き合って挨拶すると、怖気づくことなく樹の目をじっと見返してくる。土居が見せたような剥き出しの敵意はないが、その目には、確かに闘志があった。
 
 ラケットのフレームを下にして地面に立てたまま回し、サービスかサイドかを決めるトスをする。相手側がサービスを取った。

 コートに対角線をなして立ってみると、水田はさらに小さく見えた。

 足元にボールを何度かついたあと、サービストスを上げる。
 次の瞬間、水田の体がいきなり大きくなった。
 樹は思わず目を見張る。
 身動きひとつできないうちに、ボールは樹の左脇を抜けていった。

 サービスエースを決めた水田は、嬉しそうなそぶりも見せず、淡々とレフトサービスコートに移り、次のレシーバーである山中に向かい合う。

(さっきのあれ、何や? あいつ、いったい何をしょったがか……)

 ネットを挟んで真正面にいる水田を、樹は全身を目にして視た。

 水田はさっきと同じようにボールを足元でつくと、トスを高く上げた。
 膝を曲げてかがみこみ、反動をつけて跳ねるように伸びあがる。
 ラケットがまっすぐに伸ばした手と一直線になり、まるで体の一部のように見えた。

 水田のゆったりとした動きが、ここから一変する。まるでビデオの早送りのように、ラケットを振り下ろし、ボールを山中の左斜め前に叩きつけた。
 山中がバックハンドで打ち返すが、ボールはネットに引っかかった。

 水田のサービスは、樹がこれまで見てきたものと明らかに違った。
 これが、本物のテニスなのだろうか?


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登場人物紹介

明神樹(みょうじんたつき)


主人公。高知県西部の小さな集落にある荷緒小学校出身。おおらかで寛大な性格。共感力が高く、他者との境界線が曖昧なところがある。大人びて見られがちだが、実際は奥手で浮世離れした子供っぽい一面を持つ。

樋口誠(ひぐちまこと)


樹の親友。繊細で面倒見が良く、常に周りに気を配るタイプ。一見温厚そうだが、根は負けん気の強い情熱家。

水田幸弥(みずたゆきや)


南野中軟式庭球部員。小柄だが優秀な選手。幼少期の辛い体験によって、他人に上手く心を開くことができずにいる。その一方で、いったん心を許した相手はどこまでも信頼する素直な一面を持つ。

木戸佑介(きどゆうすけ)


樹の仲間。穏やかで誠実な平和主義者。気弱な性格のため、思うように実力を発揮できずにいる。

安岡堅悟(やすおかけんご)


樹の仲間。体格に恵まれており、仲間うちでは武闘派を自任している。デリカシーがなく、気の短いところもあるが、仲間思いで情に厚い。

間崎耕太郎(まさきこうたろう)


樹の仲間。天真爛漫なムードメーカー。小柄でフットワークが軽く、直感で行動するタイプ。堅悟とは凸凹コンビ。

間崎千代子(まさきちよこ)


耕太郎の姉。しっかり者で姉御肌な情報通。弟たちから頼りにされている。

土居要蔵(どいようぞう)


元西方ジャガーズの捕手。小学校時代に荷緒小チームに敗れたことで、樹をライバル視するようになる。

岡林文枝 (おかばやしふみえ)


西方中女子軟式テニス部の部長。問題意識が強く、まじめな努力家。目立つことと、粗暴な男子が苦手。

山形強(やまがたつよし)


通称〈がた爺〉。西方中軟式テニス部顧問。体罰も辞さないスパルタ教師。テニスの知識も経験も皆無だが、教え子には常に目を光らせている。

沖広義(おきひろよし)


西方中テニス部員。誠のペア。元はバレー部に所属していたが、芽が出ずテニス部に移った。義理堅くまっすぐな性格。

山中淳一(やまなかじゅんいち)


西方中軟式テニス部員。樹の先輩であり頼れるペア。スマートな言動とは裏腹な激情家。

大﨑正則(おおさきまさのり)


南野中軟式庭球部員。幸弥の先輩でありペア。幸弥にとっては部内で唯一心を許せる存在。小心者で不器用だが愛情深く、信念を貫くタイプ。

徳弘大河(とくひろたいが)


南野中軟式庭球部員。大﨑の引退後、幸弥とペアを組む。こだわりが強く、マイペース。万事において納得いくまで追求するタイプ。他人の気持ちを察するのは苦手だが、裏表のない真っ正直な性格。

杉本香(すぎもとかおる)


西方中の不良少女。戯れに樹を誘惑する。

金四郎(きんしろう)


山に捨てられていたのを、誠に拾われた。賢く、忠義心にあふれた日本犬系の雑種。

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