第48話 聖地から来た二人の少年と女山賊マーハンド(2)

文字数 7,705文字

 フェイス・エリアは三つの国に分かれていたが、ミロノ王国領が一番広く、人も多かった。二人は国境を超え、そこにある酒場、娼館にも出入りしていたのだ、と自慢気に話す。
 少年達とは思えない破天荒ぶりには、さすがのマーハンドも驚く。
「だけどさ、俺達は悪いことばかりしてきたけど、弱い者いじめと嫌がる女を無理やり抱くことだけはしてこなかったさ」
「おう、そんな奴は絶対に許せねえ。刃物で脅して女を無理やり手籠にしようとしていた奴が居たけどよ。半殺しにしてやったぜ」
「それと、裏がある奴も大っ嫌いだ。俺達のことを騙して、商売仇にけしかけた奴がいたが、そいつも半殺しにしたさ」
「フフフ、そういう輩はあたしも嫌いさ。けれど、アルフレムには人が沢山集まってくるんだろ。腕に覚えがある奴らも多いんじゃないのかい」マーハンドが聞く。
「ああ、何せアルフレムは3つの宗教の聖地だぜ。信者たちがいっぱい来るさ。まあ、信者と言ってもピンキリだけどさ。中には、本当に神様を信じているのか、分からないような奴もいるし、騎士あがりや武芸者を語る奴も多いさ」
「けど、これまで俺達より強い奴を見たことがねえな」タブロは自慢気だ。確かに、タブロの体格は屈強で大人が見上げる程の大男だ。強そうなのは分かる。
 しかし、ジミーは同じ年代の少年達の中でも小柄だ。弓矢が得意なのかもしれないが、雇われたという店の中では、飛び道具は使えないだろう。
 とても手練の騎士や武芸者達に対抗出来るとは思えなかった。
「もしかして、あんた達、武術を習っているのかい」 
 マーハンドの問い掛けに一瞬、二人はへえーと驚いた顔をした。
「俺達に、武術を習ってるのかって聞いてきたのは、あんたが初めてだ」「ああ、俺達がまともな武術なんて身に付けている訳がねえと、みんな思うのさ」
 ジミーがニヤッと笑った。マーハンドの洞察力を称賛する気持ちだけではなく、自身の武術にも相当な自信があるのだろう。
「どんな武術を習ってたんだい」
「マウト流武術って知っているかい」「マウト流?」  
 聞いたことがなかった。
「俺は知っているぜ」
 その時、すぐ後ろのテーブルで飲んでいた男が振り向く。口髭と顎髭を生やした眼光鋭い中年の男だ。
「タレス、知っているのかい」
 馴染みの客のようだった。
「ああ、エメル平野に伝わる武術だ」「エメル平野って、ピネリー王国のかい」「ああ、そうだ」
「おっさん、良く知っているな」
 タブロは初対面の者に対しても口の聞き方に遠慮がない。
「坊主たちよ。自慢じゃないが、俺は腕試しでいろんな国を回ったことがある。その中でこいつは敵わねえと思った流派が三つある。アロウ平野最強の剣術、サンド流。エメル平野最強の武術、マウト流、そしてローラル平原最強の剣術、見偽夢想流(けんぎむそうりゅう)だ」
「へえー、色んな流派があるんだな。俺はマウト流以外はしらないさ」とジミー。「俺もだ」とタブロ。
「マウト流武術は、剣術、槍術、弓術、体術、乗馬術の5つの柱からなる武術だ。全て極めれば、この世で最強者になると云われている」
「へー、よく知っているな。その通りさ。俺達はアンディエスの爺さんから、一通り教わったんだけど、中でも俺は弓矢が得意なのさ」「俺様は槍と剣が得意だ」
「アンディエス?もしかして、あの武聖アンディエスのことか」二人の言葉に男は目を丸くする。
「知ってんのか、あの爺さんのこと」
「ああ、有名だぜ、お前らアンディエスの弟子か」「弟子っつうか、マルザ婆さんが俺達のことを爺さんに預けたのさ」「弟子と思ったことは一度もねえし、爺さんも俺達のこと、弟子だと言ったことはないぜ」
 二人の話によると、二人の素行に手を焼いたマルザは、武術で心身を鍛えてもらおうと考えたらしい。アルフレム郊外に住む、旧知の老騎士の家に二人を通わせた。
 粗末な作りの家に住み、質素な暮らしをしている老騎士の名はアンディエス・オクトと言った。元々はピネリー王国首都エメラルドの近衛兵として、国王に仕えていたというのは後から聞いた話だ。
 その時から、マウト流武術の達人として、多くの弟子達を育ててきたらしい。 
「武聖アンディエスと言えば、エメラルド最強の武人と呼び声が高い。中でも、剣と弓は神の技を持つと聞く」
「へえー、あの爺さん、そんなに有名だったのか。確かに剣は凄かったな。あんな老いぼれ爺さんなのに、タブロが勝てねえんだもの」
「何言ってやがる。お前だって、弓矢で爺さんに勝ったことがねえじゃねえか、ジミー」
 アンディエスは二人に修行をつけたが、厳しく鍛えた訳ではない。あまり、やる気の見えない二人に、ある日こう言った。
「他ならぬシスター・アルザの頼みだから、お前たちを預かったのだ。嫌なら辞めて貰っても構わないぞ。だが、預かった手前、理由もなく辞めさせる訳にもいくまい。そこで、どうだ、私に勝てたら辞めるというのは」
 元騎士だか、何だか知らないが、こんな老いぼれに何故、武術を習わなければならないのだ、とずっと不満に思っていた二人にとって、この提案は渡りに船だった。
「へっ、そいつは話が早いじゃねえか。いいぜ、やってやる」「こっちだって、アルザ婆さんの頼みだから、来てやってたのさ。けど、勝てばいいんだろう。それだったら、婆さんも文句は言わないさ」
 二人はポキポキと指を鳴らす。
「何でも良いぞ。お前達の得意なもので掛かってくるが良い」前に立つ小柄な老人に、負ける訳がない、と二人は信じて疑わない。
「へっ、本当にこれが、年寄りの冷や水ってやつだぜ。泣いても知らねえぞ。俺は年寄りだからって、遠慮はしねえ」タブロが剣を持って構える。
「ほう、お前は剣が得意なのか。どれどれ、どれほどの腕前か、見させてもらおうかの」
 アンディエスも剣を構える。自然体の構えで殺気の類は露ほどもない。
「けっ、吠え面かくなよ、爺さん」
 タブロは得意の力任せの剣をいきなり、頭上に見舞う。しかし、手応えがないと思った瞬間、剣を地面に落としていた。
「何だ、手が滑っちまったぜ、命拾いしたな、爺さん。だが、次はねえぜ」
 剣を拾い、再び斬撃を振るうが、どういう訳か、また地面に落としてしまう。これは、一体どういうことだ。と、少し間を置く。もしかしてと、アンディエスの剣に叩き落されていることに気付く。
「どういう手品を使ってるんだか知らねえが、どうせ、セコい真似してんだろう。じゃあ、これなら、どうだ」
 今度は鋭い突きを連続で見舞う。しかし、またしても、あっという間に叩き落されてしまう。
「なんだ、お主、剣も持たずに私を突こうとしているのか、面白い奴よ。ホッホッホ」
「この爺ィ、調子に乗りやがって」
 逆上したタブロは剣をむんずと拾い上げると、力任せにガンガン振るう。しかし、何度やっても、地面に剣を叩き落されてしまう。その剣筋が全く見えない。
「な、中々、やるじゃねえか」
 タブロは再びおそいかかるが、結果はなんどやっても同じだ。
「剣で駄目なら、素手で相手しても良いぞ。お主の方が力は強い。こんな年寄を放り投げるくらい、造作もないだろう。どうした。掛かってこぬか」
「何ィ、このクソ爺い」と、タブロは怒髪天を衝く形相で突進すると、アンディエスの襟足を掴む。
 よーし、このまま地面に思いっきり、叩きのめしてやる、とグイッと腕に力を込めた時だった。あっという間にタブロは地面に転がされていた。
「?」一体何が起きたのか、全く分からない。何度組み合っても、圧倒的に体格に勝るタブロの方が転がされてしまう。体当たりをしても同じだった。
「ほれ、どうした。泥だらけだぞ。洗濯が大変だと、シスター・マルザに叱られるぞ」
「今度は俺だ」戦意を喪失し、呆然とするタブロに驚きながらも、ジミーが弓矢を構える。
「ほう、お主は弓か、いいだろう」
 アンディエスも弓矢を持つ。見た目は普通の弓矢だ。
「爺さん、あそこに欅の木があるのが見えるか、あれを射るぜ」100メートルほど離れた場所に一本だけ立っている欅の木をジミーは指差す。幹の太さは30センチほどであろうか。
「どっちが先に外すか、勝負だ」
「ほう、構わぬが、あんな近い的でいいのか、あれでは簡単過ぎて、いつまでも勝負が着かんぞ」
「何だと」
「ほれ、その先にある松の木が見えるか。松の木も一本しかないから、わかり易かろう。あっちで、どうだ」
 ジミーは驚かずにはいられない。200メートルはあるだろう。常人の目では、当たったかどうか判定することすら難しい距離だ。但し、常人の倍の視力を持つジミーならば、見ることは出来る。しかし、当てるとなれば話は別だ。
「いいぜ、受けてやる。へっ、けれど、爺さん、あの的が見えんのかよ」「心配無用だ。当たれば乾いた音がするし、当たらねば何も音はしない」
「へっ、本当かよ、まあいい、俺から射たせてもらうさ」
 ジミーは両足を広げ構える。この距離を当てられない訳ではない。二本に一本は当てる自信はある。しかし、この俺ですら、半々の確率なのに、小柄なこの爺さんがそれ以上当てられるとは思えない。まして、ここは風が変わりやすい。畜生、風は読めないが撃つしかねえと、思いっきり弓をしならせ放つ。
 矢はシュパーと空気を切り裂きながら一直線に飛んでいく。祈るようにジミーが見守るなか、矢は見事、松にあたった。
「やったぜ、どうだ」得意げに両手を上げる。
「ほう、当てたか、大したものだな」「へへ、ほら、次は爺さんの番だぜ」
 先に当てた余裕から、ジミーは満面の笑みでドカッと切株に座る。タブロも気を取り直して、「よっしゃあ、いいぞ、ジミー」と応援する。
「では、私の番だな」
 アンディエスが構える。その構えを見て、ジミーは驚く。なんて力感の無い構えだ。しかし、射程距離は弓を引く力がものをいう。この爺さんに200メートルを飛ばすだけの力で弓を引くことが出来るはずがない。ジイっと見守る中、アンディエスは弓を引く。ピタッと静止した、その姿は美しかった。
 シュンという音と共に、矢が放たれた。何故か空気を切り裂くような音があまりしない。そして、矢は静かに進み、スコーンという乾いた音が響き渡る。松の木の真ん中に命中したのだ。
「本当に音がしやがった」ジミーが唖然とする。
 俺の矢筋とは明らかに違う。普通、矢は空気を切り裂く音を立てながら突き進むものだ。しかし、アンディエスの矢筋は違う。まるで、矢が進む先だけ空気が無いようだ。
 そして、的に当たった時の音だ。芯を外さず、正にど真ん中に当たると、あんな音がするときがある。人に当たれば、貫通するのではないか、と思われるほどの威力だ。
「ほれ、次はお主の番だぞ」涼しい顔でアンディエスが言う。「お、おお」ジミーが再び弓を持つ。
「どうした、呼吸が乱れておるぞ。それでは的に当てるのは難しいぞ」「うるせえぞ、爺イ、黙っていろ」「おお、怖い怖い」
 この糞ジジイ、俺のことをからかいやがって、と、ジミーはプンプンしながら構える。心無しか、先程より的である松の木が遠く見える。 
 畜生め、と心の中で思いながら、ジミーは矢を放った。「あっ」矢が松の木を掠め、逸れていくのが見えた。
「畜生」ジミーは、かなり悔しがる。
「ありゃ、外してしまったか。5回くらいは頑張ってくれると思っていたが、残念じゃのう」
 クッと唇を噛むが、爺さんだって連続で当てるのは難しいはずだ、と切株に座って見ることにする。しかし、期待とは裏腹にアンディエスは、二射目もあっさりと命中させた。それどころか、5射連続で真ん中に当てたのである。スコーンと乾いた音が響き渡った。
「まあ、今日はこれくらいにしとくか。フッフ、ジミーよ、私に勝つには、少なくとも、5回は当てて貰わんと、勝負にならんぞ」
「グッ」言い返してやりたいが、何も反論できない。
 それから、二人は、アンディエスに勝つため、修行に励んだ。酒場通いや女遊びも辞め、夢中になってアンディエスの家に通った。
 確実に二人の実力はメキメキと上達した。力任せだったタブロとジミーは、集中するコツを掴んだ。しかし、どうしてもアンディエスに勝つことが出来ない。
「爺さんより、強いやつはいるのかい」 
 ある日、タブロが聞いた。ジミーも以前から気になっていたことだった。
「ああ、いる」「本当かよ」
 とても、アンディエスより、強い人間がいるとは信じられなかった。
「そいつは誰だい」「ホッホ、私のことを人は武聖と呼ぶが。まだまだ修行の身だ。マウト流武術の真髄は、剣術、槍術、弓術、体術、乗馬術の5つの武術を全て極めることだが、剣と弓は、未だ先が見えぬ」「何だって」「本当かよ」今でも圧倒的なのに、この爺さんはまだまだという。
「だが、それで良いのだ。何事も、死ぬまで日々修行。それさえ分かれば良い」「くそ、そんなことはどうでもいいぜ」「ああ、俺は誰かに負けるってことが、我慢ならねえんだ」
「そんなことに拘るとは、お主ら、まだまだ、若いのう」「当たり前だ、俺達は、老い先短い爺さんと違って若いんだ」「本当だぜ、こんなところに籠って仙人みたいな生活なんざ、真っ平さ」
「エメラルドにシュレイという男がいる」
「シュレイ?」
「あの男は、マウト流を極めた者と言っていいだろう」その男が、アンディエスよりも強い男なのか。
「エメラルドって、ピネリー王国の都だろ。そこに行けば会えるのか」タブロが聞く。
「いや、今、行ったところで会うことは叶わんだろう」「何でだよ」
 アンディエスは弓をそっと地面に置く。
「シュレイは、ピネリー王国独立軍長官だ。最高であり最強の将軍、エースの称号を持つ男よ。あの男が率いる軍勢は人々から畏敬の念を持って、黒帝軍と称されている」
 話に聞いたことがある。黒帝軍とは少数精鋭の軍で、個々の強さと統率力の強さが突出しているという。敵を殲滅するため、司令官の指揮のもと、全員が一つの意志を持った生き物のように動き、アジェンスト帝国であろうが、ミロノ王国であろうが、黒帝軍は恐れられていると聞いた。
「確かに、そんなお偉いさんじゃ、俺達にはあってはくれないさ」ジミーはウンウンと頷く
「お主の言うとおりだ。たが、一つだけ方法があるぞ」「教えてくれよ、爺さん」「ああ、そんな強い奴がいるんなら、会って見てえぜ」
「お主ら、騎士になれ。さすれば会えよう」「へ、騎士」「俺達が」二人はきょとんとする。
「ああ、そうだ」「何で、騎士になれば会えるんだよ」
 確かにタブロの疑問は尤もだった。
「簡単な話だ。あ奴も騎士だ。騎士というものは、例え階級が違えど、対等な立場なのだ。さすれば立会することも叶うかも知れんぞ」
 そんなに上手くいく訳あるかよ、と二人はアンディエスの言葉をにわかに信じることが出来なかった。
「騎士って、王に尽くさなければならないんだろう。いやだぜ、俺は」「俺だって、真っ平御免さ。何で、赤の他人のために命を張らなきゃならないのさ」
「まあ、確かに、尊敬に値しない国王陛下もいるというのは、そのとおりだ」「おいおい、近衛兵だった、あんたが、そんなことを言ってもいいのか」
 アンディエスはニコッと笑う。
「本当の騎士が、尽くすのは国王陛下ではないぞ。己が信念に尽くすのだ」「信念?」「そう」
「お主らは、弱い者虐めは好きか」「大嫌いだぜ」「弱い奴も嫌いだけど、虐める奴はもっと嫌いさ」
「もし、シスター・アルザを快く思わぬ輩が居て、剣で刺そうとしていたならば、お主らはどうする」
「そんな奴がいたら、ぶち殺してやるぜ」「ああ、婆さんに手を出す前に矢で射抜いてやるさ」
「如何に、シスター・アルザに神の御加護があろうとも、お前たちが守ってやらねばならんだろう。善き人、弱き者を、悪の手から守るのが本当に騎士の尽くすべき使命なのだと、私は思うぞ」
 ふーんと、あまり興味がなさそうに聞いていたのを覚えている。
「それじゃ、あんた達は騎士を目指すのかい」
 少年達の話を、じっと聞いていたマーハンドが聞く。
「いや、まだ分かんねえさ」ジミーが答える。「何でだい」「マルザ婆さんも俺達に騎士になって欲しいと思ってたさ。けれど、軍隊暮らしってのは自由がないだろう」「ああ、俺は誰かに束縛されるのは我慢ならねえんだ。だけど、婆さんの気持ちは分かるぜ。このままだと、俺達が将来、碌な者にならねえと心配したんだろうな」
 武術の鍛錬に励む日々が続いたある日、アルザが倒れた。顔色がずっと悪いのには気付いていた。ずっと休みなく働き詰めなアルザに休むよう、周りが勧めていた矢先だった。
 倒れたアルザは、床から起きることすら出来なくなっていた。病床に伏せる、アルザの元に二人は毎日通った。
「きっと良くなる。心配いらねえ」「そうだぜ。元気になるさ」そう言って励ますが、日に日に衰弱していくのが分かる。
「私はもう長くはない。それは自分が一番良く分かっている」「何を言ってやがる」「気弱になるんじゃねえさ」 
 アルザは微笑みながら、首を横に振る。
「死ぬことは何も怖くはない。何の迷いもない」
 ああ、こんなことになるのなら、もっと、真面目な人間になって、婆さんに安心して欲しかった。そう思うが時は既に遅い。婆さん、死ぬな、と二人は祈る。
「お前達と暮らせて幸せだったよ。お前たちは神様が、私にお授けになられた大事な息子達、娘達だ。お前達のお陰で悔いのない人生を送ることが出来た。有難う。本当に有難う」
「何を言ってやがる、感謝しなくちゃならねえのは、俺達だろうが」ジミーの顔は涙でぐしゃぐしゃになる。タブロは号泣だ。
「あれだけ、神様に祈っていたじゃないか、なんで、死ぬんだよ」「本当に神様なんて、いるのかよ。俺は神様なんて信じねえぜ」
「神様を信じないなんて、悲しいことを言うんじゃない、タブロ。私は、死から逃れさせて下さいなんて、祈ったことは一度もないよ。人はいつか必ず死ぬもの。その時が来ただけのことさ。神様がお与えになられた、この世での役割を私は全う出来たと思っている。これ以上の人生はないよ。満足さ」
「けどよ、婆さんがいなくなったらよ」ジミーの涙は止まらない。慕っている者の死がこんなにも悲しいものだとは、思いも寄らなかった。
「泣くんじゃない、ジミー。神様のお近くに、少しだけ行くことが出来るんだ。何を悲しむことがある」それでも二人の涙は止まらない。
「タブロ、ジミー。こっちへ来て、もう一度、私に顔をよく見せておくれ」
 二人は幼いとき、直ぐ泣く子だったことをアルザは覚えていた。(懐かしい。本当によく育ってくれたよ)少年達を抱きしめる。
 程なくして、アルザは旅立った。アルフレムの街に、悲しみの鐘の音が響き渡る。多くの人々がアルザの為に祈りを捧げるのを見て、ああ、アルザ婆さんは、こんなにも、沢山の人に慕われていたんだな、と二人は思う。
 マルザが亡くなって、次第に孤児院での居心地が悪くなった二人は旅に出ることにした。そして、今、アジェンスト帝国を横断して、アデリー山脈の麓に辿り着いたのである。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み