第37話 そばかす

文字数 1,009文字

 コートを挟んで幸弥の正面にいる、西方中のふたりの選手が手を叩いて(はや)し立てた。
 やけに目を引くふたり組だった。片方はえらく体格がよくて、もう片方は小さい。
 次の瞬間、そばにいた教師が、たてつづけにふたりを平手で打った。

「明神!」

 教師が明神を呼びつけ、頬を打つ。
 まるで自分が打たれたかのように、幸弥はギュッと目をつぶった。

 サービスコートへ戻ろうと振り返った明神が、幸弥の視線に気づく。

(こんなの、明神のテニスやない! あいつらと同じ土俵にあがったらいかん!)

 明神の目を見つめながら、幸弥は必死で訴えた。

 幸弥の目をじっと見返していた明神は、やがてゆっくりとうなずいた。

 サービスラインに立ち、足元でボールを数回ついたあと、明神は大きく息を吸った。
 高くトスをあげ、力強く打ちおろす。
 ボールは鮮やかな軌道を描いて相手コートに飛びこむ。
 すっかり萎縮したレシーバーは、ラケットを出すこともできなかった。

 明神は幸弥を見た。
 その目は誇らしげで、口元は微かに笑っていた。

 全員が試合を終えた南野中は、簡単なミーティングをしたあと、解散となった。
 明神は準決勝に残っていた。
 祈るような気持ちで、幸弥は試合の行われているコートへと走った。

 しかし、そこではすでに決勝戦が始まっていた。
 コートの反対側で明神が線審をしているのが見えた。

(明神、敗けてしもうたがか……)

 がっくりと肩を落とす幸弥に、突然、冷ややかな怒気を含んだ声が投げつけられた。

「お前、何しに来たが?」

 驚いて顔をあげると、そばかすだらけの、赤い髪をした男子生徒が立っていた。

「ここはお前らぁの来るとこやない。とっとと()ねや」

(何ならぁ、こいつは? 会うたこともないヤツに、なんで、こんなこと言われんといかんがや?)

 幸弥は注意深く相手を観察する。
 背は幸弥より高いけれど、やせぎすで弱そうだ。
 こんなヤツに負けるものか!
 口を一文字に結び、キッと相手を睨みつけた。

「おう誠、そこで何しようがや?」
 
 背後からの声に振り返る。
 そこにいたのは、西方中の顧問に平手打ちをくらったふたり組のひとりだった。それも、よりによって大男の方だ。呑気そうに笑いながら近づいてくる。

 あいだに挟まれる形になった幸弥は、恐怖を感じた。
 気づいたときには、逃げるように駆け出していた。

 強くなりたい——

 口惜しさと、惨めさとをかみしめながら、幸弥は心の内で叫びつづけた。
 
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登場人物紹介

明神樹(みょうじんたつき)


主人公。高知県西部の小さな集落にある荷緒小学校出身。おおらかで寛大な性格。共感力が高く、他者との境界線が曖昧なところがある。大人びて見られがちだが、実際は奥手で浮世離れした子供っぽい一面を持つ。

樋口誠(ひぐちまこと)


樹の親友。繊細で面倒見が良く、常に周りに気を配るタイプ。一見温厚そうだが、根は負けん気の強い情熱家。

水田幸弥(みずたゆきや)


南野中軟式庭球部員。小柄だが優秀な選手。幼少期の辛い体験によって、他人に上手く心を開くことができずにいる。その一方で、いったん心を許した相手はどこまでも信頼する素直な一面を持つ。

木戸佑介(きどゆうすけ)


樹の仲間。穏やかで誠実な平和主義者。気弱な性格のため、思うように実力を発揮できずにいる。

安岡堅悟(やすおかけんご)


樹の仲間。体格に恵まれており、仲間うちでは武闘派を自任している。デリカシーがなく、気の短いところもあるが、仲間思いで情に厚い。

間崎耕太郎(まさきこうたろう)


樹の仲間。天真爛漫なムードメーカー。小柄でフットワークが軽く、直感で行動するタイプ。堅悟とは凸凹コンビ。

間崎千代子(まさきちよこ)


耕太郎の姉。しっかり者で姉御肌な情報通。弟たちから頼りにされている。

土居要蔵(どいようぞう)


元西方ジャガーズの捕手。小学校時代に荷緒小チームに敗れたことで、樹をライバル視するようになる。

岡林文枝 (おかばやしふみえ)


西方中女子軟式テニス部の部長。問題意識が強く、まじめな努力家。目立つことと、粗暴な男子が苦手。

山形強(やまがたつよし)


通称〈がた爺〉。西方中軟式テニス部顧問。体罰も辞さないスパルタ教師。テニスの知識も経験も皆無だが、教え子には常に目を光らせている。

沖広義(おきひろよし)


西方中テニス部員。誠のペア。元はバレー部に所属していたが、芽が出ずテニス部に移った。義理堅くまっすぐな性格。

山中淳一(やまなかじゅんいち)


西方中軟式テニス部員。樹の先輩であり頼れるペア。スマートな言動とは裏腹な激情家。

大﨑正則(おおさきまさのり)


南野中軟式庭球部員。幸弥の先輩でありペア。幸弥にとっては部内で唯一心を許せる存在。小心者で不器用だが愛情深く、信念を貫くタイプ。

徳弘大河(とくひろたいが)


南野中軟式庭球部員。大﨑の引退後、幸弥とペアを組む。こだわりが強く、マイペース。万事において納得いくまで追求するタイプ。他人の気持ちを察するのは苦手だが、裏表のない真っ正直な性格。

杉本香(すぎもとかおる)


西方中の不良少女。戯れに樹を誘惑する。

金四郎(きんしろう)


山に捨てられていたのを、誠に拾われた。賢く、忠義心にあふれた日本犬系の雑種。

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