第119話 地区大会

文字数 948文字

 幡多地区の春季大会は、一条市の市営テニスコートで行われた。
 個人戦のみで、西方(にしがた)中からは樹・佑介ペアと、新二年生の4ペアが参加する。

 幡多地域の全中学から集結したテニス部員でごった返してはいるけれども、先日の県大会と比べれば、格段に規模は小さい。

(今日は、幸弥と鉢合わせする心配はないがやにゃあ……)

 人々の群れを眺めながら、そんなことを考えている自分に幻滅する。

 幸弥もまた、今ごろは地元の会場で試合に挑んでいるのだろう。
 白々(しらじら)しいとは思いつつも、樹は幸弥の健闘を祈った。

 樹たちの初戦の相手は一条中の三年生ペアだった。
 トスの結果、第1ゲームは相手がサービスをとった。
 一条中の後衛は、割合に小柄な選手だ。繰り出すサービスは、スピードも威力も、堅悟のサービスに遠く及ばない。
 まずはロビングで様子をみようと考えていたところへ、突風がきた。
 ここのコートは川に近いこともあって、風が強い。
 軟式の軽いボールは、風の抵抗を受けやすい。向かい風ではボールが押し戻されて、飛距離が極端に短くなってしまう。
 風上にいた樹は慌てて前へ出るが、失速したボールはたちまち落下し、転がっていった。

 風に翻弄され、ポイントを取れないまま、第2ゲームとなった。
 チェンジサイトをして、今度は風下に立つ。
 激しく吹きつけていた風が、樹がサービスを打った瞬間に止んでしまった。
 意識して強めに打った球が、サービスラインを越えていく。
 第2サービスを、レシーバーはストレート方向に打ち返した。
 ネットぎわで待ち構えていた佑介が見事なボレーを決め、初のポイントを得た。

「ナイスボレー!」

 樹が背中を叩くと、佑介は照れたような笑みを浮かべる。

「堅悟の剛速球に、散々鍛えられたけんにゃあ。なんや、ボールが怖くなくなってきたがよ」

 堅悟のボールが佑介を直撃したときの騒動を、樹は思い出す。
 岡林が自分を案じてくれたことは、佑介にとって、大きな喜びだったろう。
 それはきっと、自信につながったに違いない。
 その陰で、誠がひとり悲しみをこらえていたことを、樹のほかには誰も知らないのだ。
 様々な感情が湧きおこるのを、すべて呑みこんで、樹はベースラインに戻る。

(今はただ、試合のことだけ考えりゃあえいが……)

 そう自分に言い聞かせた。
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登場人物紹介

明神樹(みょうじんたつき)


主人公。高知県西部の小さな集落にある荷緒小学校出身。おおらかで寛大な性格。共感力が高く、他者との境界線が曖昧なところがある。大人びて見られがちだが、実際は奥手で浮世離れした子供っぽい一面を持つ。

樋口誠(ひぐちまこと)


樹の親友。繊細で面倒見が良く、常に周りに気を配るタイプ。一見温厚そうだが、根は負けん気の強い情熱家。

水田幸弥(みずたゆきや)


南野中軟式庭球部員。小柄だが優秀な選手。幼少期の辛い体験によって、他人に上手く心を開くことができずにいる。その一方で、いったん心を許した相手はどこまでも信頼する素直な一面を持つ。

木戸佑介(きどゆうすけ)


樹の仲間。穏やかで誠実な平和主義者。気弱な性格のため、思うように実力を発揮できずにいる。

安岡堅悟(やすおかけんご)


樹の仲間。体格に恵まれており、仲間うちでは武闘派を自任している。デリカシーがなく、気の短いところもあるが、仲間思いで情に厚い。

間崎耕太郎(まさきこうたろう)


樹の仲間。天真爛漫なムードメーカー。小柄でフットワークが軽く、直感で行動するタイプ。堅悟とは凸凹コンビ。

間崎千代子(まさきちよこ)


耕太郎の姉。しっかり者で姉御肌な情報通。弟たちから頼りにされている。

土居要蔵(どいようぞう)


元西方ジャガーズの捕手。小学校時代に荷緒小チームに敗れたことで、樹をライバル視するようになる。

岡林文枝 (おかばやしふみえ)


西方中女子軟式テニス部の部長。問題意識が強く、まじめな努力家。目立つことと、粗暴な男子が苦手。

山形強(やまがたつよし)


通称〈がた爺〉。西方中軟式テニス部顧問。体罰も辞さないスパルタ教師。テニスの知識も経験も皆無だが、教え子には常に目を光らせている。

沖広義(おきひろよし)


西方中テニス部員。誠のペア。元はバレー部に所属していたが、芽が出ずテニス部に移った。義理堅くまっすぐな性格。

山中淳一(やまなかじゅんいち)


西方中軟式テニス部員。樹の先輩であり頼れるペア。スマートな言動とは裏腹な激情家。

大﨑正則(おおさきまさのり)


南野中軟式庭球部員。幸弥の先輩でありペア。幸弥にとっては部内で唯一心を許せる存在。小心者で不器用だが愛情深く、信念を貫くタイプ。

徳弘大河(とくひろたいが)


南野中軟式庭球部員。大﨑の引退後、幸弥とペアを組む。こだわりが強く、マイペース。万事において納得いくまで追求するタイプ。他人の気持ちを察するのは苦手だが、裏表のない真っ正直な性格。

杉本香(すぎもとかおる)


西方中の不良少女。戯れに樹を誘惑する。

金四郎(きんしろう)


山に捨てられていたのを、誠に拾われた。賢く、忠義心にあふれた日本犬系の雑種。

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