第29話 軋轢の騎兵団(1)

文字数 3,330文字

 セントル兵営でダボーヌ中軍長は苛立っていた。通常、将校クラスになると兵営外に住居を構えるものだが、彼は下士官時代から、ずっと兵営に居住している。所謂叩き上げと呼ばれる軍人で元々は鍛冶屋の倅だった。
 三十代も半ばに差し掛かった彼は軍人として最盛期を迎え、気力体力共に充実していた。一兵卒として第七騎兵団に配属されてからと言うもの、常に前線で戦って来た。その勇猛果敢な戦いぶりは司令官マルホードに気に入られ、将校までに取り立てられた。
 彼は更に奮起し、マルホードのためなら命も投げ捨てる覚悟で戦いに挑んだ。自軍より多い敵軍であっても構わず突撃する彼率いる軍勢は、いつしか第七騎兵団の先方隊を任せられることが多くなった。
 自他ともに認める第七騎兵団の突撃隊長となった彼は最近、気に要らないことがあった。白の貴公子と呼ばれ、もてはやされている貴族がいることは知っていた。
 貴族だけで構成される第一騎兵団にいたこともあり、気にも留めてはいなかったが、その男が第七騎兵団に移籍するという噂が広がった。
 まさかとは思っていたが、日に日に信憑性が増して来るに連れて、ダボーヌはマルホードに直接、問うに至った。すると、「それは本当のことだ」と、マルホードはあっさり認めたのである。
「どういうおつもりですか」
 ダボーヌは怒りを露わにした。貴族如きに何が出来ると言うのか、高貴な家柄の御曹司の火遊びではないのだ。こちらは命を賭けて戦っているのだ。
「納得が行きませぬ。貴族であれば第一騎兵団に居ればいいものを、何故、我が騎兵団に移ってくるのです」ピネリー王国攻めの命令が下ったばかりだった。重要な作戦が控えている中で、貴族の遊びに付き合っている暇はない。
「サマンド長官の命令だ。そうとしか言いようがない」最高司令長官の命令とは、どうせ家柄を盾に無理を通したに違いない。だから、貴族は嫌いなのだ。相手が最高司令官とあればマルホードも抗えないことはわかっている。
「それと、テプロ小軍長は500騎の精鋭を従えている。ローラル平原での戦いは騎兵の数が重要だ。小軍長には存分に活躍してもらわねばならぬ」
 騎兵であれば、わが軍勢も精鋭揃いとの自負がある。軟弱な貴族風情に何が出来ると言うのか。テプロなど第七騎兵団には必要ないのだ。どうにかして排除せねばならない。他の将校達も同じ気持ちだろう。
「それよりも二週間後に合同演習を行う。兵の準備を整えよ」マルホードは頭髪が全く無い頭を撫でた。彼の癖である。「それと、変な気は起こすな」とダボーヌに釘を差した。
 その日の内にすぐ、ダボーヌは第七騎兵団の将校たちと会合を持った。場所は第七騎兵団が贔屓にしている居酒屋である。セントル兵営に近く、個室もあるため、秘密の会合にはうってつけだった。
「おお、カナリ厶殿。傷は癒えましたか」「なんの、これしきの傷、休むに値せぬわ。ガハハハ」カナリムはハンド高原南戦線で受けた左腕の戦傷を擦ってみせた。「ダボーヌよ。我軍の合同演習の準備は万端ぞ」「オオ、アス殿。フフ、我軍も士気は上がっておる。お主には負けぬぞ」「生意気な、いつでも受けて立つわ。グワハハハ」
第七騎兵団の四人の将校たちが集まった。第七騎兵団の主力である彼らは同じ年代、同じ階級で互いにライバルであり、また仲間だった。
 雑兵からの叩き上げである彼らは幾多の戦闘を共にくぐり抜けてきた、ある種の連帯感を持っている。その中で、有力貴族出身のテプロはまさに異色な存在だった。酒を酌み交わし場が盛り上がって来た頃、ダボーヌは本題を切り出した。
「貴公らも聞いていよう。我ら第七騎兵団にアランスト家の倅が配属になると言うことを」場が一斉に静まり返る。「誇りあるこの騎兵団に貴族が入るのだ。貴公らは耐えられるか」ダボーヌが訴えかけると、男達は一斉に声を上げる。
「耐えられるかだとぉ、耐えられる訳がなかろう」アス中軍長がドンとテーブルを叩く。
「命を掛けて戦いに臨む我らに、貴族の仲間など不要。舞踏会で女共と踊っておれば良いのだ」「その通りよ。貴族など腑抜けた連中は我等には不要」次々とテプロが配属されることへの不満の声が上がる。
「我らの思いは一致しておりますな」ここまではダボーヌの目論見通りである。問題はここからだった。「では、アランスト家の倅をどうするか、ご一同のご意見をお聞きしたい。まさか、このまま素直に受け入れるつもりではありますまい」
「うむ。なんとしても阻止したいものよ。なにか良い手立てはないものか」「だが、貴族を第七騎兵団に配置換えしたのはサマンド司令官のご命令と聞く。中々厄介よ」
 ただ気に入らないと言う理由だけで、テプロを排除するのは無理がある。そのことは皆、理解している中、カナリムが発言する。
「決闘であれば問題なかろう。正々堂々の騎士同士の果たし合いじゃ。そこで死んでも誰も文句は云わん」
「うむ。それは良い考えだ。しかし問題は如何にして決闘に持ち込むかじゃな」うーむ、と一同は両腕を組む。私的な理由で決闘を申し込めば、私闘と見做され処分の対象になる。
「理由など、どうとでもなろう。決闘で倒すのが一番良い」「だが、奴はサンド流剣術の達人と聞く。相当な手練でなければ返り討ちに合うやも知れんぞ」アキレル中軍長はテプロの噂を聞いていた。「なんと」「それは誠か」サンド流剣術は、アロウ平野最強の剣術として名高く、騎士であれば誰しもが知っている。
「どうせ、眉唾ものであろう」アス中軍長が右手をヒラヒラと振る。ダボーヌも同じ意見だった。貴族が暇潰しに少し嗜んでいる程度だろう。それを達人扱いとは呆れたものだ。
「いや、そうとは言い切れん。我が軍にサンド流剣術を習得している者がいる。我が軍一の剣の遣い手だが、奴の話によると、テプロと申す貴族、最強の遣い手だそうだ。マスターをも負かす腕前だと聞く」
「アキレルよ。何をたわけたことを言っておるのだ。貴族など武術の武の字も知らぬ奴らぞ。そんなはずがなかろう。お主の軍一の遣い手とか申す者、ほらを吹いておるのじゃ」「何い、ナスバが私に嘘を申しておるというのか、あやつはそんな男ではない。お主といえども看過出来んぞ」アキレルがガタッと席を立つ。険悪な雰囲気になったのをダボーヌがなだめる。
「まぁまぁ、ご両人、敵はアランスト家の倅ですぞ。仲間同士で言い争って、いかがなされる」その通りよと、他の将校達も諌める。
「私に一つ良い考えがありますぞ」一同はダボーヌに注目する。「今度の合同演習の際に、アランスト家の倅に手合わせを願い出てみようと思っておるのです」「ほう。お主が」「そうすれば奴の実力の程が測れるというもの。化けの皮が剥がれることでしょう」
「なるほどな。ダボーヌ殿の武勇は、ここにいる者全員が承知しておる。相手の力量を測るのにおいて、お主が適任であろう」
「個人同士の戦いでも、兵を率いての模擬戦闘でも構いませぬ。奴が乗ってくれば、叩きのめしてやりまする」マルホード将軍の前で赤っ恥をかかせてやる、とダボーヌは息巻いていた。それと兵達全員が見てる方が良い。そうすれば恥ずかしさの余り、第七騎兵団には居られなくなるだろう。いや、厚かましい奴のことだ。騎兵団に居坐るかもしれぬ。まあ、それでも良い。大きな顔は出来ないだろう。
「闇討ちで葬るという手もある」オキノ中軍長が声を潜めながら提案する。一同はシーンと静まり返る。「最後はそれしかあるまい。だが、今はダボーヌ殿に任せようではないか」
 この日の会合は解散となった。ダボーヌは全員を見送り、最後に店を出る。帰り際、アキレルからの忠告は不愉快だった。「ダボーヌよ、あまり舐めて掛からぬ方が良い。身贔屓を割り引いても、ナスバはかなりの手練。そのナスバがテプロには百回立ち会って、百回負けると申しておった。余程の腕前ぞ」「ほう、アキレル殿は奴の腕前をかなり買っておられるようだ。しかし私とて第七騎兵団を代表する剣の腕前と自負しております。実戦仕込みの剣を奴に見せてやりまする」アキレルはそれ以上、何も言わなかった。
 奴め、目にもの見せてくれるわ、とダボーヌの闘志は赤く燃えた。
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