第58話 部長

文字数 1,057文字

 学活が長引いたせいで集合時間に遅れた樹が部室に入ると、ホワイトボードの前に人だかりができていた。

「…何故(なし)、俺なが?」

 佑介が呆然とつぶやく。

 その隣では、誠が、今まで見せたことのない表情で、ホワイトボードに書かれた文字に見入っている。

 今日の部活は男女ともに、新しい部長と副部長を決めるミーティングのはずだった。
 部室にがた爺の姿はなく、代わりにホワイトボードに伝言が残されていた。


 新部長 男子 樋口誠、 副部長 木戸佑介

 新部長 女子 岡林文枝

 女子の副部長は部員同士で相談の上、決定したら職員室まで報告に来ること。


 樹に気づいた佑介が駆け寄ってくる。
 佑介の頭ごしに、こちらを振り向いた誠と目が合った。

(おめでとう。俺ぁずっと、お前が適任やち思うちょったが……)

 笑いかけると、誠の白い顔が微かに紅潮する。

(案外、がた爺も、俺らぁのことちゃんと見ちょうがやにゃあ……)

 樹の気持ちを知る(よし)もない佑介は、すがりつくようにして訴えた。

「にゃあ、これぁ、誰がどう考えたち、おかしいろう? 何故(なし)、お前を差し置いて、俺らぁが……」

 ひと息にそこまで言うと、ふいにことばを切った。
 金魚鉢に閉じ込められた魚のように、佑介の目があちこちへ泳ぐ。

「俺が…副部長にされちょうがや……」

 聞き取れないほどの小声で、佑介がつぶやいたとき、それをかき消すように、よく通る声が室内にこだました。

「がた爺も、ふざけたまねしよるにゃあ。俺らぁには、話し合いで決めろ言うちょったくせに」

 誠がホワイトボードを叩く。

 男女合わせて三十名弱の部員が、いっせいに誠を注視する。

「お前らぁ、異論があるがやったら、この場で言いや。俺ががた爺に直談判(じかだんぱん)しちゃるけん」

 誠はゆっくりと周囲を見渡す。

「別に、これでえいがやなぁい?」

 耕太郎の呑気な声が静寂を破った。

「話し合いらぁ面倒やけんにゃあ。俺ぁ自分やなかったら、誰がやったちかまんでぇ」

「俺も賛成ちや」

 それほど声を張った覚えはないのに、周囲の目が樹に集まる。
 樹はひとりひとりに語りかけるように、ゆっくりと言った。

「ひとの上に立つがは、誰にでもできることやない。『こいつについて行きたい』ち、思わせてくれるがは、人の気持ちを()めるヤツやないろうか? やけん、俺は、誠がふさわしいと思う」

 しぃんと張りつめた空気が、小さな部屋に満ちる。
 一年生が、遠慮がちに手を叩いた。
 ひとり、ふたりと加わり、徐々に大きくなった拍手が室内にあふれる。
 誠はすっと下を向いた。
 握りしめたこぶしが小さく震えていた。



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登場人物紹介

明神樹(みょうじんたつき)


主人公。高知県西部の小さな集落にある荷緒小学校出身。おおらかで寛大な性格。共感力が高く、他者との境界線が曖昧なところがある。大人びて見られがちだが、実際は奥手で浮世離れした子供っぽい一面を持つ。

樋口誠(ひぐちまこと)


樹の親友。繊細で面倒見が良く、常に周りに気を配るタイプ。一見温厚そうだが、根は負けん気の強い情熱家。

水田幸弥(みずたゆきや)


南野中軟式庭球部員。小柄だが優秀な選手。幼少期の辛い体験によって、他人に上手く心を開くことができずにいる。その一方で、いったん心を許した相手はどこまでも信頼する素直な一面を持つ。

木戸佑介(きどゆうすけ)


樹の仲間。穏やかで誠実な平和主義者。気弱な性格のため、思うように実力を発揮できずにいる。

安岡堅悟(やすおかけんご)


樹の仲間。体格に恵まれており、仲間うちでは武闘派を自任している。デリカシーがなく、気の短いところもあるが、仲間思いで情に厚い。

間崎耕太郎(まさきこうたろう)


樹の仲間。天真爛漫なムードメーカー。小柄でフットワークが軽く、直感で行動するタイプ。堅悟とは凸凹コンビ。

間崎千代子(まさきちよこ)


耕太郎の姉。しっかり者で姉御肌な情報通。弟たちから頼りにされている。

土居要蔵(どいようぞう)


元西方ジャガーズの捕手。小学校時代に荷緒小チームに敗れたことで、樹をライバル視するようになる。

岡林文枝 (おかばやしふみえ)


西方中女子軟式テニス部の部長。問題意識が強く、まじめな努力家。目立つことと、粗暴な男子が苦手。

山形強(やまがたつよし)


通称〈がた爺〉。西方中軟式テニス部顧問。体罰も辞さないスパルタ教師。テニスの知識も経験も皆無だが、教え子には常に目を光らせている。

沖広義(おきひろよし)


西方中テニス部員。誠のペア。元はバレー部に所属していたが、芽が出ずテニス部に移った。義理堅くまっすぐな性格。

山中淳一(やまなかじゅんいち)


西方中軟式テニス部員。樹の先輩であり頼れるペア。スマートな言動とは裏腹な激情家。

大﨑正則(おおさきまさのり)


南野中軟式庭球部員。幸弥の先輩でありペア。幸弥にとっては部内で唯一心を許せる存在。小心者で不器用だが愛情深く、信念を貫くタイプ。

徳弘大河(とくひろたいが)


南野中軟式庭球部員。大﨑の引退後、幸弥とペアを組む。こだわりが強く、マイペース。万事において納得いくまで追求するタイプ。他人の気持ちを察するのは苦手だが、裏表のない真っ正直な性格。

杉本香(すぎもとかおる)


西方中の不良少女。戯れに樹を誘惑する。

金四郎(きんしろう)


山に捨てられていたのを、誠に拾われた。賢く、忠義心にあふれた日本犬系の雑種。

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