第30話 軋轢の騎兵団(2)

文字数 3,831文字

「さすがに三万の軍勢が勢揃いするのは圧巻だな」小高い丘から合同演習の様子を眺めていたテプロは感嘆した。アルフロルドの近郊、アロウ平野の一端にある草原で第七騎兵団が合同演習を行っていた。
「これほどの兵力がないと、ローラル平原を制すことは出来ないと言うことですな」
 横でライトホーネが巨体を揺らしている。「それにしても予想通りとはいえ我軍の扱いは粗末なものですな」テプロ率いる五百の騎兵は三万の軍勢の一番後方にいた。
「仕方あるまい。実力が未知数の我らは後ろで様子を見ていろと言うことだろう」騎兵が最後方にいるというのは有りえない配置だった。機動力に優れた騎兵は先頭の両脇にいてこそ、その威力を発揮する。要するにテプロ軍は戦力として加味されていないということだ。ライトホーネは不満気な表情を隠さない。
 軍勢の一番後方にある、この小高い丘からは戦況が一望出来た。司令官のマルボードも少し離れた場所に陣を置いて指揮している。
「せっかく特等席を用意してもらったのだ。お手並みを拝見させていただこう」テプロは不敵な笑みを浮かべる。他の将校達の実力を見ることが出来る絶好の機会だった。
「それにしても、さすがはマルホード様の先陣部隊。堂々たる行進ですな。どなたの軍勢でしたか」ライトホーネが感心している。「ダボーヌ殿の軍勢だ」テプロは目をやった。
 第七騎兵団不動の突撃隊長として軍を指揮するダボーヌの表情は自信に溢れ、誇らし気だ。「騎馬もおりますが、歩兵が主体ですな」「ウム。そのようだな」
 ダボーヌ率いる五千の軍勢は、歩兵四千、騎兵千で構成されていた。「平原での戦いであれば騎馬の数が多い方が良いのでは」ライトホーネの疑問は尤もだった。平原での戦いは機動力が高い方が有利なのが定説だ。
「いや、必ずしもそうとは言い切れん」「と、言いますと」「確かに平原での戦いであれば騎馬が有利だ。だが、城攻めとなれば歩兵の方が小回りが効く。兵力差が大きければ敵は籠城する可能性が高い。騎馬での勝負とならないこともあり得るだろう」
 なるほどとライトホーネは何度も首を振った。
 それにしても、とテプロは布陣を見て少し物足りなさを感じていた。五人の中軍長クラスの将校達が率いる五千の部隊に加え、小軍長クラスの将校達の軍勢が五部隊。戦力としては十分だが、縦長に広がった布陣に納得いかなかったのである。
 おそらくマルホードはローラル平原に点在する各町の守備軍を一気に殲滅しようとは考えていない。中軍長率いる五千程の兵力で一つずつ叩き潰していくつもりなのだ。
 これではローラル平原制圧には時間がかかるだろう。以前の戦いでは、周辺の町々の守備軍が連携してアジェンスト帝国軍に対抗してきたという。駆けつけた援軍に包囲されるのを嫌ったのかも知れないが、あまりに消極的な布陣に見えた。
 最初の演習項目である、全軍での行軍演習は滞りなく終わり、次は射手演習である。今回の演習項目は4つあり、他に槍術演習、最後に模擬戦闘となっていた。
 射手演習を前にしてテプロ隊の騎兵達は気持ちを昂ぶらせていた。鍛えに鍛え上げた男達である。行軍演習で除け者の如く最後方に布陣されたことに彼らは憤りを感じていた。ほかの将校や兵達が貴族出身である自分達を快く思っていないことは肌で感じていた。実際、兵営での生活でも色々な嫌がらせを受けている。
 騎兵である彼らは馬上から弓を射る訓練を嫌というほど行って来ている。見返してやりたい気持ちに溢れていた。しかし、そんな彼らにライトホーネは「半分はわざと外せ」と指示した。
憤りを見せる彼らが理由を問うと、実力を見せるのはまだ早い、との返事だった。納得いかなかったが上官の指示に彼らは従った。二射のうち、一射はわざと外したのである。
 その様子を眺めていた他の部隊の兵達は、口ほどにもない奴らだ、と嘲笑した。的が近くに設置されていることもあって、他の騎兵達は7、8割の確率で当てていたからである。
 屈辱に耐えるテプロ隊の騎兵達は次の演習項目である槍術訓練に参加した。敵兵に見立てた丸太に槍を突く訓練である。ここでも、ライトホーネは彼らにわざと急所を外すよう指示した。彼らはわざと弱々しく槍をつき、中には槍の穂先が丸太に弾かれる者もいた。
「さすがは、高貴な方の騎兵たちよ。槍も優雅に突かれるものだ」「そんな腰付きでは高貴な女の方々を満足させられるのか。俺がいつでも代わってやるぞ。ウワハハ」
 野次が飛び交うなか、彼らは怒りに打ち震えながら陣地に戻る。
「テプロ様。兵達をこれ以上我慢させるのは最早、限界ですぞ」
 ライトホーネが訴える。そういう彼が一番、我慢の限界に達していた。
「うむ。確かに、このままでは皆の士気に関わるな」「そのとおりですぞ。次の模擬戦闘は思う存分やらせてはいかがですか」
「まあ、待て。相手が決まってからだ。模擬戦闘の相手はサミエル副司令が決めることになっている。恐らく小軍長同士の訓練になろう。これまで見たところ、我らの兵達は圧倒的に強い。我が兵が本気を出せば弱い者いじめになるが、やむを得まい。思う存分やらせよう」「ハッ」
 一方、自陣に戻ったダボーヌは機嫌が良かった。何が、白の貴公子だ、精鋭部隊だ、やはり口先だけの奴らよ。と、テプロ軍の弱さに気をよくしていたのである。そこへ、カナリム中軍長が現れる。
「ダボーヌよ。みたか、アランスト家の倅、予想以上の弱さではないか。何だ、あの屁っ放り腰は。あれで敵兵を倒すことができるのか。これならば老兵部隊の方がまだましぞ」
「これは、カナリム殿。とんだ拍子抜けだと私も思っていたところです」
 模擬戦闘まではしばらく時間があった。その間、各軍勢はしばしの休憩を取っていた。
「馬脚を表すとは、正にこのことだな。そもそも第七騎兵団に来たのが間違いなのじゃ。大人しく第一騎兵団に居れば良かったものを」
「貴殿の申される通りです。最後の模擬戦闘で止めを刺してやります」
「奴ら、既に自信を無くしておろう。お主が手を下さなくとも、尻尾を巻いて逃げるのではないか」
「いえ、ここで、ぐうの音も出ないほどの屈辱を与えてやりまする。図々しいあの男のこと、念には念を入れた方が良いでしょう」
「それもそうよのう。それでは、楽しみにしておるぞ」そう言ってマキナルは自陣に戻っていった。他の将校達も同様だった。白の貴公子などともてはやされておるが、眉唾ものよ、と侮っていたのである。
 模擬戦闘は各部隊同士で行われる。死傷者が出ぬよう、穂先を布でグルグルと覆った槍や木刀で闘うのだ。急所を突かれた方が負けというルールだった。刃が無いとはいえ、急所を突かれるとかなりの衝撃で、それが元で死ぬ者もいる。
 一旦、将校たちはマルホードの元に集合した。模擬戦闘の相手を決めるためである。特別の申し出がない限り、指揮官の階級別により、相手が決まるのが通例だった。副司令官のサミエルが相手を決める役目だ。
「一同、特段の希望が無ければ、私が決めるが、それでよいか」将校たちを見渡す。
「サミエル副司令、希望を申してもよろしいですか」ダボーヌが発言の許可を求める。一瞬、サミエルは怪訝そうな顔をしたが、構わん、申してみよ、と発言を許可した。
「ハッ、それでは、申し上げます」
ダボーヌはクルリと振り向き後方に居たテプロを見た。
「テプロ小軍長の騎兵隊と是非、手合わせをお願いしたい」
「?」マルホードの片眉が上がる。理由を述べよ、とサミエル副司令が問う。
「はっ、テプロ小軍長は高貴な家柄のご出身でありながら、かなりの剣の腕前をお持ちとのこと。小軍長が鍛え上げた騎兵はかなりの精鋭揃いとお見受け致す。是非とも手合わせをお願いしたい」
 ダボーヌはニヤリと笑った。
「それは誠か、テプロ小軍長」
「ハッ、恐れながら、剣術を少々嗜んでおります」
「そうか、うむ。だが、ダボーヌ中軍長率いる軍勢は我が騎兵団の中でも突撃力に優れる部隊。初の演習で、いきなり貴公には荷が重いのではないか」
 サミエル副司令は戸惑いの表情を見せた。彼はマルホードから、テプロをなるべく危険な任務に就かせぬよう指示を受けていたのだ。しかも、これまでの演習の様子を見るに、結果は明らかだった。
 ダボーヌの奴め、テプロを笑い者にするつもりだな、と多少は社交界の事情に通じているサミエルは勘づく。あまりやり過ぎると、貴族階級から、ひいてはサマンド最高司令官からの不興を買うのでは、と不安だった。
 動揺した目でマルホードを見る。マルホードは少し間をおいてから、ウムと頷いた。
「よし。テプロ小軍長に異存無ければ、ダボーヌ中軍長の申し出を認めよう。どうだ、テプロ小軍長」
「ハッ、ダボーヌ殿の胸を借りることが出来るとは有難きこと。私としても異存はございませぬ。ただし、一つ条件がございます」
「条件とな。申してみよ」
「ハッ」
 ダボーヌは警戒した表情をした。演習を逃れるため、屁理屈を述べようとしているのではないか、と思ったのだ。奴らは弁だけは立つ。絶対に逃さん、皆の前で赤恥をかかせてやる、と意気込んだのだが、テプロの出した条件は意外なものだった。
「第七騎兵団での初めての演習で、不慣れな我が兵たちは少々疲れております。そこで、どうでしょう。白兵戦ではなく、5人を選抜して武術で立会うと言うのは」
「ウム。どうだ、ダボーヌ中軍長」
「それは臨むところ。承知いたしました」
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