第61話 家族との別れと新たな命(2)

文字数 4,805文字

「我がロード家のことだ。実はなディーン、我がロード家は今でこそ、こんな山奥で木こりをしているが、かつてはローラル平原一の雄と言われたテネア国王に仕える身であったのだ。そして、我がロード家はローラル平原一の剣と呼ばれる見偽夢想流(けんぎむそうりゅう)剣術の宗家でもある」
 驚きは無かった。見偽夢想流(けんぎむそうりゅう)は元々騎兵団に居たというトラルから教わったものだし、そのトラルをして天才と言わしめるミラの剣は正に神技だった。
 我が家ながら只の木こりの家とは思ってはいなかった。
「テネア国最後の王となったフーマン王は、その力強い武門と深い慈悲心をもって民から慕われた御方であった。当時、ローラル平原の国々はピネリー王国にもアジェンスト帝国にも属さない独立国だったのだ。フーマン王も、お一人で民を守っておられた。ところが、ある日、アジェンスト帝国は大軍をもってローラル平原の国々に侵攻してきた。周辺の国々が侵略される中、テネア国は必死になって抵抗したが、多勢に無勢、兵達は次々に倒れ、城に籠って抵抗した民達も、もはや限界だった。そこで、フーマン王は自らが投降することで民を助けようと、アジェンスト帝国との停戦協定を結ばれたのだ。しかし、それはアジェンスト帝国の罠だった。フーマン王は投降した直後に帝国の手に掛かり、無念の最後を遂げられた。そればかりか帝国は約束を破り、再び侵略を始めたのだ。奴らはありとあらゆるものを略奪し、何の罪もない人々を平気で殺した。アジェンスト帝国の行った行為は到底同じ人間とは思えないようなものだ。テネアの人々は希望を失い、絶望と怨念のみが心を支配していた」
 テネアにそういう歴史があったとは、初めて知った。そう言えばマキナルもアジェンスト帝国軍に妻子を殺されたのだと聞いた。
「その時、現れた救世主がピネリー王国の若き勇者ルーマニデア様だ。彼はアジェンスト帝国軍を追い払い人々を開放された。その後、テネアはピネリー王国の領土となったが、ルーマニデア様は、お亡くなりになってなお民から慕われる、フーマン王の偉業に大いに敬服されて、フーマン王と同じ姿勢でテネアを治められた。再びテネアに安らぎが訪れたのだ」
 フーマン王からルーマニデアへ、血統は途切れたが、テネア国王の慈悲の精神は受け継がれているということなのだろう。
「だが、再び、テネアに脅威が訪れようとしている。あの恐ろしい男が復活しようとしているのだ」
「恐ろしい男?」
「悪霊の騎士と人々から恐れられた男だ。フーマン王を手に掛けたのはその男だ。そして、我が父である師マスター・ロードも、その男の手に掛かり命を落とした」
 祖父のことは何度か聞いたことがある。剣聖と呼ばれるほどの見偽夢想流(けんぎむそうりゅう)の達人だったという。
 だが、悪霊の騎士と呼ばれる男に殺されたことは初めて知った。
「いつか、私が騎士だったのかと聞いてきたことがあったな。テネアに向かうお前に父さんの過去を話さねばならんだろう。そうだ、私は若き頃、テネア国騎兵団の騎士としてフーマン王に仕えていたのだ。テネア国騎兵団は少数だが、フーマン王のため、民のために命を投げ打つ覚悟を持った者達の集まりだった。いい奴らばかりだった」
 トラルは懐かしむように遠くを見る眼差をした。
「私は師マスター・ロードの元、剣の修行をしながら騎士としての役目を全うしていた。そんな日々が続いたある日、私はフーマン王の命を受け、見偽夢想流(けんぎむそうりゅう)をローラル平原の国々に指南すべく、旅に出ることとなったのだ」
「どうして父さんが」
「悪霊の騎士が遣うジュドー流剣術に対抗出来るのは見偽夢想流(けんぎむそうりゅう)だけと伝えられている。偉大なるフーマン王は悪しき脅威が来ることを察していたのだろう。脅威に対抗するため見偽夢想流(けんぎむそうりゅう)がローラル平原の国々に伝わることを望まれていたのだ。あの邪剣が恐ろしいのは、その技の強さだけではない。人々が持つ、ありとあらゆる負の感情を糧にする、その邪悪さだ。人の心に災いをなし、最後は地獄に引きずり込む。正に悪魔の剣なのだ。お前もマキナルと対峙して、その恐ろしさは肌で感じていよう」
 ディーンは頷く。確かにマキナルの悪鬼に取り憑かれたかのような強さは尋常ではなかった。こちらが怒り、憎しみを増すほど強くなっていった。
「だが、見偽夢想流(けんぎむそうりゅう)の会得は難しく、修行すれば誰しもが遣い手となれる訳ではない。私は師の名代として各国を回った。が、しかし」 
 トラルの表情が曇る。
「ある国の王は、フーマン王が良からぬ企みを持って私を派遣したのではないかと疑い、私を追い出した。また、ある国の王は、民に慕われるフーマン王に妬み、挙句、私にフーマン王に仕えるのを辞め、自分に仕えるよう命じた。また、ある国の王は、自国の国力の弱さを嘆き、騎士達の鍛錬すら真剣に行おうとはしなかった。そして、ある国の王は自国の国力を過信し、他国の手助けなど無用と門前払いを行った」
 ローラル平原に散らばる国々は独立国故にまとまりが無かったということなのだろう。
「フーマン王の求めに応じた、幾つかの国々には剣術指南を行ったものの、ローラル平原が一枚岩となるには程遠く、私は自分の無力さを痛感しながらテネアに戻った」
 父さんの無念さは計り知れない。国々がまとまることの難しさを実感したのだろう。
「フーマン王の期待に沿うことが出来なかった私は、命を全うできなかった事をお詫びすると共に、ある進言をした」
「進言?」
「ローラル平原を一つにまとめるため、他の国々へ進軍することをお薦めしたのだ」
「え」父さんがそんなことを言ったとは、大きな衝撃を受ける。
「アジェンスト帝国とピネリー王国という大国が攻めてきたとき、ローラル平原の国々はあまりに小さく、単独では食い止めることが出来ないのは日を見るより明らかだった。フーマン王こそがローラル平原を束ねる王に相応しい。それは私だけが思っていた訳ではない。騎兵団の誰しもがそう思っていた」
 フーマン王の偉大な人物像が思い浮かばれる。
「だが、フーマン王は私の進言を一蹴された。侵略された国々の民はどうなる。彼らは祖国のため、必死に抵抗するに違いない。他国を侵略するなど、もってのほかだと申された。悔しさと虚しさを感じた私は、騎兵団を辞め、母さんと幼いミラを連れ、このマチスタに来たのだ」
 そうだったのか。ディーンは静かに揺れるランプの炎を見つめた。
「今思えば、我ながら愚かで早まったことをしたものだ。フーマン王はローラル平原の国々が連合する術を模索していたに違いない。私を遣わしたのは、見偽夢想流(けんぎむそうりゅう)の技術提供を交渉の手段として使おうという意図があったのだ。いや、それは私も理解はしていた。だが、他国の王たちの振る舞いに私は匙を投げてしまったのだ。嘆くべきは我が交渉力の稚拙さと不甲斐なさよ。だが、こんな身勝手な他国の王たちのために命を掛けるなど出来ぬと、私はほとほと嫌気がさしていたのだ」
 父さんは只者ではないとは思っていたが、一国の外交を行う重要な任務まで果たしていたとは、今の暮らしからは想像が出来ない。
「マチスタでの暮らしは大変ではあったが、安らかな時間を提供してくれた。テネアに居た時は、修行と騎士としての任務に追われていた私が家族と穏やかな時を過ごすことが出来たのだ。しばらくして、アジェンスト帝国がローラル平原に侵攻してきたことを風の便りで知った。フーマン王が恐れていた通り、小さな国々単独では帝国の大軍を食い止めることができず、次々と侵略されていったのだ。段々と帝国がテネアに近づくにつれ、私は居ても立ってもいられず、単身テネアに戻ったのだ」
「かつての仲間達とともに必死に戦った。フーマン王も御自ら剣を取り、兵を率い戦ったが、相手の戦力は余りに大きい。そして、帝国にはあの男がいた。神出鬼没に戦場に現れ、凶悪な刃を振るう、その男を我々は止めることが出来なかった。あの男はテネアの民にも容赦はしなかった。次々と毒牙に掛けていったのだ。幼子の命を奪うことさえ躊躇しない。むしろ、嘆く母親の姿を見て、歓喜しているようだった」
 何という卑劣な男だろう。怒りが込み上げてくる。
「我が師マスター・ロードでさえ、打ち勝つことが出来ないほど、あの男の剣は強い。しかし、あの男も、マスター・ロードを倒すまでは出来なかった。狡猾な男だ。マスター・ロード相手には危険な深追いはせず、我々の戦力をジワジワと削ぎ取り、民に恐怖心を植え付けていったのだ」
「父さんも、悪霊の騎士と戦ったの」
「いや、マスターが許さなかった。お前の腕では、あの男には勝てぬと」
 父さんほどの達人でも勝てないとは、一体どんな男なのか。
「ただ、憂苦の騎士と名乗る、あの男の側近とは刃を交えた」
「憂苦の騎士?」
「ああ、そうだ。漏れ伝わる話によると、悪霊の騎士には3人の側近がいるのだという。恐らくは、その内の一人だろう。恐ろしく強い相手だった」
「どれ位の強さなの。悪霊の騎士くらい強いの」
「うむ。実際に悪霊の騎士と戦ったことが無い私が確かなことは言えんが、匹敵する強さだと思っている。マスター・ロードもそう申されていた」
 何ということだろう。そんな凶悪な剣の遣い手が他にもいるのか。
「だが、悪霊の騎士には僅かではあるが及ばぬはずだ。しかし、人の負の感情に付け入る、その邪悪さは引けを取らぬ」
「でも、勝ったんでしょう、父さん」
 眼の前にこうして居るのだ。勝ったことは間違いない。
「奴との戦いは凄惨を極めた。お互いに切創を負い、満身創痍の中、私は奴の右腕を斬り落とした」
 どうなったのだろう。
「奴は呪詛の言葉を私に吐きながら、後退していった。しかし、私には奴を追う力など残っていなかったのだ」
 ディーンはマキナルとの決闘を思い出す。
「今、奴が生きているのかは分からぬ。私は傷を癒やす間もなく、テネア王の特命を受けて、ミネロに向かった。フーマン王はピネリー王国の国王に援軍の要請をしていたのだ。私は特使として、ピネリー王の返書を受け取りに行った。結果、ピネリー王国の援軍により、アジェンスト帝国を撤退させることは出来た。しかし、大勢のテネアの民が亡くなり、生き残った者達も心身に傷を負った。そして、フーマン王は亡くなり、我が父マスター・ロードも黄泉の国の人となった」
「悪霊の騎士はどうなったの」
「うむ。アジェンスト帝国を撤退させたのは、ピネリー王国だ。しかし、師マスター・ロードが命と引換えに悪霊の騎士に傷を与え、封じ込めたからこそ、奴らは引いていったのだ」
 剣聖マスター・ロードは命を掛けて、悪霊の騎士を追い払ったのだ。
「しかし、奴は死んだ訳ではない。間違いなく復活する。奴はテネアのみならず、ローラル平原、いや、世界中に恐怖をもたらす存在だといっても過言ではない。奴が何を狙っているのかは分からぬ。しかし、一つ分かっていることがある。奴を必ず食い止めねばならんということだ」
 恐ろしい男だ。ほっておいてはならない。
 しかし、トラルやマスター・ロードでさえ、打ち倒すまでには至らない男なのだ。到底、自分の力が及ぶ相手ではない。
「悪霊の騎士は、相手の負の感情に付け入るため、人によって見る容姿が変わると言われている。ある者には絶世の美女に見え、ある者には容姿端麗な男に見えるという。だが、その実体は悪魔の如き男よ。あの男の剣、ジュドー流剣術に打ち勝つには、奴の邪心を解き放たなければならない。そして、それが出来る剣は見偽夢想流(けんぎむそうりゅう)しか無い。思い出すがいい。実際に、マキナルの魂を開放したのはお前の剣だったはずだ」
 ジュンを人質に取られたあの時、絶体絶命の状況に陥って初めてマキナルの本心が分かる様になっていた。
 マキナルは家族を救えなかったことを後悔していていたのだ。その念に乗じて、邪剣は心の内に入り込み、悪魔の道に誘い込んでいた。
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