第16話 山賊ヨーヤムサンと山岳の民エムバ族(2)

文字数 1,783文字

 話は八年前に遡る。
 当時、エムバはアジェンスト帝国が派兵した征伐軍の侵攻を受けていた。山岳での戦闘に優れた一騎当千の戦士達と地の利を生かし、これまで何度も撃退してきたエムバ族であったが、この時、アジェンスト帝国軍は過去最強の軍勢を派兵していた。
 兵士の数もさることながら、指揮官が只者ではなかった。アジェンスト帝国の若き天才スラチオ・アウトテクスである。
 彼はこの時、まだ25歳の青年将校だったが、戦況の読みが常人離れしており、また圧倒的な統率力を持って兵士達を己の手足のように指揮、敵なしの将軍だった。
 実力主義のアジェンスト帝国軍にあって、25歳の若さで中軍長の階級を持つのは異例だったのである。  
 彼は緻密な戦略を立ててエムバ征伐に挑んでいた。個々の強さで勝るエムバ族の戦士達に対抗するため、まるでハリネズミのように円陣を組む陣形を編み出していた。
 百人単位でひと固まりとなり、四方から襲いかかるエムバ族に対して、長槍、弓矢で対抗するという防御を固める陣形で進軍する戦術である。これにはさすがのエムバ族も手を焼いた。
 内から次々と敵兵が湧き上がってくるのである。まさに針を尖らせたハリネズミに突っ込んでいくようであった。先端に居る兵達が次々と交代で入れ替わる体制を取っていたスラチオ軍に対し、個々の力で戦うエムバ族の男達は次第に消耗していった。
 スラチオは兵達を組織的に機動するよう訓練していたのである。ジリジリと進軍するスラチオ軍はついにエムバの中心まであと僅かの地点まで進軍していた。
 この時すでに王であったレンドは最悪の事態を覚悟した。誇り高き孤高の民族であるエムバ族の長は、男達に最後の一人となるまで戦うことを指示、そして女子供達に武器を取るよう命じた。
 そして、男達を鼓舞すべく自ら最前線に立ったのである。しかし中々劣勢を覆せず、もはやこれまでと覚悟した、その時である。
 まるで咆哮する獅子のように荒々しく、それでいて威厳に溢れた髭面の大男が現れたのである。男はヨーヤムサンと名乗り加勢を申し出た。
 他民族、まして山賊の手など借りぬと即座に断ったレンドであったが、ヨーヤムサンは勝手に共闘を実行、巧みな戦術を展開したのである。
 エムバ本拠地を間近にして逸るスラチオ軍の兵達の心理を逆手に取り、峡谷に誘導、ハリネズミのような陣形が取れなくなったところを叩いたのである。そして別動部隊でスラチオ軍の兵站部隊を叩いた。
 補給がままならず次第に前線で孤立していく状況に、スラチオは遂に撤退を決意、こうしてエムバは守られたのである。
 この時、ヨーヤムサンが引きつれた手下の数は二百人ほどしかいなかったが、まるで鍛えられた精鋭部隊のように組織的な動きだったという。
 閉鎖的で他民族との交流をしないエムバ族であったが、唯一の例外もあった。他民族でも命の恩人には一生掛けて報いよという掟である。民族壊滅の危機を救ってくれたヨーヤムサンにレンドは礼をつくした。
 ヨーヤムサンは元々、軍隊を目の仇にしていると呼ばれる山賊であった。敢えて武装した軍隊を襲うという異色の山賊は、アジェンスト帝国の守備軍を壊滅したことすらあった。
 その内、軍人から恐れられる存在となり、周辺の町々の守備兵達は、いつヨーヤムサンが現れるのか、びくびくしながら警邏する始末だったのである。
 何故、ここまで軍隊を毛嫌いするのか、何故、危険を冒してまで軍隊を襲うのか、人々の間に様々な噂が立った。中にはアジェンスト王の落し胤の男が復讐をしているのだという者もいた。しかし本当のところは誰にも分からない。
 またヨーヤムサンの手下は山賊だけではない。広く国々を巡る行商人達に息のかかった者達が多くいた。彼らは、各地で情報収集を行い、それは全て彼の元に届けられた。また彼の指示で工作活動をすることもあった。
 ヨーヤムサンは、レンドに様々な情報をもたらした。また各地の特産品を取り寄せ、逆にエムバの特産品を各地に送るという交易にも尽力した。これは、ヨーヤムサンがエムバに近づいた目的の一つであったが、エムバの発展にも大きく寄与した。
 只の山賊ではない、荒くれ者どもを自分の手足のように従わせる優れた統率力、行商人達を巧みに操るこの男にレンドも次第に心を許す様になった。今では親兄弟以上の存在となっている。
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