第104話 高知市内の高校

文字数 1,351文字

 高知市内には驚くほどたくさんの高校があったが、硬式テニス部があるのはほとんどが私立で、県立は普通科がふたつと、商業と工業だった。

「私立にやるほどの金は無いぞね!」

 母の(あき)子はそう主張したが、父の(たもつ)の意向で私立校もすべて見て回ることにした。とは言え、校内には入れないので外から様子をのぞくだけなのだが。
 春休み中なので授業はないけれど、校庭では運動部が部活に励んでおり、校内からも合唱や演奏の音が漏れ聞こえてくる。
 登下校中の生徒たちの制服姿も、樹の目には新鮮に映る。
 保は近くを通りかかる人に、それとなく学校の評判を聞いてみたりしていた。

 まだ半分ほどしか見ていなかったが、腹もすいてきたので、学校巡りは一時中断して、祖父母宅へと向かう。

 祖父母は首を長くして待ちわびていた。

「樹はまた一段と太うなったねや」

 さも嬉しそうに、祖父の(すすむ)が樹の肩を叩く。

「お昼がこしらえてあるき、早う食べなさいや。ぼやぼやしちょったら、あの人らぁが全部食べてしまいゆうき」

 祖母の(まさ)子が指さした先には、伯父の(ただし)夫婦と息子の敏郎がいた。
 ちゃぶ台の上には、皿鉢(さわち)料理の大皿とともに、ステーキかと思うほどぶ厚く切られたカツオの刺身が、大量の薬味を添えてある。
 すでにいい調子らしい正が、ビールのつがれたグラスを高々とあげる。

「よう来たねや! 早う座って、一杯やりや。樹もいけるろう?」

「冗談じゃないき。この子はこれから高校の見学に行くがに、酒らぁ呑ませてどうするぞね!」

 昭子が噛みつくと、正は「おおの、やかましい。相変わらずのはちきんちや」と首をすくめる。

「ほいたら、保はかまんろう?」

「この人は運転手ちや」

「樹には俺の自転車貸しちゃお。通学の予行練習にもなるで」

 正と昭子の会話を聞いていた敏郎が、横から助け舟を出した。

「今夜は泊まっていくろう? 六畳に布団が敷いてあるき」

「南向きの日当たりのえい部屋じゃき、樹の部屋にしたらえいで」

 昌子も進も、樹が高知の高校へ通うものと決めてかかっているようだった。

(うしお)を家に残してきちゅうき、泊まれやせんぞね」

 昭子がつっけんどんに答える。

「それに、樹はまだこっちの高校に通うち、決めたわけやないき」

「なんで潮もつれてこんかったぞね? 久しぶりに会えたがやき、ゆっくりして行ったらえいに」

「部活が休めんがやと。どうせ球拾いしかやらせてもらえんがに、毎日毎日、律義に通いゆう」

 昭子のあけすけな物言いに、樹は嫌な気持ちになったが、ほかの者たちは別段気に留めた風もなかった。

「潮もこっちの大学に来るつもりながか?」

「俺ぁそうしてほしい思うちょうがやけんどにゃあ、あいつぁ、どうもその気がないらしいがで……」

 正の問いかけに、保は残念そうに答える。

「ほんで、樹はどこが本命ながや?」

 進に訊かれて、樹は少し答えに詰まった。

「まだ決めちゃあせんがで……まぁ、県立がえいとは思うちょうがやけんど……」

「ほいたら、西城か東条かねや。ほかに商業と工業もあるけんど、普通のとこがえいがやろう?」

「東条はまだできてから間がないき、西城がえいがやないか?」

「新しいがが設備もきれいでえいやいか」

 皆が好き勝手に言い合うのを、樹は他人事のように聞きながら、めったに口にすることのないご馳走を頬張っていた。
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登場人物紹介

明神樹(みょうじんたつき)


主人公。高知県西部の小さな集落にある荷緒小学校出身。おおらかで寛大な性格。共感力が高く、他者との境界線が曖昧なところがある。大人びて見られがちだが、実際は奥手で浮世離れした子供っぽい一面を持つ。

樋口誠(ひぐちまこと)


樹の親友。繊細で面倒見が良く、常に周りに気を配るタイプ。一見温厚そうだが、根は負けん気の強い情熱家。

水田幸弥(みずたゆきや)


南野中軟式庭球部員。小柄だが優秀な選手。幼少期の辛い体験によって、他人に上手く心を開くことができずにいる。その一方で、いったん心を許した相手はどこまでも信頼する素直な一面を持つ。

木戸佑介(きどゆうすけ)


樹の仲間。穏やかで誠実な平和主義者。気弱な性格のため、思うように実力を発揮できずにいる。

安岡堅悟(やすおかけんご)


樹の仲間。体格に恵まれており、仲間うちでは武闘派を自任している。デリカシーがなく、気の短いところもあるが、仲間思いで情に厚い。

間崎耕太郎(まさきこうたろう)


樹の仲間。天真爛漫なムードメーカー。小柄でフットワークが軽く、直感で行動するタイプ。堅悟とは凸凹コンビ。

間崎千代子(まさきちよこ)


耕太郎の姉。しっかり者で姉御肌な情報通。弟たちから頼りにされている。

土居要蔵(どいようぞう)


元西方ジャガーズの捕手。小学校時代に荷緒小チームに敗れたことで、樹をライバル視するようになる。

岡林文枝 (おかばやしふみえ)


西方中女子軟式テニス部の部長。問題意識が強く、まじめな努力家。目立つことと、粗暴な男子が苦手。

山形強(やまがたつよし)


通称〈がた爺〉。西方中軟式テニス部顧問。体罰も辞さないスパルタ教師。テニスの知識も経験も皆無だが、教え子には常に目を光らせている。

沖広義(おきひろよし)


西方中テニス部員。誠のペア。元はバレー部に所属していたが、芽が出ずテニス部に移った。義理堅くまっすぐな性格。

山中淳一(やまなかじゅんいち)


西方中軟式テニス部員。樹の先輩であり頼れるペア。スマートな言動とは裏腹な激情家。

大﨑正則(おおさきまさのり)


南野中軟式庭球部員。幸弥の先輩でありペア。幸弥にとっては部内で唯一心を許せる存在。小心者で不器用だが愛情深く、信念を貫くタイプ。

徳弘大河(とくひろたいが)


南野中軟式庭球部員。大﨑の引退後、幸弥とペアを組む。こだわりが強く、マイペース。万事において納得いくまで追求するタイプ。他人の気持ちを察するのは苦手だが、裏表のない真っ正直な性格。

杉本香(すぎもとかおる)


西方中の不良少女。戯れに樹を誘惑する。

金四郎(きんしろう)


山に捨てられていたのを、誠に拾われた。賢く、忠義心にあふれた日本犬系の雑種。

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