第22話 マチスタの少女(1)

文字数 1,707文字

 トラルは息子二人を連れてマチスタに来ていた。2頭立ての馬が引く荷馬車を三台揃え、沢山の木を乗せている。
 久しぶりのマチスタの町は初夏を迎え賑わっている。市場に出ると肉野菜などの食料品のほか、嗜好品も多く出ていた。
 持ってきた木は直ぐに売れた。元々マチスタはエネリー山脈から運ばれて来る木を加工、流通させることで発展してきた町である。製材所があちらこちらにあり、熟練工が多く働いていた。
「へへ、相変わらず賑やかだぜ」
 オリブラでは経験出来ない人ごみに、ノエルは上機嫌だ。天気も良い。
「兄さん、あっちの市場を見てくるよ」
 ディーンも気持が高揚している。彼は各地から集まる珍しい品々を見るのが好きだった。
「ディーン、夕方には戻って来い」
 トラルが言った。彼らは今夜一泊して帰る予定だった。マチスタの町には、木の生産者や行商人などを相手にした宿がある。宿代も安価で気楽に泊れたが、荒くれ者達が多い。
 宿の近くにある酒場も、そういった者達の溜まり場だった。町に出てきて気が大きくなっている男達はちょっとしたことですぐに取っ組み合いの喧嘩を始める。
 そういう雰囲気がディーンは好きではなかったが、ノエルは気に入っているようだった。
「おやじ、酒をくれ」
 ノエルはすぐに酒を注文する。
「ノエル、あまり呑み過ぎるなよ」
 トラルが注意する。酒場はかなりにぎわっていた。
 まだ日が明るい。酒が入ったばかりの男達はまだ大人しかったが、酔いが回ってくると一触即発の雰囲気が立ち込めてくる。
 早速男達が言い争う声が聞こえてきた。こんな雰囲気の中で、よく父さんと兄さんは酒を酌み交わしているものだと、ディーンは落ち着かない。
 ディーン自身は酒を呑んだことはない。ノエルに勧められ呑んだことがあったが一口で止めた。こんな不味い物をどうして喜んで呑んでいるのだろうか、と思ったものだ。
 ガチャンと食器が割れる音がした。酒場にいた者達が一斉に振り返る。
 髭面の男達三人組と同じく三人組が向い合って、ののしり合っている。些細なきっかけに過ぎないが、ここではすぐに殴り合いの喧嘩になる。
「ヘヘ、はじまりやがったな」
 ノエルは楽しそうだ。ディーンは宿に戻りたい気分である。
「お持たせしました」
 注文していた山鳥の丸焼きを少女が運んできた。妹のジュンとあまり変わらない歳に見える。純真さを宿した屈託のない笑顔は場末の酒場に一輪の小さな花が咲いたようだった。
「ありがと」
 思わず声を掛けると、少女はペコっと頭を下げて去っていった。
「やっと来たぜ、もう腹ペコもいいところだぜ」
 早速ノエルがナイフを握りがっつく。ここの雰囲気は好きではなかったが、名物の山鳥の丸焼きは好きだった。熱々に焼かれた山鳥の肉をナイフで削ぎ落し、そのまま口に入れるのが、ここでの食べ方だ。
 息子たちの旺盛な食欲にトラルは満足そうな表情を浮かべ酒を飲む。
「おお、いい食いっぷりだな、ディーン。俺も負けていられねえ」とノエルは競う様に、山鳥の丸焼きに食らいついた。

 しばらくして3人は店を出た。
 マチスタの場末にあるちょっとした繁華街は、夜が暮れ始めると妖しい雰囲気を醸し出してくる。
 こんな小さい町のどこにこんなに人がいたのかと思うほど、男達が出歩いている。
 ほとんどが、家畜や木材を卸しに来ている体格のいい荒くれ者達だった。
 この雰囲気にノエルはわくわくしている様子だが、ディーンはあまり好きではない。
「そろそろ帰るぞ」
「オヤジ、久しぶりに来たんだからもう少しゆっくりしていってもいいだろう。ディーンにも社会勉強のために少し大人の町ってやつを見学させてやった方がいいぜ」
「ここは気の荒い奴らが多い。揉め事に巻き込まれるなよ」
「分かっているって。そういう時のためにこいつをぶら下げているんだろ」
 ノエルは腰に下げた剣の鞘を叩いた。
「ここにいる連中は荒事に手慣れている奴らだ。舐めると痛い目に遭うぞ」
「分かっているって」
「俺は早く帰りたいよ」
「俺の可愛い弟よ。そう言うな。少し付き合え」
「とにかく、早く帰ってこい」
 トラルは先に宿に戻った。ディーンは渋々ノエルに付き合わされることになった。
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