第64話・・・プロローグ・・・ テネアへ

文字数 1,415文字

「マクネの森は気候が変わりやすい。時に嵐になることがあるので注意しろ」
「分かったよ、父さん」「うむ」
 家の玄関を出てすぐ、小さく開けた野原で、ディーンは家族を見渡した。これから一人でテネアに向かう。それを見送る最愛の家族を目に焼き付けたかった。
 トラル父さん、ライラ母さん、ノエル兄さん、ジュン、そして、ミラ姉さん、皆、笑顔だった。
 16年の間、生まれ育った我が家を出るのは、寂しいがもう迷いはない。俺は騎士になるのだ。
「体にだけは気を付けなさい」
「テネアの奴らと仲良くやれよ」
「ディーン兄ィ、元気でね、絶対、手紙を頂戴ね」
 うん、と返事をする。
 そして、ミラの顔を見る。
「ディーン、頑張って」
 いつものように優しく微笑んでくれた。
 これからは俺一人で歩んでいかなければならない。でも、俺には故郷がある。家族のみんながいる。そう思うと力がみなぎるような気がした。
「じゃあ、行ってくる」
 ディーンは力強く一歩を踏み出した。

 アジェンスト帝国の首都アルフロルドでは、第七騎兵団長官マルホードが進撃開始の命令を下していた。 
 3万の軍勢が一気に動き出す。その最後尾にテプロが逞しい黒毛の馬に騎乗して行進していた。
「本当によいのですか、テプロ様。暫くは我らだけで進軍しても良かったのですぞ。後から追いついて頂ければ問題ありますまい。司令長官もお許しになられたのでは」
 副官のライトホーネが聞く。相変わらず飄々とした顔だ。
「エルシャのことか」
「はい。奥方様は、もう産み月にお入りになられたのではありませんか」
「良いのだ」
「それでは、あまりに奥方様に冷たいのでは」
「エルシャがそう言っているのだ」
 エッと、ライトホーネは驚く。
 ナルシア夫人の言ったとおり、エルシャは芯の強い女性だった。出産間近の妻を気遣い、お腹の中の子が、生まれるまで出征は待とうと言うと、
「子が生まれるのを敵は待ってはくれません。大丈夫です。貴方の御子は無事に産んでみせます」と気丈に話した。
 その姿が健気であり、頼もしくもあり、愛おしくて、素晴らしい女を娶ることが出来たものだ、とテプロは改めてエルシャに満足するのだった。
「いずれ我が子には会えよう。それまでに親として恥じぬよう、ローラル平原では手柄を立てねばなるまい」テプロがニヤッと笑う。
「承知しました。ピネリーの弱兵共に目にもの見せてくれましょうぞ」
 ライトホーネが鼻息を荒くする。
 まだ、遥かアデリーの峰々は見えないが、テプロの心は既に遠くにあった。
 
 また、その頃、ヨーヤムサン一味は、アデリー山脈を越え、ローラル平原を縦走、テネアを間近にしていた。
「アルジ、少し急ぐよ。ちゃんと着いてきな。みんなもいいかい」
 ターナが仲間達を叱咤しながら行進を続けている。そして、殿にエリン・ドールがいる。相変わらず人形のように無表情だ。
「もう少しでテネアに着くみたい。頑張って。アルジ」
 青い目の人形が語り掛けてくれた。
「うん」
「テネアに着いたら、マクネの森に入る」
 ヨーヤムサンの声が響き渡る。そこにアジトがあるのだという。
 これから会うであろう、ヨーヤムサンが見込んだ少年に会うのが楽しみであり、不安もある。
 でも、僕はこの旅でエリン・ドール達から男として認めてもらうのだ。アルジの胸は希望に満ちていた。

 三人の男達は、それぞれの思いを秘めてテネアを目指す。自分の信念を貫くために。
 
 双国の騎士 episode1 完
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