第163話 本当の理由

文字数 1,084文字

「ほんまのこと言うたらにゃあ。俺じゃち、わからんがや。何故(なし)、俺ぁ、こんなまねしちょうがやろう? 野球部のヤツらぁほったらかして、お前をこんな()へ連れ出して……俺ぁ、いったい、何がしたいがや?」

 土居のぎょろりとした目には、困惑の色が浮かんでいた。

「お前のことを、好きながか、嫌いながかさえ、俺にはもう、ようわからんなってしもうたがで……」

 土居の姿が、ふいに、誠と重なる。それはやがて佑介になり、岡林になった。
 たまらない気持ちになって、樹は吐き出すように言った。

「お前は(ひと)っちゃあ悪うない! なんもかんも、俺のせいちや。いつじゃち、俺ぁ、大事な人間を傷つけてしまうがや」

 その瞬間、激しい怒りの炎が土居の目に灯る。

「なんならぁ、その言い草は? ひとを馬鹿(わや)にするがも大概(たいがい)にせぇや!」

 土居のこぶしがいきなり樹の頬を打つ。
 痛みを感じるより先に、口内に血の味が広がった。

「お前はいつじゃち、そうちや! ちぃとも本音を言わん。えいかっこばぁしよって、のらりくらりと逃げよる」

 土居は全身で不快感を表すと、樹に背を向けた。
 そのままどんどん歩いていく。
 樹は後を追うことも、呼び止めることもしなかった。

 突然、土居の足がぴたりと止まる。
 振り返った顔には、先刻までの憤怒はかけらもなく、驚きと微かな喜びとが入り混じっている。

「なんもかんも、いま、わかった」

 一語一語を噛みしめるように、土居はゆっくりと言った。

「俺ぁ、お前が嫌いながやない……歯がゆいがや」

 土居はふたたび樹に向かってきた。
 顔がぶつかりそうなほどに近づく。
 大きく見開いた目に、今にも吸いこまれてしまいそうだ。

「もしも、お前が野球部に入っちょったらにゃあ……あの日、桜野運動公園で、キャッチャーとしてグランドに立っちょったがは、俺でも、山下でもないがぞ! 中学最後の大会で、チームを任すことができるヤツ……それは、明神(みょうじん)、お前ちや」

 土居の声は次第に熱を帯び、辺りの空気を揺らす。

「それながに、テニス部らぁ入りよって、お前はあほんだらちや!」

 怒りとも、憐れみともつかない表情で、土居は樹を見据える。

「テニスがやりとうて入ったがやったら、俺ぁなんちゃあ言わん。やけんど、お前は、ほんまは野球がやりたかったがやろう? そうやなかったら、義理もないがに、わざわざ試合を見にきよったりせんはずちや! なぁし、自分の気持ちを(つらぬ)かざったが……なぁし、諦めてしもうたがか!」

 松林の奥から聞こえてくる波音に混じって、土居の声が耳の奥でこだまする。
 早春の日差しを浴びて、静かにたたずむ西方球場に、樹はそっと目をやった。


 
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登場人物紹介

明神樹(みょうじんたつき)


主人公。高知県西部の小さな集落にある荷緒小学校出身。おおらかで寛大な性格。共感力が高く、他者との境界線が曖昧なところがある。大人びて見られがちだが、実際は奥手で浮世離れした子供っぽい一面を持つ。

樋口誠(ひぐちまこと)


樹の親友。繊細で面倒見が良く、常に周りに気を配るタイプ。一見温厚そうだが、根は負けん気の強い情熱家。

水田幸弥(みずたゆきや)


南野中軟式庭球部員。小柄だが優秀な選手。幼少期の辛い体験によって、他人に上手く心を開くことができずにいる。その一方で、いったん心を許した相手はどこまでも信頼する素直な一面を持つ。

木戸佑介(きどゆうすけ)


樹の仲間。穏やかで誠実な平和主義者。気弱な性格のため、思うように実力を発揮できずにいる。

安岡堅悟(やすおかけんご)


樹の仲間。体格に恵まれており、仲間うちでは武闘派を自任している。デリカシーがなく、気の短いところもあるが、仲間思いで情に厚い。

間崎耕太郎(まさきこうたろう)


樹の仲間。天真爛漫なムードメーカー。小柄でフットワークが軽く、直感で行動するタイプ。堅悟とは凸凹コンビ。

間崎千代子(まさきちよこ)


耕太郎の姉。しっかり者で姉御肌な情報通。弟たちから頼りにされている。

土居要蔵(どいようぞう)


元西方ジャガーズの捕手。小学校時代に荷緒小チームに敗れたことで、樹をライバル視するようになる。

岡林文枝 (おかばやしふみえ)


西方中女子軟式テニス部の部長。問題意識が強く、まじめな努力家。目立つことと、粗暴な男子が苦手。

山形強(やまがたつよし)


通称〈がた爺〉。西方中軟式テニス部顧問。体罰も辞さないスパルタ教師。テニスの知識も経験も皆無だが、教え子には常に目を光らせている。

沖広義(おきひろよし)


西方中テニス部員。誠のペア。元はバレー部に所属していたが、芽が出ずテニス部に移った。義理堅くまっすぐな性格。

山中淳一(やまなかじゅんいち)


西方中軟式テニス部員。樹の先輩であり頼れるペア。スマートな言動とは裏腹な激情家。

大﨑正則(おおさきまさのり)


南野中軟式庭球部員。幸弥の先輩でありペア。幸弥にとっては部内で唯一心を許せる存在。小心者で不器用だが愛情深く、信念を貫くタイプ。

徳弘大河(とくひろたいが)


南野中軟式庭球部員。大﨑の引退後、幸弥とペアを組む。こだわりが強く、マイペース。万事において納得いくまで追求するタイプ。他人の気持ちを察するのは苦手だが、裏表のない真っ正直な性格。

杉本香(すぎもとかおる)


西方中の不良少女。戯れに樹を誘惑する。

金四郎(きんしろう)


山に捨てられていたのを、誠に拾われた。賢く、忠義心にあふれた日本犬系の雑種。

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