第170話 ハプニング

文字数 1,426文字

「なんな、俺らぁを連れてきたがは予行練習ちうことながか?」

「相変わらず、準備だけは周到ちや」

 軽口をたたき合ううちに、注文の順番が回ってきた。

「お前の送別会ながやけん、好きなモン頼みや」

 堅悟が太っ腹なことを言ってくれるので、樹はありがたく従った。
 
「ほいたら、チーズバーガーと……」

 すぐさま、店長とおぼしき男性が注文を復唱する。

「はい。チーズバーガーひとつ。二百万円」

「はぁ⁈」

 樹は焦ってカウンターに置かれたメニューを確認するが、チーズバーガーの文字の横には200という数字しか書いていない。
 これは……わざと省略しているのか? 新手のぼったくり? 次々と疑問が浮かび、頭のなかをぐるぐると駆けめぐる。
 そのとたん、こらえきれずに噴きだすような笑い声が聞こえた。
 顔をあげると、堅悟がにやにやしながら樹を眺めている。

「樹なら真に受けるろう思うちょったでぇ。これはにゃ、マスターお得意のアメリカンジョークちや」

「どのへんがアメリカンながや……」

 誠があきれ顔で笑う。
 樹はもう何が何やらわけがわからず、唖然(あぜん)とするばかりだった。

 堅悟の言った通り、そのハンバーガーは他所の店で売っているのとはまったく別物だった。
 軽くトーストされたパンはふんわりとしていながらサクサクで、香ばしく焼かれた分厚いハンバーグはいかにも肉を食っているという感じがする。
 ジョークはよくわからないけれど、ハンバーガーは紛れもなく本場アメリカの味に違いない。
 すでに限界まで腹をすかせていた樹たちは、うまいうまいと夢中でむさぼり食った。

 ひと心地ついたとき、派手な身なりの若い男がテーブルのわきを通った。
 その男のかけた、色の濃いスクエア型のサングラスを見た耕太郎は、何の気なしにつぶやく。

「部屋ンなかであんな色メガネかけちょって、ちゃんと見えるがやろうか……」

 その瞬間、男はぴたりと立ち止まった。やけにゆっくり振り返ると、顎をあげ、見下ろすように角度をつけて睨みつけてくる。
 反射的に立ち上がろうとする堅悟を、樹はとっさに押しとどめた。
 代わりに誠が、相手を刺激しないよう腰をかがめてそっと立ち、深々と頭を下げる。

「気ぃ悪うさせてしもうてスイマセン。俺らぁ田舎モンですけん、こういう場に慣れちょらんがです」

「田舎モンち、どっから来たが?」

 見下すような姿勢のまま、男は尋ねた。
 素早く頭を回転させた誠は、あえて荷緒(になお)とは言わず、「西方(にしがた)です」と答える。

「西方⁈ たまぁるか!」

 男はいきなり頓狂な声をあげた。

「西方からここまで、どうやって来たならぁ?」

「自転車です」

「自転車⁈ チャリでここまで来たがか? あきれたヤツらぁちや!」

 男は笑いながらサングラスを外す。
 泣く子も黙る西方中の元番長、浜田を思わせる剃りこみの入ったリーゼントには不似合いな、いかにも人の好さそうな目をしていた。

「西方からはるばる来たとあっちゃあ手ぶらで帰すわけにはいかんにゃあ。この店の名物、(おご)っちゃお! マスター、こいつらぁに例のアレやっちゃってくれや」

「はい。例のアレ、六百三十万円。サンキューベリーマッチ」

 軽快な節をつけて店長が応える。
 呆気に取られてこのやり取りを見守っていた樹たちは、支払いをすませた男が店を出るころになって、ようやく我に返った。

「ありがとうございます!」

 皆でいっせいに頭を下げると、男は「気ぃつけて帰りや~」と笑顔で手を振りつつ、賑わう商店街のなかへ消えていった。
 
 
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登場人物紹介

明神樹(みょうじんたつき)


主人公。高知県西部の小さな集落にある荷緒小学校出身。おおらかで寛大な性格。共感力が高く、他者との境界線が曖昧なところがある。大人びて見られがちだが、実際は奥手で浮世離れした子供っぽい一面を持つ。

樋口誠(ひぐちまこと)


樹の親友。繊細で面倒見が良く、常に周りに気を配るタイプ。一見温厚そうだが、根は負けん気の強い情熱家。

水田幸弥(みずたゆきや)


南野中軟式庭球部員。小柄だが優秀な選手。幼少期の辛い体験によって、他人に上手く心を開くことができずにいる。その一方で、いったん心を許した相手はどこまでも信頼する素直な一面を持つ。

木戸佑介(きどゆうすけ)


樹の仲間。穏やかで誠実な平和主義者。気弱な性格のため、思うように実力を発揮できずにいる。

安岡堅悟(やすおかけんご)


樹の仲間。体格に恵まれており、仲間うちでは武闘派を自任している。デリカシーがなく、気の短いところもあるが、仲間思いで情に厚い。

間崎耕太郎(まさきこうたろう)


樹の仲間。天真爛漫なムードメーカー。小柄でフットワークが軽く、直感で行動するタイプ。堅悟とは凸凹コンビ。

間崎千代子(まさきちよこ)


耕太郎の姉。しっかり者で姉御肌な情報通。弟たちから頼りにされている。

土居要蔵(どいようぞう)


元西方ジャガーズの捕手。小学校時代に荷緒小チームに敗れたことで、樹をライバル視するようになる。

岡林文枝 (おかばやしふみえ)


西方中女子軟式テニス部の部長。問題意識が強く、まじめな努力家。目立つことと、粗暴な男子が苦手。

山形強(やまがたつよし)


通称〈がた爺〉。西方中軟式テニス部顧問。体罰も辞さないスパルタ教師。テニスの知識も経験も皆無だが、教え子には常に目を光らせている。

沖広義(おきひろよし)


西方中テニス部員。誠のペア。元はバレー部に所属していたが、芽が出ずテニス部に移った。義理堅くまっすぐな性格。

山中淳一(やまなかじゅんいち)


西方中軟式テニス部員。樹の先輩であり頼れるペア。スマートな言動とは裏腹な激情家。

大﨑正則(おおさきまさのり)


南野中軟式庭球部員。幸弥の先輩でありペア。幸弥にとっては部内で唯一心を許せる存在。小心者で不器用だが愛情深く、信念を貫くタイプ。

徳弘大河(とくひろたいが)


南野中軟式庭球部員。大﨑の引退後、幸弥とペアを組む。こだわりが強く、マイペース。万事において納得いくまで追求するタイプ。他人の気持ちを察するのは苦手だが、裏表のない真っ正直な性格。

杉本香(すぎもとかおる)


西方中の不良少女。戯れに樹を誘惑する。

金四郎(きんしろう)


山に捨てられていたのを、誠に拾われた。賢く、忠義心にあふれた日本犬系の雑種。

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