第53話 四傑の集合(2)

文字数 5,174文字

 オバスティは孤児だった。アジェンスト帝国の侵攻の際に両親を失ったのだ。
 ヨーヤムサンがオバスティを目に留めたのは、彼が15歳の時だ。ボルデーの町の場末の酒場で働いていた彼を見て、ほう、と驚いたのを覚えている。
 女のように整った顔立ちに似合わない、鋭く尖った目つきがこちらを睨んでいた。これまで、自分一人を頼りに生きてきたのだろう。誰も頼らぬ、信じぬといった気概が表情に溢れていた。
 彼を気に入ったヨーヤムサンは、仲間に引き入れたのである。初め、反抗的だったオバスティもヨーヤムサンの信念、人柄に魅せられ、絶大の信頼を置くようになっていた。
 元々、頭脳明晰で度胸がある彼は見る見る成長し、今や、ヨーヤムサンの四傑と呼ばれる存在になった。
 今日は、マーハンドが営む酒場の裏の屋敷に四傑が集合する日だった。オバスティ、エリン・ドールは既に椅子に腰掛けている。そして、この屋敷の主であるマーハンドが現れる。
「マザー、久しぶりだな」「マザー、元気だったかしら」
 オバスティ、エリン・ドールがヨーヤサンの隣に座る小柄な女性にハグする。
「お前達も元気だったかい。オバスティ、また、一段と逞しくなったね。いい男だよ。エリン、お前は相変わらずお人形さんのように綺麗だね」
 二人からマザーと親しみを持って呼びかけられる、女性がマーハンドである。いつも無表情なエリン・ドールでさえ、実の娘の様に表情を崩し彼女に甘える。
 彼女は43歳になる。見た目は、小柄の至って普通の女性だ。とても、荒くれ者共を従える首領には見えない。しかし、自分の手下の他、ヨーヤムサン直々の手下100人も従えていて、その数は数百人に及ぶ。
 常に同じ場所に留まらず少人数で移動するヨーヤムサンに代わり預かっている格好だ。
 彼らは元から山賊、盗賊だった者達ばかりで、皆、荒くれ者である。出身地は様々だが、皆、ヨーヤムサンの強さ、人柄に惹かれて、仲間になった者達だ。
 しかし、同じようにマーハンドのことも慕っていて、刃向かうことは決してない。尤も彼女自身が命令を下すことは滅多にない。手下達の自由にやらせているのだが、それが返って彼女には迷惑は掛けないという責任感と自制心に繋がっていた。
 彼女の出生については謎で、自身も多くを語らない。現在はアジェンスト帝国領の、とある村で酒場を切り盛りする女主人として過ごしている。
「あなたがアルジかい。遠い所をよく来てくれたね。歓迎するよ」マーハンドはそう言って、アルジを抱きしめる。
「親元を離れて、異国に来るのは寂しいだろう。だけど、親の有り難みを知る機会でもある。いい経験だよ」なんて暖かい人だろうと、アルジは思う。
「ここにいる連中は、生まれた時から、親がいない者が多い。いても酷い仕打ちを受けてきた者が殆どだ。だけど、両親が居ること、幸せに思うんだよ」
「はい」とアルジは返事をした。
 そして、最後の四傑、ハーバスターが現れた。33歳の精悍な顔付きの男で、金髪の癖毛をみじかく刈り上げた姿は、まるで軍人の様だ。
 そう、彼は元々、アジェンスト帝国軍に所属していた騎兵なのだ。
「最後になってしまったようだな。遅くなって済まない、お頭、みんな」
「主役は最後の登場かい、ハーバスター」オバスティがからかう。エリン・ドールは無言で右手を上げ、挨拶の意を示す。
「ハーバスター、久しぶりだね。元気だったかい」「ああ、相変わらずさ、マーハンド。久しぶりだな」
「よし、全員揃ったな」
 ヨーヤムサンが一同を見渡す。
「この場に集まって貰ったのは他でもねえ。これから先の俺の動きをお前たちに共有してもらうためだ」
 四傑が頷く。
「帝国は半年後には、アデリー山脈を超えてくる」「やはり、目標はテネアですかい」オバスティが聞く。「ああ、そうだ」
「司令官は誰かしら」エリン・ドールが聞く。相変わらず無表情だ。
「第七騎兵団司令長官マルホードだ」と、ハーバスターが答える。
「強いの」「過去に2回、ローラル平原に出征している。将校達は叩き上げが多い。あっと驚くような奇策を用いることはないが、間違いを犯すこともない。まあ、正統派の名将といったところだ」
 アジェンスト帝国軍の情報については、ハーバスターがもたらすことが多い。
「で、兵の数は」「騎団の合同演習に参加した兵からの情報によると3万だ」「軍の極秘情報ってのは、こうも簡単に漏れるもんなのかね」
 オバスティが右手をヒラヒラさせる。
「だが、特筆事項が一つある」
「ん」
「今回、テプロ小軍長が新たに騎団に加わった」
「テプロってあの白の貴公子のことかしら」
「その通りだ。知っているようだな、エリン・ドール」
「俺は知らねえぜ。誰だ、そいつは。随分と気取った渾名じゃねえか」
「アランスト家の跡継ぎだ。まだ19歳と若えが将校としての実力は本物だ」
 ヨーヤムサンが認める程だ。実力者に間違い無いのだろう。
「アランスト家といやぁ、かなりの家柄だぜ。しかも、俺より若いじゃねえか」とオバスティが驚く。
「年齢と家柄で人を判断しちゃいけないよ、オバスティ。四傑って呼ばれている、お前やエリンだって、同じ位の歳じゃないか」
「そうだな、マザー、その通りだぜ。歳は関係ねえ」
「奴は五百騎と少数だが、精鋭揃いの騎兵を従えている。そして、サンド流剣術の達人だ。エミリア族との戦いでは、かなりの戦果をあげている」
 ハーバスターが話を続ける。
「サンド流剣術なら、一度、遣い手とやり合ったことがある」とオバスティが言う。
「勝ったの」
「いや、引き分けってところだ。かなりの腕を持った奴だったぜ」
 オバスティは剣の達人である。しかし、彼の剣はどの流派にも属さない我流の剣だった。
「エミリア族は、その男にかなりやられたみたい」
 テプロは母親の出身部族の天敵といっていい男である。内心穏やかではないはずだが、相変わらず人形のように澄ました表情だ。
「俺はこれから、ある男に会うため、ローラル平原に向かう。暫く留まる予定だ。オバスティとエリン・ドールは俺と一緒にテネアに向かえ。ハーバスターとマーハンドは、そのまま、アジェンスト帝国の動向を探ってくれ」
「ああ、分かっているぜ、お頭」と、オバスティ。エリン・ドールは「ハーイ」、マーハンドは「分かったよ」と返事をし、ハーバスターは無言で頷く。
「それと、悪霊の騎士のことだ。アデリー山脈で遭遇したオーベルという名の男によると、側近は四人いる。四罪の騎士と呼ばれているという話だ。オーベル自身、そのうちの一人、疑心の騎士だと、自ら名乗っていた。恐らく、その話は本当だと思っていいだろう」
「ああ、あの野郎。俺の剣を難なく躱しやがって。それと、お嬢のスナイフルに傷をつけやがった」
 二人の実力をよく知るハーバスターとマーハンドは驚く。
「疑心、嫉妬、憂苦、それと傲慢だったかしら」
「ああ、人間の欲望を鏡のように体現している四人だと、言ってやがったぜ」
「俺達の前に姿を晒したと言うことは、俺達に対する宣戦布告だと思っていいだろう。今後、遭遇する可能性が高い。油断するな」ヨーヤムサンがギロリと睨む。
「三人だと思っていたけど、四人いるなんて、厄介だね」マーハンドは溜息をつく。
「心配するな、マザー。今度、会ったら、あの野郎、真っ二つにしてやるぜ。なあ、お嬢。ん?」
 エリン・ドールの顔が怒りで紅潮していた。スナイフルに傷つけられたのが余程悔しかったのだろう、と皆はそう理解した。
 しかし、ヨーヤムサンだけは、人形の青い目に、それ以上の感情、只の復讐ではない色が浮かんでいるのを見ていた。
「いずれ、残りの三人も俺達の前に姿を見せるのは間違いねえ。警戒した方がいいぜ。何せ、奴らは神出鬼没だ。尤もお頭ほどじゃねえけどな」
 オバスティが笑う。
「いや、俺は既にその内の一人と会っている」
「何だと、ハーバスター、そいつは誰なんだ」
 オバスティが気色ばむ。
「アジェンスト帝国第六騎兵団長官、ナイトバードだ」
「馬鹿な、確かに奴は一般民を虐殺するのがお気に入りのおかしな野郎だ。だが、大将軍クラスに4罪の騎士がいるとは思えねえ」
 オバスティのいう通りだった。4罪の騎士は、暗闇で暗躍する者達なはずだ。アジェンスト帝国のほんの一部の者しか、その存在すら知らないのだ。
 騎兵団を指揮する長官が4罪の騎士の一人であるとは、にわかには信じられない。その邪悪な本性を隠しているということなのだろうか。
「お頭はどう思ってるんだ」
 オバスティに見解を求められたヨーヤムサンは少し沈黙した後に、口を開いた。
「奴に実際に会ったことはねえ。だが、俺は奴が四罪の騎士の一人だと思っている」
「そうなのか、お頭」
「ああ、恐らく傲慢の騎士が奴だ。思い出してみろ、オバスティ、オーベルと遭遇した時、奴は完全に気配を消していた。奴らは本性を隠すのに長けている」
 確かにそうだった。近くに迫られるまで存在に気付かなかった。
「だが、邪悪な気配を完全に隠せる訳はねえ。ナイトバード、奴の名を口にする時、額の傷が疼きやがる」
「この間、ナイトバードに蹂躙されたバルジの町の話を客から聞いたよ」
「本当かい、マザー」
「ああ、本当さ。地獄のような惨状だったらしい。その話を聞いて確信したよ。お頭のいう通り、その男が傲慢の騎士で間違いないね」
 一同は沈黙した。流石に騎兵団相手では、歯が立たない。やはり、対抗しうる将が率いる軍勢が必要だ。
「期待しているぜ。お頭、あんたが見込んだ男に会うためにローラル平原に行くんだろう」
「どんな人なのかしら。やっぱり軍人」
 わざわざ危険を冒してまで会いに行くのだ。そこまでに値する人物なのか、どうか。当然のことながら、エリン・ドールも関心が深い。
「木こり一家の息子だ。歳もアルジと変わらん」
 エッと一同は驚く。
「フフ、あいつはまだヒヨッコだが、うまく成長出来れば、悪霊の騎士と渡り合うことが出来る将となるだろう。俺は只、その成長に少し手を貸してやるだけだ」場がザワザワとなる。エリン・ドールはふーんとだけ感想を漏らす。
「年齢と家柄は関係ねえんじゃねえのかい。そうだろ、皆んな」オバスティがニヤッと笑う。面白くなってきたといった表情だ。
「ああ、その通りだ。オバスティ」バーバスターが同意する。
 自分と歳の変わらない少年が将来、世界を救う王になるという。僕より強いのだろうか、それともオバスティやエリン・ドールのように統率力があるのだろうか。
 アルジは会ってみたいと思うと共にまだ見ぬ少年にライバル心を持つ。
「そういえば、お頭が留守の間、面白い少年達がお頭を訪ねてきたんだよ」
 聖地アルフレムから来たという二人の少年、タブロとジミーのことをマーハンドは話した。
「ああ、アデリー山脈を横断していた時、マザーから、お頭に会いたいと言っている奴らがそっちに向っているから気を付けろって云われてた奴らかい」
 オバスティが思い出す。
「そう。その子達さ、まあ、あの時はお頭にいきなり会わせる訳にはいかなかったからね。鉢合わせにならないように知らせた訳さ。でも元気が良くてね、裏表の無い良い子達で私は気に入ったよ」
「そうか、アデリー山脈では、そいつらと遭遇することは無かったが、縁があれば会うことも有ろう」とヨーヤムサンが話す。
「実はナイトバードの話を聞いたのは、その子達からなのさ」
「本当なのか。マザー」「ああ、あの歳で大した子達さ」
 僕と同じ位の年頃の少年達が活躍しようとしているのだ。僕も頑張らないといけないと、アルジは決意を新たにする。
「明日から、あたしが槍の特訓をしてやるよ」 
 アルジの気持ちが分かったのだろう。ターナが眼帯を左手で摘みながら話す。
「本当ですか、よろしくお願いします」
「あなたのお陰でスナイフルも直ったわ。あたしも相手をしてあげる」「え、本当に」
 オーベルと対峙した時に傷付いたスナイフルを直すため、アルジは父王レンドが所有する魔獣ムバンドの革を願い出て、許されていた。そのお陰で、エリン・ドールのスナイフルは最短で直すことが出来たのである。
 そのお礼だろうが、何でも構わない。やっと武術の稽古をつけてもらえるのだ、アルジの喜びは大きい。
「途中で投げ出すことは許さないけど。それでもいいかしら」無表情な青い目の人形が首を傾げながら聞く。
「願ってもないことです。よろしくお願いします」
 エリン・ドールは、そう、とだけ答えると、部屋を立ち去る。
「待てよ、お嬢、全くいつも勝手だぜ」その後をターナが追いかける。
 いよいよ、テネアへ向かう。そこには、ヨーヤムサンが見込んだ少年がいるという。悪霊の騎士を倒し、この世界を良い方に導いてくれるのではないか。一行は期待に胸を膨らませるのだった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み