第54話 四傑の集合(3)

文字数 5,943文字

 明日の朝はテネアに向け出発する日だった。夜も大分更けていたが、ヨーヤムサンの手下達は、まだ酒を酌み交わしている。
 歳も性別も関係なく酒を酌み交わすのが一味の習わしだ。お頭であるヨーヤムサンはドシッと円卓に座り、寡黙に酒を飲んでいる。
 そんな喧騒の中、アルジは皆から興味を持たれ、気軽に話しかけられていた。
 それにしても、みんな酒豪ばかりだ。ここぞとばかりに飲んで騒いで踊っている。
「なんだ、アルジ、お前、酒が飲めないのか」
「一口だけ試しに飲んだことはあるけど、美味しいと思ったことはないよ」
「何だ、だらしないぞ。お前位の歳の時は毎晩、朝まで飲んでいたもんだ」
 一番の酒豪といっていいターナと比べられては、たまったものではない。第一、アルジくらいの年で酒を飲んでいたことを自慢するなんて褒められたものではないが、ターナらしいといえばターナらしい。
 気の荒い男達も彼女には中々、近づこうとはしない。機嫌を損ねた時の恐ろしさを分かっているからだ。
 エリン・ドール達がヨーヤムサン一味に加わったばかりの頃の話だ。酒席でターナが5人の男を叩きのめしたことがあった。きっかけは女だからと男達が、ちょっかいを出してきたことだった。
 ターナがウンザリしながら「男は間に合っているよ。あたしは今、酒を楽しんでいるんだ。あっちへ行きな」と一瞥をやる。
 如何に体格が大きいといっても、所詮、女という侮りがあった男達は「男に不自由してるんだろ。へへ、一晩中相手してやるぜ」と引き下がる様子を見せない。
 隻眼の右目でターナはギロリと睨む。
「盛った猫と一緒にするんじゃないよ。てめえ等みたいな腑抜けが、あたしを満足させられるのかい」
「まぁまぁ、そう言うなよ。腑抜けかどうか試してみりゃいいじゃねえか」
「試すまでもないね。あんたみたいな下衆な男が一番ムカつくのさ。お前ら、どうしてくれるんだい。お陰で酒が不味くなってきたじゃないか」
「黙ってきいてりゃあ、生意気な口をきくアマだぜ」と男の一人が肩をガッと掴む。すると、その腕をターナは捻り上げ、男を担ぎ上げると、テーブルに叩き付けたのである。
「この野郎、何しやがる」
 それを見た男達が襲いかかるが、ターナは事もなげに次々と叩きのめしていく。
「何だい、喧嘩でも、あたしを満足させられないのかい」ターナの侮辱的な言葉に一人の男がサーベルを抜いた。
「調子に乗りやがって。このまま、舐められてたまるかよ」
 ターナは男に冷めた目を向ける。
「ふん、いいよ。掛かってきな」
 全く動じないターナに「野郎」と男はサーベルを突き出すが、何とターナは素手で剣先を掴むと、バキンとへし折ってしまった。
 動揺する男の前で、今度はターナがサーベルを抜く。身構える男に対して、電光石火の突きを放つと、男の髪の毛がパラパラと散る。
 ターナのサーベル遣いを見て、男達の間に衝撃が走る。男達は、ヨーヤムサンの手下として修羅場を何度もくぐり抜けている。相手の実力を見誤ることの怖さを知っている者達ばかりだ。こいつはヤバい奴だ。男達は動揺する。
「お前達、止めねえかい、何をやってやがる」
 その時、一人の若い男が怒鳴りながら、間に入ってきた。男達は一斉にシーンと静まり返る。オバスティだった。
「馬鹿野郎、お前達が悪いぜ。女に対する礼儀がなってねえ。済まねえ、ターナの姉御。許してやってくれ」
「チッ、手下共の教育がなってないね」
「返す言葉がないぜ。お前ら、あの酒をもってこい、早くしろ、この野郎」
 男達は急いで、中位の大きさの樽を持ってくる。
「カルハサード産の20年物のワインだ。こいつで飲み直してくれ、姉御」
「チッ、仕方ないねえ。その代わり、朝まであんたが付き合うんだよ、オバスティ」
「ああ、分かっているぜ」
 何とか機嫌を直したターナを相手にオバスティは朝まで付き合わされる羽目となったのである。
 その一件以来、男達のエリン・ドール達を見る目が変わったのは言うまでもない。

 今回、アルジがエリン・ドールの一味に加わったと聞いた時、男達はアルジに同情したものだ。
「アルジとかいったかい、若えのに、お前も災難だな」「女達の機嫌を損なわねえ様にしてくれよ。こっちまでとばっちりを食っちまう」
 そうした言葉にアルジは、エリン・ドール達がそんなに怖いのかと不思議そうな顔をしたものだ。確かに怒らせると怖いし、理不尽な要求もしてくる。
 だが、そこまで恐れるほどではないと、アルジは思う。
 それよりも不思議なのは、皆、あんなに飲んだというのに、朝になると、どうして、シャキッと出来るものなのか。彼らにとって、酒は水みたいなものなのだろうか。
 いつもこんなに飲んでいる訳でないことは知っている。アデリー山脈越えをした時は、晩酌程度といったところだった。ここはマーハンドの本拠地だ。安心感に酒が進むのだろう。
 場が最高潮に盛り上がって来た頃、エリン・ドール達が舞台に立った。割れんばかりの歓声が上がる。
 皆、知っているのだ。彼女たちの奏でる音色の素晴らしさを。そして、エリン・ドールの美声を。
 酒瓶を携えながらターナがギターを引き、マキが打楽器でリズムを取る。ルナが管楽器を響かせ、ナナが軽快にアコーディオンを弾く。そして、エリン・ドールがウッドベースでリズムを刻みながら歌う。
 透き通るような美声は、エムバの王の舘で一度聞いた。あまりの感動に皆で涙したのをアルジは思い出す。今夜の歌も素晴らしかった。ポップな曲、恋歌、民謡、いろいろなレパートリーを披露する。淡々とした歌い方だが、心に響いてくるものがある。
 涙を流しながら聞き入る者。盛んに歓声を送る者。皆、魂を揺さぶるような歌声に魅了されている。
「お嬢の歌を聞くのは初めてかい」
 オバスティが話しかけてきた。
「ここに来る前、父王の舘で聞きました」
「そうか、どうだった」
「こんなに透き通った声は聞いたことがありません。言葉が出ませんでした。エムバの皆も感動していました」
「そうか、お嬢の歌は天使のような歌声だ。俺達もあまりの心地良さにうっとりしちまう」
 エリン・ドールが休息の歌を歌い始めた。
 エムバで聴いた曲だ。エミリア族に伝わる歌で祖国や仲間を守るため、散っていった戦士達への鎮魂歌だという。
 戦いで死んだ肉親や友のことを思い起こすのだろう。あるいは明日へも知れない自分の人生を歌に重ねているのかも知れない。皆、涙を流している。万雷の拍手が鳴り響く。
「お前、アルジとかいったな。良いだろう。エリンの歌はよ。ところで、エムバにはどんな歌があるんだ」
 脇から、上機嫌な男が顔を真っ赤にしてアルジに語りかけてくる。
「いろいろな歌があります。でも僕が歌えるのは5曲くらいです」
「おう、お前、歌えるのか、こいつはいいぜ。歌ってみなよ。おい、皆、エムバの王子様が歌をご披露されるぜ」
 酔っ払った男が煽ると、オオと歓声が上がる。
「酔っ払いの言うことなんか、聞かなくていいんだぜ。おい、テンクス、飲みすぎだ。アルジに絡むんじゃねえぞ」
 オバスティが注意する。しかし、アルジは「一曲だけなら歌えます」と立ち上がった。
 エリン・ドール達が立ち去った後の舞台にアルジは一人立つ。消極的な自分が何故か進んで大勢を前にして舞台に立っている。
「あれ、アルジじゃないか」ルナが指差す。
「本当だ。誰だ、舞台に立たせたのは」ターナが怒りの表情を浮かべる。酔っぱらった誰かに無理強いされていると思ったのだ。
「待って、ターナ。アルジは自分の意思で舞台に立ったみたいよ」
「え」
「ターナに用事があるみたい」とエリン・ドールに言われて、舞台に目をやると、アルジがこちらに向かって何か言っているようだが、歓声に掻き消され聞こえない。つかつかと近づく。
「お前、大丈夫なのか」
 ターナはアルジの消極的な性格を分かっていた。
「エリンの歌を聞いていたら、何故か無性に歌いたくなってしまったんだ」
「そうなのか、まあ、自分で決めたんなら、あたしが何も言うことはないけどさ」
「それよりも、ターナに頼みがあるんだ」
「何だ」
「ターナのギターを貸して欲しいんだ」
「いいけど、お前、弾けるのか」
「久しぶりだけど、多分大丈夫」
 珍しく心配気な表情でターナがギターを渡す。
「ありがとう」そう言ってアルジは舞台に立った。
 その様子を見たヨーヤムサンはフフと微笑みながら酒をグイッと呷る。
 歓声が最高潮に達する。エリン・ドールのすぐ後の舞台ほどやり辛いものはない。彼女ほどの歌い手はいないのは皆、分かっていた。誰もアルジに歌の上手さを求めてはいない。エムバの王子だという小柄な少年をダシに盛り上がりたいだけだ。
 しかし、アルジが弦を弾き始めるとオオっという声が上がった。切ないメロディーが会場に流れ出し、あいつは何者だと、ザワザワ騒ぎ出す。
「何だ、あいつ、上手いじゃないか」ターナが目を丸くする。
 アルジは歌い出した。

遠くアデリーに日が沈む。
黄金に光りし我が都に風が吹く。
あの娘に届けん。
アデリーの風を。

 エリナが好きな曲だった。王の舘で、何度も聞かせた。時に涙を流してくれた。だけど、最愛の彼女との婚約は破棄され、他の男に嫁ぐ。
 楽しかったエリナとの日々を思い出すようにアルジはアデリーの黄昏という名の曲を歌った。
 会場が次第に静かになっていく。柔らかくて暖かく、感情に迫ってくる歌声だった。舞台慣れしていない初々しい歌い方と切ないメロディーが相まって、涙を流す者、目を瞑り聞き入る者、皆の心が揺さぶられた。
 ポロロンと最後の旋律を弾き、曲は終わった。余韻に浸るように少しの間をおいてから、割れんばかりの拍手と歓声が湧き上がる。先程のエリン・ドール以上だ。
 舞台から下りると、すぐにターナ達が駆け寄ってきた。興奮した口調で肩や体を叩いてくる。
「すごいじゃないか、お前の歌、震えたよ。それにしても歌う前は本当に心臓に悪かったぜ」
「ターナの姉貴ったら、すごくオロオロしていたよ」
「この野郎、ナナ。余計なことを言うな」
 女山賊達が笑い合う。
「すごく良かったよ。何て曲なんだい」
「アデリーの黄昏という曲です。エムバで人気があるんです」
 哀愁が漂うメロディーと切ない歌詞を思い出し、集まった女達はウットリした表情を見せる。
「歌を聞いて、こんなに興奮したのはお嬢の歌を初めて聞いた時以来だぜ」
 オバスティも寄ってきた。
「お疲れ様。初めて聞いたけど、素敵な歌ね」
 エリン・ドールがニコッと笑う。相変わらず無表情だが嬉しそうだ。
 僕は皆を感動させられたのだろうか。興奮冷めやらぬまま、アルジは席に戻る。会場は興奮の坩堝と化し、皆、踊り歌い、飲み明かす。アルジの周りには興奮した山賊達が老若男女問わず訪れ、人が絶えない。
 ドッと疲れが押し寄せてきた。
「若いのに大したものだね。あんたの心が伝わって来たよ」
 そうした中、マーハンドが微笑みながら近寄ってきた。
「ありがとうございます」
「疲れただろう。みんなに付き合っていたら、朝になっちまうよ。明日は早いんだ。さっきの歌で十分に挨拶代わりになったさ。さあ、こっちへ来て休みな」
 中々、酒宴から抜け出せないでいたアルジに、助け舟を出してくれた。二人で会場を抜け出す。
 案内された寝床は物置部屋だった。薬味の入った樽や食器など、色々と置かれた中に、小さく粗末なベッドがあった。
「ここには、酒は置いてないから、朝まで誰もきやしないさ。安心して寝なさい」
「ありがとうございます」
「ここは狭いからね。寝惚けて物にぶつかるといけない。灯りが要るだろう」
 調味料が置いてある棚にマーハンドはランプを置いてくれた。
「フフフ、折角だから、少し私と話をしないかい」
 二人は粗末なベッドに腰掛けた。四傑の一人であるマーハンドを改めて見る。個性溢れる四傑の中でも彼女だけは他の三人とは違う。
 普通の女性に見えるし口調も柔らかい。とても山賊にはみえない。
 しかし、山賊達は彼女を母の様に慕い、あのオバスティやカリン・ドールでさえ親愛を持ってマザーと呼ぶ。
「あんたとゆっくり話す機会が無かったろ。それに明日になれば、あんたはアデリー山脈越えに出発する。折角出会えたんだ。少し話をしたいと思ったのさ」「はい」何故か、マーハンドの隣に居ると安心感がある。
「あいつらと付き合うのは大変だろう」
「はい、あっ」つい、本音が漏れる。
「フフフ、いいんだよ。ここでは自分の思っていることを言えばいいのさ。だけどね、一つだけ、ルールがあるよ」
「え、何でしょうか」
「絶対に相手を傷つける言葉は吐いてはいけないというルールだよ。あいつらは気が荒いし言葉も汚い。だけどね、そのルールだけは犯さないよ。ああ見えて、心に傷を持っている連中が多いのさ。本当は気が弱い奴もいる。だからこそ、そのことだけは皆んな気を付ける。あんたも気をつけな」
「はい」
「だけど、本当に仲間想いの気のいい奴らばかりだよ。打ち解ければ一生の仲間になれるよ」
「はい」
「フフフ、本当に素直だね、あんたは。それに、エリン・ドール達とはうまくやっているようだね」
「はあ」そう見えるのだろうか、自分では良く分からない。
「あの娘達を見ていれば分かるよ。あんたを気に入っているよ」
 女達からは、いつも、小言を言われ、小間使いばかりさせられている。態度もつっけんどんだし、とても、そうは見えない。
 エリン・ドールに至っては、いつも冷静で、打ち解けた話をしたことすらない。
「あんたに良いことを教えてやろう。女を敵に回すほど、厄介なことはないよ。どんなことをされても優しくしてやりな」
「どんなことをされてもですか」
「そう。将来、エムバの王になるんだろう。あんたもそのうち妃をもらう。国によっては、何人も娶る国もあるんだ。覚えて損はないよ」
 そうなのだろうか。婚約者だったエリナは優しい女性だった。もし妻となっていたら、自分に対して酷いことをするとは思えない。
「女は寂しがり屋が多いのさ。それはあの娘達も同じ。強いからといって特別な訳じゃない。だから、優しくしてやりな」
「けれど、優しくといっても、どうすればいいのか分からないよ」
「特別なことは何も要らないさ。ただ、分け隔てなく素直に接してやるだけでいいのさ」
 フフフとマーハンドは笑う。そんなことだけでいいのだろうか。
「そのうち、分かるよ。女を大事に出来ないやつはろくでなしさ。とても王なんかには慣れやしないよ。フフ、ほら、もう寝なさい」
 マーハンドはアルジを寝かせ、毛布を掛けてくれた。ベッドはボロかったが暖かった。
「おやすみ。ゆっくり眠りなさい」
「おやすみなさい」
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