11 トライブ 前代未聞の失態

文字数 2,516文字

液体のようなものを掴んだトライブは、その手を液体から抜き、上から差し込むわずかな光で何を掴んだかを確かめた。

触った感じ、それは水だった。


穴に落ちたときに強い衝撃を感じなかったのは、下に水が流れていたからだった。

これ、水よ。

変な液体じゃない。

たしかに……。

なんか、下に落ちたとき、包み込まれるような感触がしたもんな。


口に入ったけど、地下水だからたぶん大丈夫かな。

地下水も、必ず安全ってわけじゃないわ。


でも、この流れ方、本当に地下水でいいのかしら。

「オメガピース」自治区の近くで湧き出す地下水は、幅数センチにも満たないような細い流れになっているものばかりだ。


いまトライブたちがいる場所は、地下水の流れとはほど遠い、まるで小川が地下に潜ったような流れだった。やや力を入れていないと、流れに足を取られてしまうようだ。

川……かな?


でも、もし川だとしたら、どこから流れてきたんだろう。

ゲームの世界だから、俺もトライブも地理は知らないだろうけど。

そうね……。


でも、川であるのなら、どちらに進んでも出口がありそうな気がする。

全部地下に吸収されて終わるってことは、少なくともこの流れならなさそうね。

ホント、すごく気になるな……。


あれ、トライブは何を見ているんだ?

ソフィアを探さなきゃいけないわよ。


でも、この流れだとしたら、もしかして流されたのかも……。

あるな……。

俺だって、さっきトライブが上に乗らなかったら流されていたかも知れないくらいだし。

そう言って、リオンも川底に立って、水が流れていく方向に目をやった。

その先にしばらく光は見えなかったが、ほぼソフィアが流されたと言って言いすぎではなかった。

この水が、どこか外に出ていることを信じて、ソフィアを探しに行くしかないようね。

トライブは、川の流れに耐えながら、足を一歩前に出そうとした。

だが、歩き出そうとしたトライブは、すぐに違和感を覚え、再び穴の真下に向けてUターンした。

トライブ、どうした?

まさか、川底にソフィアがいるとかじゃなくて?

アルフェイオスがない。

リオンも、川底に落ちてないか見て。

普段、強敵に対しても冷静を貫くトライブは、この時ばかりは非常に早口になってリオンに告げた。


だが、トライブの言葉にリオンはすぐに首を横に振った。

トライブ、俺を引っ張ろうとしたとき、どっちの手でロープを持ってた?

両手……。


やってしまったわ……。

そんなことだろうと思ったよ。


もしここで、ソウルウェポンを持った剣士とか出てきたら、たぶん大変なことになるな。

剣を持たないトライブに、相手が襲いかかってきて、倒れた瞬間にこの世界からトライブのソウルウェポンがなくなるとか……。

リオン。


それだけは、絶対に避けたいわ。

それより、この穴から這い上がる方法を見つけないといけない。

トライブは、そこまで言って小さく息をついた。


女が剣で戦ってはいけないという掟を破り、剣を持った日から10年。

トライブは、自分の操る剣をほぼ肌身離さず携えてきた。

それを、わずかな油断から手の届きそうにない場所に置き忘れることは、「クィーン・オブ・ソード」の名に泥を塗るような行為に他ならなかった。

おい、ソフィアとどっちが大事なんだよ。

どっちも大事よ。


でも、私の剣のほうが大事。

私とリオンとソフィアで、いまソウルウェポンがこの世界に残っているのは私だけだから、決して落としたで済む話じゃないから。


ソフィアだって、水が流れていてこの深さだったら、たぶんどこかで気付いて私たちを探そうとするわ。

トライブは、はるか頭上に見える穴を見つめながら、右手をグッと握りしめる。

その言葉と姿は、女王のプライドと、ソフィアを信じようとする強い気持ちの両方が入り交じっているようだった。

俺には、そこまで言えないな。

ここまでドタバタに事が進んでいったら、少しパニックになってるかも知れない。

そうね……。

そこまで言って、トライブはついに黙った。

落ちてきた穴に足の踏み場を削ろうとしたり、川が流れてくる上流に出口がないか探したりした。

難しいな、この高さじゃ……。

ロープですら、普通に冒険者が持っているサイズだと全然足りなかったくらいだし。

アルフェイオスさえあれば、私はバスターウイング使って何とか地上に戻れるけど……、問題はその剣なのよね。

たしかに……。


剣を使って超常現象を起こすときは、たぶんその剣を手に持っていないと意味がないんだったよな……。

その、トライブが飛び上がれるような技も、いま言って剣が勝手に落ちてくるようなものじゃないだろうし。

リオンがそこまで言い終わった瞬間、これまで差し込んでいた光がほんの少し小さくなった。

その光のわずかな変化に、トライブはすぐに上を向く。

人がいるわ。

光に反射して、誰だか分からないけど。

誰だかは分からないけど、黒いシルエットみたいなものは見えるよ。


意外と、「ゲームマスター」じゃないの?

私のピンチを見て、ソウルウェポンが無防備になるのを恐れた「ゲームマスター」が助け船を出してくれたとか……。
そこまで言うと、トライブは上からじっと見下ろしているようなシルエットに向かって、大きく手を振った。

私たちを助けて下さい!

もしそれができなくても、今その場所にある、私の剣を投げ入れて下さい!

トライブが叫ぶように言うと、上にいる人物はやや中腰になってアルフェイオスを持ち上げ、穴に向けてその剣先を見せた。
この剣でいいのか?

はい、この剣で大丈夫です。

私たち、冒険をするのにどうしても手元に持っておきたいので。

じゃあ、投げるからな!

上にいる人物がそう口にすると、すぐにアルフェイオスがその手から解き放たれ、勢いよく穴に投げ入れた。

やや真下から外れた方向に投げ入れられたが、アルフェイオスが一度壁に当たって光の差し込んでいた場所に音を立てて落ちていった。

助かった……。

私の剣が取られるかと思った。

トライブは、半ば安堵の表情を浮かべながら、流れていく水の中からアルフェイオスを拾い上げ、穴に向かって高く伸ばした。


だが、一連のやりとりを見ていたリオンが、少し考えた後こう言ったのだった。

もしかして、いま上にいたの「ゲームマスター」じゃないかも知れない……。
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登場人物紹介

トライブ・ランスロット


25歳/17代目ソードマスター/剣=アルフェイオス

男性の剣豪をも次々と圧倒する女剣士。軍事組織「オメガピース」では、女性初のソードマスター。相手が隙を見せたときに力を爆発させるパワーコントロールと、諦めを許さない熱いハートで強敵に立ち向かう。その強さに、「クィーン・オブ・ソード」と称されるほど。

ソフィア・エリクール


25歳/剣=ストリームエッジ

女剣士で、トライブの最大の親友、かつ最大のライバル。

実力で上回るトライブに追いつき、いつかソードマスターになりたいと強く願っている。

リオン・フォクサー


21歳/9代目ソードマスター/剣=ライトニングセイバー

地元ルーファスで自ら率いる自警団「青い旗の騎士団」で活躍し、「オメガピース」でもソードマスターの座をつかみ取る。力でグイグイ押していくパワー型の剣士。

オルティス・ガルスタ


年齢不詳/20代目ソードマスター/刀=名称不詳

「悪魔の闇」を打ち破った者は願い事を叶えることができる。その言い伝えに身を投じ、世界の支配者になろうとする邪悪なソードマスター。パワーやスピードは歴代ソードマスターの中で最高レベル。

ゲームマスター


最強の剣を決するゲーム「ソードレジェンド」を司る謎の男。

剣を持ったときの実力は、計り知れない。

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