第88話 伝令
文字数 1,235文字
今年最後となる練習を終えた樹たちは、背後から威勢のいい声をかけられた。
振り返ると、女子テニス部、副部長の高橋が、何やら意味ありげな笑みを浮かべて立っている。
「びっと、木戸くん借りてもえい?」
誰にともなく断りを入れると、困惑する佑介の腕をつかんで、コート裏の倉庫へと引きずっていく。
「ありゃ、一体なんな?」
皆が首をかしげていると、ほどなくして、解放された佑介が戻ってきた。
「樹にだけ、ちっと話があるがやけんど……」
佑介が小声でささやくのを、堅悟が聞きとがめる。
「樹だけち、なんならぁ? 俺らぁ〈荷緒五人衆〉ながぞ」
「そう言うたち、『ほかのヤツらぁには内緒や』ち、言われちょうけん……」
困り果てる佑介に、誠が助け舟を出す。
「ほんなら、俺らぁこっちで関係ない話しよるけん、お前らぁふたりで話しちゃり」
誠はくるりと背を向け、周囲に聞こえるよう、声を張った。
「明日からは部活も休みやけんにゃあ。何しょうか?」
誠の意図を察した堅悟と耕太郎も、口々に適当なことをしゃべりだす。
「正月が来るがやけんにゃあ、餅ついたり年賀状書いたり……」
「そうそう。やるこたぁこじゃんちあるでぇ」
三人とも、耳だけはしっかりこちらに向けている。
「わざとらしいまねしよって……」
顔をしかめつつ、佑介は話を切り出した。
「実はにゃ、高橋さんが、樹のことを好きながやと。『返事を聞いてきてくれ』言うて、向こうで待ちようがや」
佑介の指さす方向には、数人の女子をお供のごとく従えて、こちらをうかがっている高橋の姿があった。
「返事ち、何の返事な?」
「俺もようわからんけんど……『付き合うてくれるかどうか、確かめて来い』ちゅうことやないろうか?」
「いきなりそんなこと言われたち、高橋のことらぁ、俺はよう知らんがで。ろくに話したこともないがやけん」
「つまり、『ノー』っちゅうことながか?」
いつの間にかそばへ来ていた堅悟が、横から口を挟む。
樹はうなずいた。
高橋に伝えに行こうとする佑介を、堅悟は押しとどめる。
「まぁ落ち着け。手ぶらで戻りよったら、お前の株が下がるやいか」
ふふんと鼻を鳴らし、堅悟は恩着せがましく言い放った。
「仲間のピンチを捨ててはおけんでにゃあ。俺が代わりに付き合うちゃお!」
「お前、こないだ掃除さぼっちょったら、高橋にえらい
「ほんまぞ。『あいつぁヒステリーブスや!』言うちょったくせに」
誠と耕太郎の突っ込みも意に介さず、堅悟はぬけぬけと言ってのけた。
「ブスを差別するがはいかんろう? 俺ぁ樹と違うて、博愛主義者やけんにゃあ」
佑介はしぶしぶ堅悟の伝言を伝えに行った。
次の瞬間、敵を威嚇する猫のような叫び声が辺りにこだまする。
「あいつらぁ、『安岡らぁいらんわえ!』ち言うて、えらい剣幕ぞ。俺ぁ関係ないに、とんだとばっちりちや」