第18話 エムバの王子(1)

文字数 2,794文字

 ヨーヤムサンがやって来る、二ヶ月ほど前のことだった。エムバの中心部にある、煉瓦造りの大きな闘技場で、15歳から18歳までの少年達がいつものように武術の修練に勤しんでいた。
 エムバ族の男達は物心がついた頃から武術を習う。それも格闘術、槍術、剣術、弓術、乗馬術と多岐に及ぶ。
 幼い内は各々の道場に通い修練を行うのだが、15歳になると王が管理する闘技場に集められ、一人前の戦士となるための、より実戦的な修練を積まされる。
 そんな中、他の少年達から虐められている一人の少年がいた。明らかに他の少年達より体格が劣っている、その少年は王子と呼ばれていた。
「王子、お手合わせ願います」
 そう言いながら、他の少年達が寄ってたかって、王子と呼ばれる少年のことを叩きのめしていく。
 エムバ族は遺伝的に体格に優れた民族だ。男は15、6歳にもなると、身長180センチを超えるのが普通だ。女でも、この年頃では170センチを超える。
 そんな中、王子と呼ばれる、この少年の身長は160センチ位しかなく、同年代の女子でも彼より背の低い者はいないほどだった。
 この少年の名前はアルジ。
 エムバ国王レンドの長男で今年で16歳になる。
 これまで、一騎当千の戦士達の武勇により、他国の侵攻を許さなかったエムバでは、強さが何よりも価値があることとされる。王族の人間も強さが求められ、弱き者は王といえども民から軽蔑の対象となる。
 アルジは何度も溜息をつく。
 チビの王子と、他の少年達から誂われる度、何も言い返せない自分が嫌になる。
 何故、僕は背がこんなにも低いのだろう。父上は、エムバ族の中でも一際、屈強で大きな体を持ち、その強さも圧倒的だというのに、何故、息子の僕はこんなにも貧弱な体なのだろうか。
 しかも二人の弟達よりも体格が劣っているのだ。本当に僕は父上の子供なのだろうか、そんな疑念さえ湧く。
 今日は槍の修練を行う日だった。50人ほど集まった少年達が竹で出来た槍を手に模擬戦闘を行っている。闘技場が少年達の熱気で溢れ返る中、アルジは隠れるように隅に立ち、ドキドキしながら少年達の様子を伺っていた。虐められるのはもう沢山だった。出来ればこのまま、誰とも手合わせしないで終わりたい、そう願っていた。
 しかし、そんなアルジの前に、一際体格の大きな少年が立った。
「これは王子。久しぶりですな。少しは背が高く成られましたか。あれ?私達と増々差が開いておりませんか。王族の豪華な食事が御口に合わないのではないですか」
 取り巻きの少年達も集まり、一緒になって嘲笑する。くそ、ラリマーだ。また、こいつか、とアルジの表情が曇る。
 今年18歳になるラリマーは、身長が190センチを優に超え屈強な体を持つ少年達のリーダー格だった。修練ではいつも、アルジに絡んできて、必要以上に何度も体当たりし、吹き飛ばし、叩きのめすのである。
 ラリマーはハルバ集落の長の跡継ぎだった。エムバには20の集落があり、その長達からなる、合議で物事を決めるのが仕来りだった。最終決定権は王にあるが、一人一人の集落の長の意見は無下には出来ないのだ。そして、長の後を継ぐ者達は、修練のため王の闘技場に来るのである。
 代々、集落を継ぐ者達は、若い頃に王の住む集落にやって来て修練を積むのが習わしである。これはエムバ族の結束を強めると共に王への忠誠心を養う狙いがあった。
「王子、そんな隅っこに隠れているおつもりなのですか。エムバの戦士として戦いから逃げるなど恥の極みですぞ。さあ、このラリマーと立ち会ってくだされ」
 また、ラリマーの王子虐めが始まったぞ、と少年達が集まってガヤガヤ騒ぎ出す。
 指導者である大人の戦士達が、修練そっちのけで見物に集まっている少年達に早く戻るよう怒鳴るが、誰も言うことを聞かない。
「さあ王子、どこから掛かってきても構いませんぞ」   
 ニヤニヤしながらラリマーが竹で出来た模擬の槍を構える。模擬とはいえ当たればかなり痛い。下手をすれば骨折も負いかねない代物だ。
 僕のことを誂って遊んでいるのだろう。くそ、とアルジは半ば自棄糞で槍を突き出す。
「王子、それでは届きませんぞ」
 ラリマーはアルジの槍を跳ね上げ叩き落とす。あ、と丸腰になったアルジの腕を躊躇なく槍で叩く。
「痛い」骨まで達する痛みでアルジの顔が歪む。その姿をみて、うわーと少年達から歓声と嘲笑の声が上がる。
「まだまだですぞ、王子」
 ラリマーは丸腰のアルジに次々と打撃を加えていく。アルジは必至に槍を拾うが腕が痺れて掴むことが出来ない。
 顔は青く腫れ上がり、全身至るところに激痛が走る。アルジは地に這いつくばると、頭を両手で抱え込み、体を丸めるようにして、ひたすらラリマーの打撃に耐えた。
 あまりに一方的な攻撃に、少年達を指導している大人の戦士の一人が、攻撃を止めるようラリマーに命令する。それでもしばらく、槍で散々いたぶってから、やっとラリマーは手を止めた。
「ラリマー、戦場では多くの敵がいる。一人の相手に時間を掛けすぎるな」
「はい、すみません。ですが王子があまりにも手応えがなかったものですから、つい、やり過ぎてしまいました」
 ラリマーの言葉に少年達はゲラゲラと笑う。
「アルジ、今日はもう良い。下がって怪我の治療をせよ」
「はい」
 力なく立ち上がり、ヨタヨタと闘技場を去る。いつもこうなのだ、何で僕はこんなにも非力なのだろう。痛む体を引き摺りながら闘技場の外に出る。体の痛みと悔しさで涙が溢れ止まらない。
 体は痛むが、このまま王の舘に帰るのは気が引けた。家臣達から、またですか、という顔をされるのが嫌だった。家臣達が、いつも叩きのめされて帰ってくる自分のことを呆れて見ているのは分かっていた。決して口には出すことはないものの軽蔑の眼差しで怪我の治療をされるのが嫌だった。
 ラリマーは、あと一月も立たずに18歳となり、少年達を対象にした修練からは卒業となる。正式にエムバの戦士となるのだ。
 大人顔負けの体格と槍の腕を持つ彼は、大人達からも認められ、彼らの修練に度々参加するほどの実力を既に身につけていた。
 もう少しすれば、ラリマーは修練の場には来なくなる。それを指折り数えている自分がいた。
 いいんだ、どうせ僕はラリマーには絶対に勝てないのだから、と開き直る自分が嫌になる。
 ハアーとため息をつきながら、王の舘に続く石畳の階段に腰を落とす。ここからはエムバの街が一望出来た。東にはアデリー山脈の峰々がそびえ立っている。 
 だが、今のアルジには雄大な景色を眺める余裕など全くなかった。ただ、だらんと頭を垂れ俯いている。
 コツコツと誰かが石畳の階段を下ってくる音がした。今は誰とも会話をしたい気分ではない。
「アルジ様、やっぱりここにいたのね」
 思わず顔を上げると、美しい少女がこちらを見つめている。
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