第15話 山賊ヨーヤムサンと山岳の民エムバ族(1)

文字数 1,919文字

 場面は、ピネリー王国とアジェンスト帝国に跨る連峰アデリー山脈の山麓にある小さな国エムバに移る。

 アデリー山脈はピネリー王国とアジェンスト帝国の両国から壁と呼称される連峰である。両国を東西に分断するこの険しい山々は人々の行く手を阻むまさに壁だった。
 アジェンスト帝国はアデリー山脈の北に広がるローラル平原征服を国策としていた時期がある。
 覇権国家として領土拡大の意図があったほか、軍用馬の一大産地であり、また金の宝蔵地であるパキルをはじめ鉱物資源の宝庫であるローラル平原は、喉から手が出るほど手に入れたい地域であった。
 しかし、その野望をアデリー山脈は尽く阻んできた。深い積雪と凍えるような気温が冬期間の行軍を阻んできたのは無論のこと、夏場であっても険しいアデリー山脈を軍勢が超えるのは至難の業だった。
 例え、ローラル平原に辿りついたとしても、軍勢を支える補給部隊がままならない状況だった。
 大量の物資を運ぶにはアデリー山脈はあまりに険しく、限られた物資の中でピネリー王国守備軍と交戦するのは熾烈を極めた。
 戦果の上がらないローラル平原侵攻にアジェンスト帝国の首脳部は次第に消極的になっていったのである。
 そして、アデリー山脈超えが困難である、もう一つの理由が山岳民族エムバ族の存在である。
 実は険しい峰越しを避けて山裾を迂回するルートがあった。そこはエムバと呼ばれる山麓を通るルートで、比較的、地形も緩く行軍に適していた。
 ところが、エムバ族がそれを阻んできたのである。エムバ族は独立国エムバを維持している民族である。彼らは他国に干渉しない代わりに、他国からの干渉も一切許容しない鎖国主義を保っていた。
 エムバを行軍するには彼らとの交戦を避けることは出来ない。少数民族である彼らを勢力下に置こうと帝国は何度も軍を派遣したが、山岳での戦闘に長けた一騎当千の戦士が揃っているエムバ族の反撃に多大な損害を出し、撤退を繰り返すのである。
 ここ、エムバの中心部にある王の舘で二人の男が酒を酌み交わしていた。どちらも見る者を圧倒する体格を持ち、その体から放つ迫力から常人ではないことが伺える。
 一人はこの舘の主、エムバ族の王であるレンドである。二メートルを超える逞しい体格の男で鋭い眼光とフサフサした髭を蓄えていた。年齢は四、五〇代で、その表情には、これまで過ごしてきた歴戦の証と自信がみなぎっている。
 エムバ族の男達は皆、体が大きく身体能力に優れている。これは民族としての特性、遺伝としかいいようがない。とてつもない力持ちであることに加え、猫科の猛獣の如き俊敏さも兼ね備えていた。一騎当千と呼ばれるのは伊達ではない。その中でもレンドの体格は際立っている。まさにエムバ族の王と呼ぶにふさわしい威厳を保っていた。
「友よ、どうしても行くのか」「ああ、行かねばならん」
 レンドに友と呼びかけられたもう一人の男もまた、二メートルを超す大男であった。そして、その容貌はレンド以上に強烈なインパクトを見る者に与える。髭に覆われた顔に鬼の如き鋭い眼光、そしてその額にある大きな切創は、見る者を震え上がらせるほどの迫力である。体も筋骨隆々として逞しく、百獣の王、獅子の牡を思い起こさせる。
 彼の名はヨーヤムサン。アデリー山脈を本拠地とし、アジェンスト帝国領を縦横無尽に暴れまくる山賊だった。生きながらにして様々な伝説を持つこの山賊は、人々の恐怖の対象だった。泣き止まない子もヨーヤムサンが来ると脅せば、すぐに泣き止むと云う。年齢はレンドと同じく四〇代か五〇代に見えた。
「友よ。我等がエムバを出ることは掟に反する。だが助けを求めたくば遠慮は要らぬ。掟の許す範囲でお前の力となろう」
「フフ、エムバの長たるお主程の力があれば、アジェンスト、ピネリーなど、容易く手に入れることができようものを。勿体ないことよ」
「友よ。我らの掟は分かっておろう。我等は外の世界に出ることを望まぬ。アデリーの山々の恩恵を受け、この地で暮らせればよいのだ。この地で生まれ、この地で散っていく。それが先祖から引き継ぐ我等の宿命よ」
「確かにな。人の欲望というものは際限がない。お主らの生き方は正しいのかも知れぬ。フフ、欲望の赴くままに生きる俺の生き方とは、まるで反対よ」
 ヨーヤムサンは木の器に入った酒を一気にあおった。プハーと熱い息を吐く。
「友よ。お前が只の山賊ではないことは分かっている。お前もまた宿命に抗えずに生きる男よ」
 レンドも一気に酒を飲んだ。ヨーヤムサンはエムバ族ではない。だのに何故、他の民族と一切の交流をしないエムバ族が、まして山賊である彼と交流しているのか、それには訳があった。
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