17 オルティスの母

文字数 2,749文字

カゴに吸い込まれた3人の剣士が着地に気付くと、そこはカゴがすっぽり入る広いベランダだった。

いや、ベランダと言うより2階の庭、あるいはテラスと言ってもいいほどの広さだった。

とんだ災難だったな……。

俺たち、ここまで来て戦わなきゃいけなくなるなんて思わなかったよ。

「ソードレジェンド」とか言ってるから、完全に「ゲームマスター」のシナリオよ。

普通じゃ考えられない展開だと思う。


それにしても、あの人はどこから声を出したんだろう。

カゴが頭上から落ちてくるときも、吸い込まれたときも、少年の母親と思われる女性の姿は見えていない。

言葉の内容からして「母」と断言できたが、姿が見えない中で三人に不安だけが残る。


すると、カゴの中から左右をくまなく見渡すソフィアが、人差し指を震わせながら、カゴの外に腕を伸ばした。

見るからに、剣士がいる……。

さっきから、ちらちらとこっちを見ている。

ソフィア、怯えないで。

ソフィアだって、強敵いっぱい倒してるはずでしょ。

トライブは、ソフィアの指差す方に顔を向けたが、ちょうど物陰に隠れてしまった。

代わりに、トライブの目はソフィアの震えた指先に向かっていた。


だが、ソフィアはトライブの目を軽く見るだけで、かすれたような声でこう言い残した。

さっきの人、顔つきだけ女に見えて、体格が女に見えない……。

剣士だとしたら、かなり太い剣を扱っているような気がする。

もしかして、ソフィアの持っているその刀が……、その女にぴったり合ってるんじゃなくて?

リオン。

これは、オルティスの刀よ。


ソフィアがこの世界にやって来て、すぐにオルティスに敗れて、ソウルウェポンをあの刀に変えられてしまったのよ。

でも、そう言ったってコピーだろ……?

あの女のソウルウェポンにはならねぇと、俺は思うけどな……。

リオンは、そこまで言ってソフィアの表情を伺う。

その時既に、ソフィアの目がリオンに冷たい視線を送っていた。

コピーだとしても、私はこの武器でこのゲームを戦わなきゃいけない。

コピーはちょっと傷ついた、かな……。

リオン、私もちょっと、今の言い方はソフィアにかわいそうだと思った。

オルティスの武器を、何とか自分の中で受け入れたんだから。

分かった。


ごめんな、ソフィア。

リオンがそこまで言い終わったときだった。

時折顔を出していた一人の女性が、ゆっくりと三人の剣士に向かって歩いてきたのだった。


体格は、どこかでウエイトトレーニングでも行っていたかのような筋肉質で、太っているように見えたのはその膨らんだ筋肉だった。

いずれにしても、オルティスの刀がちょうど似合いそうな様子であることに変わりはなかった。

うちのオルティスがどうしたって言うのかしら。


この子の名前を、何度も叫ばないでちょうだい。

この子……?


イコール、オルティス……?

リオンが思わず息を飲み込む音が、その場に響いた。


ほぼ時を同じくして、ソフィアとトライブがお互い顔を見合わせた。

オルティスは、子供なんかじゃない……。

私は、この世界で大人のオルティスと戦って負けたんだから。

だが、ソフィアの問いかけにも、その女性は全く動じる気配がなかった。

その代わり、女性は静かに言った。

私の言うことが間違っているように言ってるけど、この子の名前はオルティス・ガルスタ。

みな、その名前を聞いて狙ってくる。

名前まで、同じようね……。


こんなこと、同じ世界に大人になったオルティスがいる以外にありえない……。

この世界に、この子が大人になった姿もいるってこと?

そんなの関係ないわ。


私が、ソウルウェポンを一つ残らず抹消し、このゲームを終わらせる。

この子を守るために……。

それは、間違ってる……!

トライブは、アルフェイオスを強く握りしめ、力ずくでカゴをたたき割った。

そして、切り刻んだ隙間から三人の剣士がカゴの外に出て、その女性に向かって横一列に並んだ。

「ソードレジェンド」は、最強の剣を決めるためのゲーム。

剣士と剣士が真剣勝負をする場所なのは、間違ってないわ。


でも、一般市民……、しかも子供に恐怖を与えるようなゲームじゃないはずよ。

分かっていないのは、そっちの方。

今まで、何人かの剣士がこの街に現れて、オルティスという名前だけでこの家を襲ってきた。

「ソードレジェンド」というのは、そんな残酷なゲームね。

たしかに、オルティスという名前だから狙われるのも仕方ないわ。


でも、この世界で、「ゲームマスター」はもう一人オルティスを置いた。

その子が成長して、「オメガピース」のソードマスターになるまで強くなった姿なのよ。

きっと、その子は無関係なのに狙われてるだけよ。

トライブの左右で、ソフィアとリオンの首が同時に縦に振られるのが見えた。

だが、肝心のオルティスの母親だけは、逆に腕を組み始めた。


そして、これまでよりもさらに低い声で、やや笑いながら返した。

さっきから何を言っていると思えば、くだらない……。


ソウルウェポンがこの世界からなくなれば、「ソードレジェンド」も全て終わる。

だから、私はこの街を訪れる剣士たちの剣を、こうした。

そう言うと、オルティスの母親は背後に隠していた透明な袋を前に出し、それを高く上げた。

袋の中に入っているのは、粒の大きい炭のようなものだった。

炭じゃん、これ。
まさか、剣士の剣を焼いたってこと?

そう。


しかも、ソウルウェポンを持っていない剣士の剣で叩き落として、すぐに火を付ける。

待ちなさいよ。


それは、剣の命を奪うのと同じことよ……!

剣士として一番許せないことを、あなたはやってるのよ!

トライブの声が、徐々にエスカレートしていく。

表情こそ落ち着きは見せているものの、その目はややつり上がり、今にも戦闘に臨みそうな姿勢になっていた。


トライブの一歩も引かない態度に、ついにオルティスの母親も一歩前に出た。

そして、ソフィアを手で招いた。

そこの茶髪の女。

ソウルウェポンらしからぬ刀を持っているじゃないの。


私のために貸しなさいよ。

やめて。

これは、大人のオルティスが持っていた刀。

そんな強い武器を、やすやすとは渡せない。

体格を考えれば妥当とも言えそうな武器だが、ソフィアは刀を下に向け、決して手放そうとはしなかった。


だが、その横からトライブがソフィアにそっと言う。

ソフィア。

ここは、そんなきれいごとを言ってられるような場合じゃない。

何人もの剣士が、犠牲になってるの。

トライブ……。

このゲームの秩序を守るために、私はオルティスの母親と勝負をしなきゃいけない。


武器を、彼女に渡しなさい。

ソフィアがオルティスの刀をそっと手渡すのを見て、「剣の女王」の本能はさらに燃え上がった。

オルティスの母親をじっと見つめ、トライブは言った。

私は、この中でただ一人、ソウルウェポンを持っている。

勝負したいんなら、かかってきなさい。

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登場人物紹介

トライブ・ランスロット


25歳/17代目ソードマスター/剣=アルフェイオス

男性の剣豪をも次々と圧倒する女剣士。軍事組織「オメガピース」では、女性初のソードマスター。相手が隙を見せたときに力を爆発させるパワーコントロールと、諦めを許さない熱いハートで強敵に立ち向かう。その強さに、「クィーン・オブ・ソード」と称されるほど。

ソフィア・エリクール


25歳/剣=ストリームエッジ

女剣士で、トライブの最大の親友、かつ最大のライバル。

実力で上回るトライブに追いつき、いつかソードマスターになりたいと強く願っている。

リオン・フォクサー


21歳/9代目ソードマスター/剣=ライトニングセイバー

地元ルーファスで自ら率いる自警団「青い旗の騎士団」で活躍し、「オメガピース」でもソードマスターの座をつかみ取る。力でグイグイ押していくパワー型の剣士。

オルティス・ガルスタ


年齢不詳/20代目ソードマスター/刀=名称不詳

「悪魔の闇」を打ち破った者は願い事を叶えることができる。その言い伝えに身を投じ、世界の支配者になろうとする邪悪なソードマスター。パワーやスピードは歴代ソードマスターの中で最高レベル。

ゲームマスター


最強の剣を決するゲーム「ソードレジェンド」を司る謎の男。

剣を持ったときの実力は、計り知れない。

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