第49話 聖地から来た二人の少年と女山賊マーハンド(3)

文字数 3,023文字

 この少年達は、孤児ではあるが、いい育ての親に恵まれたとマーハンドは思う。この酒場に集う連中も同じような境遇の者が多い。生まれついての孤児のほか、実親がいるものの、暴力を振るわれたり、食事を与えられなかったりと、満足な愛情を得られないで育った連中ばかりだ。
 ここは癒やしを与える場でありたいと思って始めた酒場だ。まあ、中々思うようにはいかないが。
「ところで、あんた達は、最終的に何処に行こうとしているんだい」
「ああ、俺達は海を見たことがない。海に行ってみたいのさ。海ってアビル海よりでかいんだろう」とジミーが目を輝かせる。
「アビル海ってのは、聖地アルフレムにあるという、大きな湖のことかい」
「ああ、そうさ。見たことねえのか」「アルフレムは遠いよ。行ったことはないよ。行ってみたいと思ったことはあるけどね」
「そうか。海ってのは、水平線ってのが見えるらしいぜ。そこがこの世界の果てなんだとさ。だけど、どこまで行っても、その果ては離れていくばかりで辿り着けねえらしい」タブロが言う。
「私も海は見たことがないよ。だけど、海に行くなら、方角が違うんじゃないかい。海は南にあるはずだよ」
「ああ、それは分かっているさ。だけど、俺達はタルトスに行ってみたいのさ」ジミーが得意気に話す。
「タルトス?」「ピネリー王国の東にある港町だ。色々な船が沢山来て、賑わっているんだ」
「それこそ、反対方向じゃないのかい。ピネリー王国の港町だったら、東の端だろう。ここはアジェンスト帝国の西北の果てだよ」
「何だ、あんた、色々と詳しいな」「ああ、ここには、あんた達みたいに遠くから来る人間もいる。知らない地の話も聞けるのさ」
 タブロの疑問を軽く受け流す。
「海も見てぇけどよ。俺達はある男に会いてぇんだ。そのためにアジェンスト帝国をずっと旅してきたんだ」「ああ、その男はアデリー山脈を本拠地にして、アロウ平野とローラル平原を又に掛け暴れまくっているって聞いたのさ」
 二人の少年は、その男に会うために、アジェンスト帝国の町々で、二人を怪しむ守備軍といざこざを起こしながらも、何とか此処に辿り着いたのだという。
 二人が言う、その男にマーハンドは心当たりがあった。確かめてみる。
「その男の名前は何ていうんだい」
「ヨーヤムサンって名前の山賊さ」
 ジミーがその名を口にした途端、あれほど騒がしかった酒場が一気に静まり返った。
「あんた、知らねぇか。ここら辺の酒場に現れるんじゃないかと、踏んで来たんだけどよ」
 タブロが身を乗り出して聞く。
「ああ、勿論知っているよ。ヨーヤムサンといえば、帝国内では赤子でも知っている位、有名な山賊だからね。だけど残念ながら、私は会ったことはないね。それどころか、その一味にも会ったことはないよ。尤も、一味を騙る連中は山程いるけどね。本物には会ったことはないね」
「あー、本当かよ」タブロが頭を抱えた。「まじか、ここだったら、知っている奴が居そうだと、思ったんだけどさ」ジミーは、ハアーと溜息をつく。
「あんた達は、何故、ヨーヤムサンに会いたいんだい」
「俺達は自由でいたいのさ。誰にも束縛されたくはないのさ」ジミーの言葉にタブロがウンウンと頷く。
「ヨーヤムサンは、悪徳商人だけを襲うんだろ。真っ当な奴らや貧乏人からは物を盗ったりはしねえって聞いたさ」「それに気に要らないと、守備軍も襲うらしいじゃねえか。すげぇ奴だぜ」
「俺達も、ヨーヤムサンの様に、自由に生きたいのさ。だから、一回会ってみたいと思ってたんだ」
 なるほど、憧れの存在ということか。
「だけど、ヨーヤムサンに会ってどうするんだい」「何もする気はないさ」「ああ、会ってどんな男なのか、顔を見てみたいだけだぜ」
 てっきり、子分になりたいというのではないかと、マーハンドは思っていた。
「きっと、小便ちびりそうな位、凄え迫力なんだろうな」「ああ、俺もそうなりたいさ」
 この少年達は純粋に、己の信念を貫いているヨーヤムサンに畏敬の念を抱いているのだろう。嘘を付いているようには見えなかった。
「なあ、誰かヨーヤムサンに会ったことがある奴を知らねえか」
「どこに行きゃ会えるんだろうな」
「さあね。ヨーヤムサンは、神出鬼没で居場所は誰にも分からないって評判だ。難しいだろうね」
「そうか」「やっぱりな」
 少年達の落胆は大きかった。
「それとさ、四傑って呼ばれている凄え子分がいるらしいんだけど、そいつらにも会ってみたいぜ」「ああ、そいつらもとんでもなく強いんだろうな」
 噂の類だが、ヨーヤムサンについてはかなり、話を集めているようだった。
「まあ、長旅で疲れたろう。今夜は沢山、飲んで食べな」
「ああ、そうするか」「よーし。この店の子鹿肉を食べ尽くしてやるぜ」
 少年達は、再び、酒と料理を食べ始めた。他の客達もワイワイと賑やかさを取り戻している。
「食った、食ったぜ。さすがにもう食えねえぜ」「美味かったさ。こんなに美味い小鹿肉料理は初めて食べたさ」少年達は満足そうにお腹を抱え椅子にもたれかかっている。
 ワインもかなり飲んで二人共顔が真っ赤だ。その様子にマーハンドはフフと微笑む。
「ところで、あんた達、これから、アデリー山脈越えをするんだろう」「ああ、そのつもりさ」
「ヨーヤムサンは、アデリー山脈をねぐらにしているっていうからね、もしかしたら会えるかもしれないね」
「本当かよ」「そうなりゃ、いいけどさ」
「だけど、会えた方が良いのかどうかは分からないね」「どうしてだ」
「フフ、もし、ヨーヤムサンと会ったら、あんた達の命の保証は出来ないからさ」
 二人の少年の表情がグッと引き締まる。マーハンドの目は笑っていなかった。
「そうかもな。けれど、それくらいの覚悟は出来ているさ」「ああ、それなりの修羅場はくぐり抜けてきたつもりだぜ。地獄も見てきた」
「フフ、会えることを願っているよ」
「ありがとさ。今日は久しぶりに楽しかったさ」「ああ、本当だ。何故か、あんたからはマルザ婆さんと同じ匂いがしたぜ」
「そうかい、今日はゆっくり休みな」
 二人の少年は、金を払うと店を出ていった。少しすると、男が一人店に入ってくる。
「あの坊主どもは、アザンドの店に入りましたぜ。女と一緒に部屋にしけこみました」 
「そうかい」店の中にいた客が三人集まってくる。どれも脛に傷を持っていそうな容貌の男達だ。
「いいんですかい、あいつらをそのままにしておいても」「心配ないさ。あの子達に裏表はなさそうだ。だけど、そうだね、一応、お頭には伝えておくれ。丁度、オバスティとお嬢と一緒にこちらに向かっているはずだ。面白そうな二人組の坊やがそっちに向かっているとね」
「へい。ですが、あの小僧共と出くわしちまうんじゃないですかい」
「心配ないさ。あの人は慎重だ、上手く躱すよ」
 マーハンドは、ワインを一口呑む。口にするのは久しぶりだ。酒は殆ど呑まないが、今日は久しぶりに楽しい気分だった。夢と希望に溢れた若い子と話をするのは面白い。
 荒くれ者たちが集う居酒屋の女主人マーハンド。一見、何処にでもいそうな普通の40代の女性だが、本当の顔は、ヨーヤムサン一味の四傑の一人である。数百人もの手下を抱えており、この居酒屋や隣の娼館にいる者は全て息がかかっている。
「あの子達なら、お頭も気に入るかもしれないね。けれど、今は会わせる訳にはいかないよ。大事な時期だからね」マーハンドはもう一口ワインを口にした。
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