第57話 傲慢の騎士(2)
文字数 2,798文字
その様子を見ていたタブロは、ギリッと歯を食いしばっている。
「おい、変な気は起こすなよ」
今にも飛び出していきそうなタブロに、ジミーが注意する。余計な交戦は避けたい。
「俺は、ああいう奴らが死ぬほど嫌いなんだ」
「そいつは俺もさ。だけど、今は駄目だ。あいつらに見つかったら警戒されちまうさ」
タブロはしばしギリギリと食いしばっていたが、「駄目だ、我慢できねえ」と立ち上がった。
「待てさ、タブロ」慌てて、ジミーが制止しようとするが、既に遅かった。ウオオと地鳴りのような声を発しながら、凄い勢いで丘を駆け下っていた。
「あの馬鹿、何やってるさ」
ジミーは咄嗟に立ち上がり、背負っていた弓矢に手を掛ける。
兵士達が、一斉に後ろを振り向くと2メートルを越えるかという大男が刀身の長い剣を振りかざしながら、こちらに向かって走ってくるのが見えた。
思わずギョッと目を見開く。
「何だ、あいつは」「野盗か、構わん、殺れ」
オオっと5人の兵達が立ち上がり、剣を構える。
その様子に、タブロはこれまで相手をしてきた連中とは明らかに違うことに気付く。
相手を殺すことに集中している顔だ。これが戦って奴か、とタブロは武者震いする。
「命が惜しい奴はそこを退きやがれ。死にたい奴はそこにいな」
ウオオと咆哮しながら剣を振るう。
強烈な一閃に、3人の兵達の首が一気に飛んだ。「な、何ィ」
驚愕する兵達に構わず、タブロは更に剣を振るう。
さらに二人の首が飛んでいった。
「ば、化け物か」
タブロのあまりに凄まじい剛剣に、残った兵達は呆然と立ち尽くす。そこへタブロが突撃していく。
「こいつはやばい」「に、逃げろ、殺られちまう」
兵士達は、女達をほったらかし一斉に逃げ始めた。
「この野郎、逃げるんじゃねえ」
タブロが怒りの形相で追撃を加える。
「ぐわぁ」さらに二人の兵が背中を斬られ悶絶しながら倒れる。
アワワと三人の兵達は馬に飛び乗ると、バルジの町に向かって駆け出した。
まずい、ここで取り逃がすと、すぐに追手が来る。焦って追いかけるが、さすがに馬の速さには追いつけない。
と、その時だった。ヒュンという音と共に3本の矢が逃げる騎兵達に向かっていくのが見えた。
矢は騎兵の後頭部に次々と命中する。しばらく馬に乗ったまま疾走していた3人の騎兵は、まるでスローモーションを見ているかのように、落馬していく。
主を失った馬達は、そのまま止まらずに走り去っていった。
「さすがは、俺様さ」
後ろを振り向くとジミーが得意気な表情で弓を構え立っていた。
「助かったぜ、ジミー」
「ここであいつらを逃がす訳にはいかないからさ。でも、あまり時間はないさ。他の奴らが異常を嗅ぎつけて探しにくるさ」
「ああ、そうだな」
女達に近寄ってみる。ボロボロとなった衣服をまとい、震えながら身を寄せ合っていた。
「い、いや、乱暴しないで」「どうか、助けてください」すっかり怯えきっている。
「安心しな。俺達は嫌がる女を無理やり抱くことはしねえ」「ああ、そうさ。俺達は、こんな奴等が死ぬほど嫌いなのさ」
ジミーが屍となった兵士達を見ながら話す。
「あんた達に聞きたいことがあるさ。時間は取らないから、あんた達も早く答えてくれ。あいつらの仲間が来たら面倒だからさ」
コクッコクッと女達は首を縦にふる。
「あんた達はバルジから逃げてきたんだろう」
「はい」
「あんた達の他に、まだ生きている住民はいるのか」「います。でも、多くの人々が犠牲になりました」
女達の話によると、ナイトバード軍はバルジ守備軍を壊滅させた後、一般民の虐殺を老若男女構わずに始めた。女は凌辱された上で殺され、男は剣で滅多斬りや槍で串刺しにされたという。
そんな中で、何故か、ルエル教の信者は虐殺を免れ、教会も破壊されなかったという。
ミロノ教の信者が大多数のミロノ王国においても、ルエル教の信者も一定数いた。むしろ、最近は増えている状況だ。
バルジにもルエル教の教会が2つあり、信者も数百人はいるという。
「アジェンスト帝国では、メートヒィ教が信じられてんだろう。何でルエル教信者を助けるんだ」
「理由は分かりません。私達は殺されなかったのですが、代わりに兵士達の世話をするよう命令されたのです」
兵士達の食事や身の回りの世話をさせられたのだという。兵士達は上官から厳命されていたようで、手を出してくることは無かったが、逃げれば殺すと脅されていた。
ところが常軌を逸したナイトバード軍の兵士達の異常さを目の当たりにした、ルエル教の信者達は次第に体調を崩す者が続出し、精神に異常を来す者も少なくなかったという。
この女達も余りの異常さに耐えられずに逃げ出してきたということだった。
「そんなに酷えのか、ところでナイトバード軍はどれ位いるんだ」
ジミーは、兵士達の数や配置を手短に聞き取った。
「ありがとさ。あんたら、これから何処へ逃げるんだ」
「わ、わかりません」
「西に向って3日ほど歩けば、アステコっていう小さな村がある。そこへ逃げな」
「は、はい」
タブロとジミーは倒した兵達の荷物を漁り、携帯食料や毛布を剥ぎ取ると「ほら、これを持ってきな」と、自分達の分をしっかり確保した上で女達に分け与えた。
「あ、ありがとうございます」
何度も礼を言い、女達は立ち去った。
「あの女達、追手から逃げれるかな」
「さあな、追いつかれるかも知れないさ」
人の心配をしている場合ではないことは分かっていた。10人の兵士達を葬ったのだ。速やかにバルジを離れた方が良いのは明白だった。
しかし、俺達がやったことを知っている者はナイトバード軍にはいない。よし、このまま、バルジの町に潜入してみることに二人は決めた。
「そうだ、こいつらの軍服を頂いていこうぜ」
「そいつはいい考えだな」
二人の体格に近い者はいなかったが、やむを得なかった。一番体格の良さそうな兵士と一番小さな兵士の軍服を剥ぐ。
「うへぇ、血が着いているぜ」
「お前がやったんだろう。我慢しろさ、タブロ」
二人はそそくさと着替える。そして、10人の遺体をきれいに並べる。
「俺達はルエル教しか知らねえから、メートフィ教の神様のことはよく分からねえけどよ。あの世では神様に詫びて真っ当な人間になりな」
「ああ、罪を償いな。大いなる神よ。罪深き彼らを導き給え」
二人は祈りを捧げた。アルザに強制されてではあったが、教会への礼拝が日課だったから、祈りの言葉は一字一句頭に入っていた。
「日が暮れるまで、まだ時間があるさ。少し休もうさ。こいつらから奪った食料もあるしさ」
「ああ、そうするか」
二人は荷物を掴む。
「なあ、ジミー」「何だ、タブロ」
「俺達も死んだら、地獄に行くのかな」
「まあな、天国ではないだろうさ」
「だけどよ、アルザ婆さんには会いてえな」
「そうだな。ほら、早く行こうさ、タブロ」
「おう」二人の少年は歩き出す。
「おい、変な気は起こすなよ」
今にも飛び出していきそうなタブロに、ジミーが注意する。余計な交戦は避けたい。
「俺は、ああいう奴らが死ぬほど嫌いなんだ」
「そいつは俺もさ。だけど、今は駄目だ。あいつらに見つかったら警戒されちまうさ」
タブロはしばしギリギリと食いしばっていたが、「駄目だ、我慢できねえ」と立ち上がった。
「待てさ、タブロ」慌てて、ジミーが制止しようとするが、既に遅かった。ウオオと地鳴りのような声を発しながら、凄い勢いで丘を駆け下っていた。
「あの馬鹿、何やってるさ」
ジミーは咄嗟に立ち上がり、背負っていた弓矢に手を掛ける。
兵士達が、一斉に後ろを振り向くと2メートルを越えるかという大男が刀身の長い剣を振りかざしながら、こちらに向かって走ってくるのが見えた。
思わずギョッと目を見開く。
「何だ、あいつは」「野盗か、構わん、殺れ」
オオっと5人の兵達が立ち上がり、剣を構える。
その様子に、タブロはこれまで相手をしてきた連中とは明らかに違うことに気付く。
相手を殺すことに集中している顔だ。これが戦って奴か、とタブロは武者震いする。
「命が惜しい奴はそこを退きやがれ。死にたい奴はそこにいな」
ウオオと咆哮しながら剣を振るう。
強烈な一閃に、3人の兵達の首が一気に飛んだ。「な、何ィ」
驚愕する兵達に構わず、タブロは更に剣を振るう。
さらに二人の首が飛んでいった。
「ば、化け物か」
タブロのあまりに凄まじい剛剣に、残った兵達は呆然と立ち尽くす。そこへタブロが突撃していく。
「こいつはやばい」「に、逃げろ、殺られちまう」
兵士達は、女達をほったらかし一斉に逃げ始めた。
「この野郎、逃げるんじゃねえ」
タブロが怒りの形相で追撃を加える。
「ぐわぁ」さらに二人の兵が背中を斬られ悶絶しながら倒れる。
アワワと三人の兵達は馬に飛び乗ると、バルジの町に向かって駆け出した。
まずい、ここで取り逃がすと、すぐに追手が来る。焦って追いかけるが、さすがに馬の速さには追いつけない。
と、その時だった。ヒュンという音と共に3本の矢が逃げる騎兵達に向かっていくのが見えた。
矢は騎兵の後頭部に次々と命中する。しばらく馬に乗ったまま疾走していた3人の騎兵は、まるでスローモーションを見ているかのように、落馬していく。
主を失った馬達は、そのまま止まらずに走り去っていった。
「さすがは、俺様さ」
後ろを振り向くとジミーが得意気な表情で弓を構え立っていた。
「助かったぜ、ジミー」
「ここであいつらを逃がす訳にはいかないからさ。でも、あまり時間はないさ。他の奴らが異常を嗅ぎつけて探しにくるさ」
「ああ、そうだな」
女達に近寄ってみる。ボロボロとなった衣服をまとい、震えながら身を寄せ合っていた。
「い、いや、乱暴しないで」「どうか、助けてください」すっかり怯えきっている。
「安心しな。俺達は嫌がる女を無理やり抱くことはしねえ」「ああ、そうさ。俺達は、こんな奴等が死ぬほど嫌いなのさ」
ジミーが屍となった兵士達を見ながら話す。
「あんた達に聞きたいことがあるさ。時間は取らないから、あんた達も早く答えてくれ。あいつらの仲間が来たら面倒だからさ」
コクッコクッと女達は首を縦にふる。
「あんた達はバルジから逃げてきたんだろう」
「はい」
「あんた達の他に、まだ生きている住民はいるのか」「います。でも、多くの人々が犠牲になりました」
女達の話によると、ナイトバード軍はバルジ守備軍を壊滅させた後、一般民の虐殺を老若男女構わずに始めた。女は凌辱された上で殺され、男は剣で滅多斬りや槍で串刺しにされたという。
そんな中で、何故か、ルエル教の信者は虐殺を免れ、教会も破壊されなかったという。
ミロノ教の信者が大多数のミロノ王国においても、ルエル教の信者も一定数いた。むしろ、最近は増えている状況だ。
バルジにもルエル教の教会が2つあり、信者も数百人はいるという。
「アジェンスト帝国では、メートヒィ教が信じられてんだろう。何でルエル教信者を助けるんだ」
「理由は分かりません。私達は殺されなかったのですが、代わりに兵士達の世話をするよう命令されたのです」
兵士達の食事や身の回りの世話をさせられたのだという。兵士達は上官から厳命されていたようで、手を出してくることは無かったが、逃げれば殺すと脅されていた。
ところが常軌を逸したナイトバード軍の兵士達の異常さを目の当たりにした、ルエル教の信者達は次第に体調を崩す者が続出し、精神に異常を来す者も少なくなかったという。
この女達も余りの異常さに耐えられずに逃げ出してきたということだった。
「そんなに酷えのか、ところでナイトバード軍はどれ位いるんだ」
ジミーは、兵士達の数や配置を手短に聞き取った。
「ありがとさ。あんたら、これから何処へ逃げるんだ」
「わ、わかりません」
「西に向って3日ほど歩けば、アステコっていう小さな村がある。そこへ逃げな」
「は、はい」
タブロとジミーは倒した兵達の荷物を漁り、携帯食料や毛布を剥ぎ取ると「ほら、これを持ってきな」と、自分達の分をしっかり確保した上で女達に分け与えた。
「あ、ありがとうございます」
何度も礼を言い、女達は立ち去った。
「あの女達、追手から逃げれるかな」
「さあな、追いつかれるかも知れないさ」
人の心配をしている場合ではないことは分かっていた。10人の兵士達を葬ったのだ。速やかにバルジを離れた方が良いのは明白だった。
しかし、俺達がやったことを知っている者はナイトバード軍にはいない。よし、このまま、バルジの町に潜入してみることに二人は決めた。
「そうだ、こいつらの軍服を頂いていこうぜ」
「そいつはいい考えだな」
二人の体格に近い者はいなかったが、やむを得なかった。一番体格の良さそうな兵士と一番小さな兵士の軍服を剥ぐ。
「うへぇ、血が着いているぜ」
「お前がやったんだろう。我慢しろさ、タブロ」
二人はそそくさと着替える。そして、10人の遺体をきれいに並べる。
「俺達はルエル教しか知らねえから、メートフィ教の神様のことはよく分からねえけどよ。あの世では神様に詫びて真っ当な人間になりな」
「ああ、罪を償いな。大いなる神よ。罪深き彼らを導き給え」
二人は祈りを捧げた。アルザに強制されてではあったが、教会への礼拝が日課だったから、祈りの言葉は一字一句頭に入っていた。
「日が暮れるまで、まだ時間があるさ。少し休もうさ。こいつらから奪った食料もあるしさ」
「ああ、そうするか」
二人は荷物を掴む。
「なあ、ジミー」「何だ、タブロ」
「俺達も死んだら、地獄に行くのかな」
「まあな、天国ではないだろうさ」
「だけどよ、アルザ婆さんには会いてえな」
「そうだな。ほら、早く行こうさ、タブロ」
「おう」二人の少年は歩き出す。