第52話 四傑の集合(1)

文字数 3,569文字

 ヨーヤムサンはアロウ平野のとある村にいた。
二月前、彼はローラル平原の手前で、悪霊の騎士の側近というべき男と遭遇していた。男は疑心の騎士オーベルと名乗った。
 側近は他に3人おり、彼らは四罪の騎士と呼ばれているという。
 オーベルとの遭遇は、ヨーヤムサンが仕組んだものだった。姿どころか居場所さえ掴めない悪霊の騎士を誘き出すため、わざとローラル平原に向かうという情報を流したのである。
 悪霊の騎士としても、自分の居場所の情報は喉から手が出るほど欲しいはずだと踏んでいた。警戒心が非常に強いヨーヤムサンの居場所を掴むのは、かなり困難である。長期間、同じ場所にいることはない。仮に居場所についての情報を掴んだとしても、その場所に着いた頃には、もはや、そこにはいない。
 今回もローラル平原から、とんぼ返りで再び、アデリー山脈を超え、アジェンスト帝国領に入っている。まさに神出鬼没だった。
 ヨーヤムサンは、各地に情報網を張り巡らせている。情報の仕入先は、各地を股に掛けて活動する商人からのものが多い。悪霊の騎士に関係するかもしれない情報を、商人のベラスから聞いたのは三ヶ月ほど前だった。そして今再び、ベラスから報告を受けている。
「殺されたというのか」
「はい。その通りでございます」
 ベラスは、少し丸顔で、人の良さそうな顔をした中年の男だった。商売柄、人当たりはよいが、荒っぽい仕事も請け負う、やり手の商売人だ。
「元々、王室に仕える使用人の男だったのです。怪しい身分の者ではないのですが、何故バレたのか、合点が行きません」
 ベラスは、その男に金子を与え、アジェンスト帝国内の情報を得ていた。今回、古城で現帝主催の宴があるという話を聞き、中での様子を後で教えるよう指示していた。
 しかし、中々、報告に現れない使用人が死んだということを知ったのは、宴のあった晩から3日後だった。エミール川に浮かんでいたという。
 ヨーヤムサンは悔しさを隠せなかった。
 やっと、あの忌まわしき男の姿が感じ取れた矢先だった。これまで、あの男はどんなに探っても一向に気配すら見せなかった。
 しかし、今回のことであの男が、アジェンスト帝国王室と関わりがあることは、ほぼ確実と思われた。
「ベラス、ご苦労だったな。使用人の男は気の毒だったが、お陰で手掛かりは掴めた」
「はい、今後は王室を重点的に探っていきます」
「うむ。ただ、気をつけよ。あの男の情報は、帝国でも、かなり限られた者しか知らない極秘事項のようだ」「心して参ります」
「それと帝国内でも、今回のことを探っている者がおります」
「誰だ」
「申し訳ありません。そこまでは分かりません。ただ、有力貴族の手の者に間違いありません。間者はかなりの手練のようです。我々を出汁に使って偽装工作をやられてしまいました」
 敵ながらあっぱれということなのか、ベラスは感心している。
「お前のことだ。心配はしておらぬが、身辺には気を付けろ」「心得ました」
「中々、尻尾を出さねえな。恐ろしく用心深いやつだぜ」
 オバスティが苦虫を噛んだような顔をする。その横には、エリン・ドールが人形のように済まして立っている。それぞれの腹心、ナランディとターナもいた。
 オバスティはピネリー王国領の拠点アモイから同行し、エリン・ドールに至っては、ずっとヨーヤムサンと行動を共にし、アデリー山脈を往復している。
 そして、隅っこに立っている少年が、エムバ族の王レンドの息子アルジである。次期王として見聞を広げるため、レンドのたっての願いで、ヨーヤムサンに同行していた。エムバを出てから既に二月ほど経つ。
 ヨーヤムサンの四傑の一人、エリン・ドールに預けられた少年は次第に逞しくなっていた。
 彼はエムバ族にしては小柄で、それが原因で自分に自信が持てず、仲間からも苛められていたのだが、旅に出てから背も高くなり始めていた。
 今日は四傑や限られた者しか参加しない極秘の会合に参加している。ヨーヤムサンが参加を促したのだ。
「どうだ、アルジ、敵国の中にいる感想は」
 珍しく冗談を交えた聞き方をする。アルジは少し考え込んでから、「悪くないです」と答えた。
「ほう、どうしてだ」
「敵の内部が分かります。民がどんな暮らしをしているのか。食べ物、家、エムバとは全てが違う」
 うむ、とヨーヤムサンは感心する。さすがはレンドの息子、次期エムバ族の王といったところだ。
 ローラル平原からアジェンスト帝国領に戻るとき、彼の故郷であるエムバを経由した。
 しかし、彼は故郷の町の中には決して入ろうとはしなかった。エムバを出るとき、ヨーヤムサンが、しばらく帰らぬ故郷の景色を良く目に焼き付けておくがいいと促したとき、アルジは、必ず帰ってくる、だから今は見なくてもいいと、覚悟を示していたものだ。
 父母に会いたいと思っているであろうが、1人前になるまでは会わないと、寂しさを堪え、キッと前を見据えている少年をヨーヤムサンは見守ることとした。 
 エムバでは、食糧や必需品の調達だけ済ませ、夜も野営で過ごした。また、父王レンドも息子と会おうとはしなかった。
「暫くしたら、再びアデリー山脈を越える。ローラル平原に向かうぞ」
「はい」生まれてからずっとエムバで暮らして来たアルジに取っては見るもの、全てが新鮮なのだろう。目が生き生きとしている。
 ヨーヤムサンがローラル平原で本格的に活動するのは久しぶりだった。これまでは、アロウ平野の各町々で強欲な商人達の荷馬車を沢山襲ってきた。また、討伐しようとするアジェンスト帝国守備軍を蹴散らし、返り討ちにしてきた。
 いつしか、ヨーヤムサンの名は、泣く子も黙る恐ろしい存在として帝国中に響き渡り、軍隊を前にしても怯まず襲いかかることから、兵達の間で恐れられる存在となった。
「お頭、今度はローラル平原でひと暴れするんですかい」「何でまた、ローラル平原なんですかい」「ピネリーの兵達は強いのかい」「構うこたぁねえぜ、やっちまいましょうぜ」
 ローラル平原に向かうと言った時、10人ほど集まっていた手下達はざわついたが、ヨーヤムサンがギロリと睨み付けると一斉に静まり返る。
 ヨーヤムサンには、直々の手下が100人いる。今、集まっている10人はその中でも、最初に手下になった、謂わば生え抜きの者達だ。
 普段は四傑の一人、マーハンドが従えていて、アジェンスト帝国内の、とある村にいる。喧嘩っ早く、遠謀深慮は苦手だが、ヨーヤムサンの為なら、いつでも命を捨てることさえ厭わない男達だ。
「テネアに用がある」
「へっ?テネアには手を出すなと、言ってたじゃありませんかい」
「今度は物奪いに行くんじゃねえ。俺が見込んだ、ある男を迎えに行く」
「へっ?男ですかい」
「オバスティ、説明してやれ」「はい」
 オバスティが子分達の前に立つ。長髪を後ろで結った華麗で整った顔立ちは、山賊というには程遠い容姿だ。
「みんな、お頭が山賊をしている理由を忘れたのか」「へっ、理由なんてありましたかい」
「世界中のお宝を手に入れるためですかい」
「この馬鹿共が。お前ら、この世の中に満足しているのか。ひでえ目に合ったんじゃねえのか」
 オバスティは女のように綺麗な容姿からは想像出来ないような乱暴な言葉を吐いた。子分達は自分達より若い、四傑の一人オバスティには一目置いているようで、誰も文句を言わない。
「チイス、お前は百姓をしていた時、年貢の取り立てに苦しめられただろう」「おうよ。年貢を払うために俺の妹は売りに出された。畜生め、忘れる訳ねえだろう。守備軍の奴ら、絶対に許さねえ」
「ハルン、お前は、信仰している神を否定された上に長い間、辛い仕事を無理やりやらされたんだろう」「そうだ。教会を縦に守備軍の奴らが突然来やがったんだ。異教徒は重罪の刑にするとかほざきやがって。俺達は何もしてねえんだぞ。それなのに、みんな捕まり、ひでえ所で働かされた。俺は5年も岩山で石切りをさせられたぜ」
「みんなもそうだろう。俺もそうだ。悪いのは一体、誰だ」「貴族や、王様だ」「威張り腐っている軍の奴らも許せねえぜ」
 子分達が一様に盛り上がる。
「そうだ。俺達は只の山賊じゃねえ。この理不尽な世の中を変えようとしてんだ。だから、俺達は百姓や普通に暮らしている民は襲わねえ。俺達が襲うのは、悪どい商売でボロ儲けしていやがる奴らや、民を苦しめている兵隊どもだ」
 そうだ、そうだ、という声が飛ぶ。
「だが、民を治めるには王がいる。それも民のことを一番に考えてくれる王だ。俺達は、そんな王を見つけ、手助けしてやるために戦っているんだ。そこいらの山賊と一緒にするんじゃねえ。だが、悪どい商売人や兵隊がいたら、情け容赦は要らねえ。ぶっ殺しちまえ」
 おう、と子分達の歓声が響き渡る。
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