第32話 木刀

文字数 925文字

 決闘の日、樹が集合場所である校舎裏に行くと、浜田を除く代表たちはすでに集まっていた。松原小の代表として土居がいた。すでに臨戦態勢らしい面構えで、樹を凝視してくる。浜田には気を付けるようにと忠告してやりたかったが、とても話しかけられる雰囲気ではなかった。

 だいぶ遅れてやって来た浜田を見て、樹たちは息を呑んだ。

 周囲を悠然と見渡しながら、片手で持った木刀を肩に乗せ、もう片方の手はぶかぶかのズボンのポケットに突っ込み、肩を揺らして、大股でゆっくり歩いてくる。整髪料で固めたリーゼントには、青々と剃りこみが入っている。つぶれた鼻が、心持ち曲がっているせいで、顔全体がゆがんで見えた。にやにや笑う口からのぞく歯は、前歯の部分が欠けている。笑っているのは口元だけで、目は少しも笑っていない。瞳の上半分が、腫れぼったいまぶたに隠れて、血走った白目ばかりが目についた。背はとても低い。耕太郎や水田よりも低い気がする。胴回りが二回りも大きそうな学ランを着ているせいでわかりにくいが、体つきも貧弱そうだ。

 にもかかわらず、異様な雰囲気と、全身から発する尋常でない威圧感とが、皆を萎縮させた。
 八名の代表たちは、ほとんど無意識のうちに、互いに肩を寄せ合った。

 浜田は、まるで意に介さぬ様子で近づいてくる。浜田の進路をふさぐ形になった者は、慌てて飛び退いた。やがて集団の中心まで来ると、浜田はおもむろに立ち止まり、自分を取り巻く連中を、ひとりずつ、相手が耐えきれなくなって目を逸らすまで、じっとりと睨みつけた。

 静まり返った空気のなか、そこかしこで、ごくりと唾を呑む音がする。

「わしと一戦交える覚悟のあるヤツぁ、おるがか?」

 見下したような笑みを浮かべつつ、浜田が訊いた。
 前歯の欠けたところから息が漏れて、しわがれた声はひどく不明瞭だ。

 もしこれがテレビドラマの一場面だったら、腹を抱えて笑ったことだろう。
 浜田の容姿も、言動も、それくらい滑稽だった。

 しかし、誰ひとりとして笑う者はいない。皆、一様に黙りこくっていた。

「ほいたら、わしらぁ入江小の(もん)がここの頂点(てっぺん)ちや。あとはお前らぁで戦って決めちゃり」

 浜田は満足げに言い捨てると、その場にどっかりと腰を下ろした。

 
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登場人物紹介

明神樹(みょうじんたつき)


主人公。高知県西部の小さな集落にある荷緒小学校出身。おおらかで寛大な性格。共感力が高く、他者との境界線が曖昧なところがある。大人びて見られがちだが、実際は奥手で浮世離れした子供っぽい一面を持つ。

樋口誠(ひぐちまこと)


樹の親友。繊細で面倒見が良く、常に周りに気を配るタイプ。一見温厚そうだが、根は負けん気の強い情熱家。

水田幸弥(みずたゆきや)


南野中軟式庭球部員。小柄だが優秀な選手。幼少期の辛い体験によって、他人に上手く心を開くことができずにいる。その一方で、いったん心を許した相手はどこまでも信頼する素直な一面を持つ。

木戸佑介(きどゆうすけ)


樹の仲間。穏やかで誠実な平和主義者。気弱な性格のため、思うように実力を発揮できずにいる。

安岡堅悟(やすおかけんご)


樹の仲間。体格に恵まれており、仲間うちでは武闘派を自任している。デリカシーがなく、気の短いところもあるが、仲間思いで情に厚い。

間崎耕太郎(まさきこうたろう)


樹の仲間。天真爛漫なムードメーカー。小柄でフットワークが軽く、直感で行動するタイプ。堅悟とは凸凹コンビ。

間崎千代子(まさきちよこ)


耕太郎の姉。しっかり者で姉御肌な情報通。弟たちから頼りにされている。

土居要蔵(どいようぞう)


元西方ジャガーズの捕手。小学校時代に荷緒小チームに敗れたことで、樹をライバル視するようになる。

岡林文枝 (おかばやしふみえ)


西方中女子軟式テニス部の部長。問題意識が強く、まじめな努力家。目立つことと、粗暴な男子が苦手。

山形強(やまがたつよし)


通称〈がた爺〉。西方中軟式テニス部顧問。体罰も辞さないスパルタ教師。テニスの知識も経験も皆無だが、教え子には常に目を光らせている。

沖広義(おきひろよし)


西方中テニス部員。誠のペア。元はバレー部に所属していたが、芽が出ずテニス部に移った。義理堅くまっすぐな性格。

山中淳一(やまなかじゅんいち)


西方中軟式テニス部員。樹の先輩であり頼れるペア。スマートな言動とは裏腹な激情家。

大﨑正則(おおさきまさのり)


南野中軟式庭球部員。幸弥の先輩でありペア。幸弥にとっては部内で唯一心を許せる存在。小心者で不器用だが愛情深く、信念を貫くタイプ。

徳弘大河(とくひろたいが)


南野中軟式庭球部員。大﨑の引退後、幸弥とペアを組む。こだわりが強く、マイペース。万事において納得いくまで追求するタイプ。他人の気持ちを察するのは苦手だが、裏表のない真っ正直な性格。

杉本香(すぎもとかおる)


西方中の不良少女。戯れに樹を誘惑する。

金四郎(きんしろう)


山に捨てられていたのを、誠に拾われた。賢く、忠義心にあふれた日本犬系の雑種。

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