第31話 軋轢の騎兵団(3)

文字数 5,922文字

 これは面白いことになった。ダボーヌの奴め、上手くやりおった、と思惑通りになったことに将校たちは内心ほくそ笑んだ。
 ダボーヌの兵達は突撃部隊だけあって、武に優れた者たちが多く個々の力も強い。白兵戦形式だろうが個人戦形式だろうが問題ない。
「ならば、双方、代表を5人決めよ」
 サミエルの指示に、ダボーヌは部隊の中でも武に秀でた男達を5人選んだ。
 草原の中で少し窪んだ低い地形のところが立ち会いの場所となった。周りに多くの兵達が集まり、熱狂に包まれ、あたかも闘技場での見世物のような様相を呈している。テプロ軍の無様な姿を期待する歓声が飛び交う。
「では、一人目の者。前にでよ」
 サミエルの指示でダボーヌ軍の兵が一人、前に出る。槍を携えた屈強な体格を持つ30代ほどの男だった。
 歓声が一際高くなる。しかし、テプロ隊からは誰も立つ気配がない。その様子に周りから野次が飛ぶ。「どうした、どうした。戦う前から、もう恐れを成したのか」「情けない奴らめ。とっとと家に帰れ。母親に慰めて貰え。ウワハハ」
「どうした、テプロ小軍長。辞退してもよいのだぞ」  
 サミエルが促す。彼にしてみれば、何事もなく終わってくれた方が良い。しかし、テプロからの回答は信じられないものだった。
「折角、ダボーヌ殿の胸を借りるのです。辞退など勿体ないこと。我が兵たちもこの機会を逃すまいと気持ちを昂らせております。しかし、困ったことに、皆やる気満々で誰を選べば良いのか、迷っております。そこでどうでしょうか。誰を選んでも構いません。ダボーヌ殿の兵達に対戦相手を指名してもらうというのは」
 ダボーヌは一瞬きょとんとした表情をしたが、次第に怒りで顔が真っ赤になった。周りの観客たちも何かあったのかと、ざわついている。
「それはどういうことだ。デプロ殿。誰でも選んで良いとは我らを愚弄しておるのか」
「これはダボーヌ中軍長。我が兵達は皆、私が鍛え上げた者たち。誰であれ等しく実力を持っているということです。何も他意はありません」
「ググ、それが愚弄というのだ。舐められたものよ」
 ダボーヌは拳をぐっと握りしめ、今にも飛びかからんばかりだ。
「愚弄などしておりません。分かりませんか、自信があると言うことです」
 ニヤッとテプロが笑う。
「おのれ、後で吠え面をかくなよ」ダボーヌの怒りは凄まじかった。
「良いのですか、テプロ様。向こうはかなりお怒りの様子ですが」
 ライトホーネがニヤニヤしながら近づいてくる。「構わん。他の軍勢の実力はだいだい分かった。予定より早いが我が軍勢の力を見せつけてやれ」
「ハッ」
 抑圧されていたテプロ隊の士気は上がった。
 一方、ダボーヌ軍の兵達は怒り狂わんばかりだった。一番手に選ばれた者は槍の名手で、何度も一番槍の手柄を立てた兵だった。
「殺しても構わん。実戦で鍛え上げた本物の力を見せつけてやれ」と、ダボーヌが叱咤する。
「ハッ!」ザッと槍を構えると、誰でも良い、かかってこい、とテプロ隊を挑発する。
「少し、プライドに触ったようだな。仕方ない、アイム、行け」
「ハッ」テプロは小柄な男を指名した。槍を持って、ダボーヌ軍の兵と相対すると、かなりの体格差である。
「そんな貧弱な体で槍を突くことができるのか、グワハハ」相手が挑発するが、全く臆するところがない。
「それでは、始め」
 サミエルの合図で第一戦が始まった。
 ダボーヌ軍の兵が凄まじく槍を突いてくる。何度も一番槍の手柄を立てたというだけはある。
 しかし、アイムと言う名のテプロ隊の兵は、機敏な動きで、突きをことごとく躱す。中々当たらない槍に苛立ったダボーヌ軍の兵は更に突く速さを高めるが、それでも当てるどころか、かすることすら出来ない。次第に疲れが見え始めていた。
 その隙をアイムは見逃さず、渾身の突きを相手の胸に打ち込んだ。ぐわぁという悲鳴と共にダボーヌ軍の兵が後ろに吹っ飛んでいく。
 どよめきが起こった。ダボーヌ軍の兵は立ち上がることが出来ず、二人の兵に両脇を抱えられ、退場していく。信じられないという顔で、ダボーヌが呆然と立ち尽くす。
「我が兵の勝ちでよろしいですかな」
 テプロが澄ました顔でサミエルを促す。
「う、うむ。勝者、テプロ隊」
 テプロ隊の兵達から、歓声が沸き起こる。これまで受けた屈辱を返す会心の勝利だった。
 一方、ダボーヌは怒り心頭だった。
「油断しおって。次はそうはいかぬ、ダスコバ、奴らに目にものを見せてやれ」
 二番手の兵を叱咤する。しかし、次も同じだった。剣同士の戦いとなったが、力任せのダボーヌ軍の兵の剣を上手く受け流したテプロ隊の兵が、会心の斬撃を見舞ったのである。木刀とはいえ、腹部に強い衝撃を受けたダボーヌ軍の兵は悶絶、戦闘不能に陥った。
 呆然とするダボーヌを尻目に勝負は3番手、4番手の戦いに移り、いずれもテプロ隊の圧倒的な勝利となった。あれだけ騒がしかった周辺はシーンと静まり返った。
 実力差を見せつけ、辱めようとした相手から、逆に圧倒的な力を見せつけられているのである。
「ダボーヌの奴め。何をやっておるか」
「これでは、逆に我らが辱められているようではないか」
 他の将校達は、非難の目を一斉にダボーヌに向ける。こんなはずでは、とダボーヌは焦りを感じていた。5連敗だけは何としても避けねばならない。
 こうなったら、背に腹は代えられぬ、弱そうな相手を指名してやろう。だが一体、誰が弱いのかが分からない。そういえばテプロは、我が隊は誰であれ等しく実力を持っていると言っていた。それが本当ならば選びようがないではないか。
 ダボーヌは焦った。
 5番手の兵が動揺した様子でこちらを見ている。何とかせねば。そうだ、テプロ本人を指名してやれば良いのだ。確かに奴の兵たちは強かった。それは認めねばなるまい。
 しかし、テプロ本人がそれほどの強さを持っているだろうか。剣術の達人と云われているが、軟弱な貴族がそんなわけはあるまい、と都合良く考えたのである。
「それでは最終戦を始める。双方の代表は前に出よ」 
 サミエルが告げる。
「少し、待たれよ」ダボーヌが立ち上がる。
「何事か、ダボーヌ中軍長」「ハッ、この勝負が始まる直前、テプロ殿は対戦相手に誰を選んでも良いと申していたが、ここは最後の勝負、是非、テプロ殿御本人をご指名したい」
「な、なんと」サミエルは動揺する。テプロ隊の強さは意外だったが、このまま何事もなく終わると安心していたのだ。ダボーヌ軍の兵たちが怪我をするのは正直言って構わないが、テプロ本人に何かあっては一大事だ。
 またもマルホードを見て指示を仰ぐ。マルホードは無表情でウムと頷いた。
「よし。テプロ小軍長に異存なければ許可する。どうだ、小軍長」
「ダボーヌ中軍長の折角のご指名。受けない訳には行きますまい。但し、条件がございます。私も対戦相手を指名させて頂きたい」
 テプロめ、馬脚を現したな、弱そうな我が軍の兵を指名するつもりなのだろう、だが、我が軍の兵は皆屈強だ、貴族如きが勝てる相手はおらぬ。ダボーヌは我が意を得たりと、ニヤっと笑う。
「これは、これは。テプロ殿は貴軍で一番の武をお持ちだと思い、指名したのだが、ご都合が悪かったかですかな」
「いいえ、何の不都合はありませんが、我が剣は八眼の剣と呼ばれるサンド流剣術。相手が一人では少々、手持ち無沙汰です。まとめてお相手します。誰でも構いません故、強い兵を5人お選びいただきたい」
 周辺に衝撃が走った。五人まとめて相手をすると言っているのだ。
「おのれ、どこまでも我らを愚弄しおって」ダボーヌの身体がワナワナと小刻みに震える。
「いいだろう。お望み通り、5人でお相手いたそう。但し、身体中、穴だらけになっても知らんがな」
 見物に集まった兵達は騒然となった。白い長髪の男を5人の兵士が取り囲んでいる。これでは嬲り殺しになる、テプロは一体何を考えているのか。さすがの将校達も息を呑む。
 当のテプロは一本の木刀を持ち、トントンと軽く刀身を叩いていた。非常に落ち着いている。
「サミエル副司令。わたくしの準備は整っております。いつでもどうぞ」
 う、うむと、サミエルが不安そうにマルホードを見る。本当にやらせていいものか。マルホードは鋭い眼光で頷いた。
「そ、それでは第5戦を開始する。倒れた相手への追い打ちは禁止。戦意喪失した相手への打ち込みも禁止じゃ。守らなかった者には懲罰を下す。良いな」「承知」「オオ、承知」
「それでは始めい」
 サミエルの合図に5人の兵達はテプロの周りで一斉に槍や剣を構えた。ジリジリと間合いを詰めていく。どう見ても、テプロに勝機があるようには見えない。
 そんな中、アキレル中軍長とその配下のナスバは勝負の行方を静かに見守っていた。ナスバはサンド流剣術を習得している騎士である。
「ナスバよ。この勝負。どうなる」「ハッ、恐れながら、テプロ小軍長の勝ちでしょう。サンド流剣術は実戦で磨き鍛え上げられた剣。敵兵に四方八方に取り囲まれた状況でこそ真価を発揮します。まるで八つの目で敵兵の動きを見ている様なことから八眼の剣との異名を取ります」
「なるほど凄まじい剣よ。お主であれば、何人を同時に相手出来るのだ」
「ハッ、恐れながら、三人であれば自信があります。四人となれば五分五分。五人の相手は私の腕では無理です」「ウム」
 ナバスは軍の中で一番の剣技を持っている、とアキレルは高く評価していた。その男が敵わないというほどである。テプロの実力は本物だろう。
(だから忠告したのだ。テプロはサンド流剣術最強の遣い手だと。その男が鍛え上げた兵達が弱い訳がない)
 アキレルはダボーヌ達の浅はかな企みを、遅まきながら、もっと強く忠告すべきだったと後悔していた。
 これまでの演習項目は、テプロがわざと実力を隠して様子を見ていたに違いない。
 ダボーヌ軍の5人の兵達はテプロの様子を窺っている。そこは実戦経験が豊富な彼らである。数的優位とはいえ、迂闊に動いては危険なことを心得ていた。
 しかし、テプロには動く気配が全く感じられない。それどころか気迫や殺気といったものすら感じられなかった。優雅にその場に佇んでいるだけだ。白の貴公子。正にその形容通りの男がそこにいた。
 相手が動く気配がない以上、こちらから動かねばならなかった。たった一人の相手に臆していると取られることは避けねばならない。手筈は決めてある。まず斜め前方にいる者が打ち掛かる。そうすると、相手は横を向くはずだ。その隙を残った四人が槍で突くのだ。まず相手は無事では済まない。これまでの戦いでもそうだった。
 リーダー格の男が目で合図を送ると、テプロの右前にいた男が剣で打ち掛かる。残った四人が一斉に槍を突き出そうと構えた時だった。
「?!」
 一瞬、何が起こったのか、男達は理解出来なかった。テプロは何も動いていないように見えた。視線も前方の男から全く動いていない。
 しかし、最初に打ち掛かった男の剣は躱され、斜め後方から槍を突こうとしていた男がその場に蹲っている。
 最初に兵が剣で打ちかかった時、テプロは視線をそのままに瞬時に斜め後方に移動、木刀の柄で相手の鳩尾を突いたのだ。
 さらにスウッと前に出て、槍を突いてきた四人の兵のうちの一人の槍を跳ね上げ、左肩から袈裟斬りにしていた。
 残った兵達は動揺しながらも、その中の二人の兵が、オオと雄叫びを上げながら槍を突いてくる。
 しかし、テプロはそれを難なく躱すと、木刀で二人の槍を同時に跳ね上げた。
 残った一人が怯え切った顔で槍を構えるが、テプロは構わず前方に出て、木刀で槍を弾き飛ばした。まるで演舞の様な優雅な一連の動きだ。
 その場に、苦痛に悶えながら地面に伏している男が二人と、槍を弾き飛ばされ丸腰となった男が3人残った。
「これ以上、続けても怪我人が増えるだけで無意味。降参を勧めるが、どうする」
 ウグっと男達は観念しようとする。実力差が有り過ぎる。この男、白の貴公子などと呼ばれているが、実際に立ち会った者達からすれば、貴公子などではない、悪魔か怪物にしか見えない。
「降参することは許さぬ。まだ体術が残っておる。奴を叩きのめせ」
 冷静さを失ったダボーヌの檄が飛ぶ。
 ふうとテプロは溜め息をついた。やむを得まいと木刀を構え直す。
 その時、「辞めい」との声が辺りに響き渡った。
 マルホードだった。
「最早、勝負はついた。終わらせよ」やおら立ち上がり、立ち会いを終わらせるよう指示する。
 ダボーヌ軍の兵達は安堵の表情を見せた。ダボーヌは口箸を強く噛み締め、悔しさを隠さない。やれやれといった表情でテプロは木刀を下ろし構えを解く。
「テプロ小軍長、見事な剣術。観させてもらったぞ。褒めて遣わす」
「ハッ、光栄でございます」
「ダボーヌ中軍長。負け戦の時は撤退も大事だ。兵を粗末にするな」
「ハ、肝に銘じます」ダボーヌに取って、これ以上の屈辱はなかった。
「相手を舐め過ぎましたな」ナスバが言う。
「うむ、ダボーヌの奴め。私の忠告を無視した結果がこの始末だ。しかし、真に恐ろしきはテプロよ」
「サンド流剣術のマスターであれば、あれ位朝飯前でしょう」いや、違うとアキレルが首を振る。
「あの男の剣術は確かに神がかっているが、驚くべきは一人一人の兵達の強さよ。良くぞ、あそこまで鍛え上げたものだ。あの騎兵達を手足の如く指揮することが出来れば、恐ろしいことだぞ」
「確かに」ナスバは頷く。
 古参の将校たちの中で唯一アキレルだけが、テプロの才能を素直に認めていた。
 マルホードはテプロの才能を目の辺りにして、その扱いをどうすべきか、再考の必要性を感じていた。
 奴の才能は異質過ぎる、出る杭は打たれるではないが、今度のことで益々、古参の将校たちとの間に確執が生まれただろう。騎兵団が分断されることは一番あってはならないことだった。もう少し、このまま、テプロを後方に待機させるしかあるまい。マルボードは頭髪の無い頭を撫でた。
 一方、ダボーヌは屈辱に苛まれていた。己、己と、まるで亡者の如く彷徨う姿に兵達は近づくことが出来ない。他の将校たちからは蔑んだ視線を受けた。お主には落胆した、見損なった、そんな目だ。この屈辱を晴らすには、テプロを討ち取るしかない、しかし、5人掛かりでも勝てなかった相手だ。下手に動いても返り討ちに合うのは目に見えている。
 そうだ。5人で駄目なら、10人ではどうか。それも闇に紛れて、一人のところを待ち伏せで襲うのならば、如何にサンド流剣術の達人といえど討ち取れるのではないか。ダボーヌは密かに兵を集めた。
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