54 力の証を失って
文字数 2,571文字
私は、たった一本の剣で強敵を倒してきた。
たった一本の剣で、未来だって切り開いてきた。
アッシュの姿が見えなくなると、トライブは体を起こしたものの、そこで首を垂れた。
その手に、もうアルフェイオスはない。
その代わりに思い浮かぶのは、いつかトライブ自身が言ったはずの、言葉たち――
私は、剣を抜いたとき、いつも心に誓うのよ。
目の前の相手に負けたくない、と。
負けるために剣を持ったわけじゃないんだから。
私は、ボロボロの状態から何度も強敵を倒してきた。
最後まで自分の力を信じたからこそ、私はまた少しだけ強くなったのよ。
私は、アルフェイオスを守り切る!
私の全てを懸けて!
最後の言葉が頭の中で空しく消えていったとき、トライブはついにその目に涙を浮かべた。
思い浮かんだ言葉は、涙に呑まれ、消えてしまいそうだった。
その時、トライブは右肩に自分のものではない、誰かの手のぬくもりを感じた。
涙の向こうに、ソフィアの姿がぼやけて見えた。
トライブは、ソフィアが握りしめていた薬草を右肩にそっと当て、それから傷口をその目で見た。
全く勝負にならないバトルで力尽きた、はっきりとした証拠だ。
女剣士から剣が取り上げられた途端、それはただの女にしかならなかった。
こうして、武器を失った二人の女剣士が、目と目を合わせている。
ソフィアは、リオンのいる場所を探そうと、軽く目を左右に動かしたが、バトルのうちに方角を見失ってしまったようで、すぐに戻した。
トライブは、首を左右に振り、目にたまっていた涙をそこで落とした。
ソフィアにも飛び散ったように思えたが、ソフィアはその涙をから決してよけようとはしなかった。
嫌っているというか、やめて欲しかった。
私は、慣れない剣を持った相手となんか戦いたくないし、だからこそ私が決定的な勝負から逃げ続けてきたのよ。
リオンとアーディスの勝負を見て、ますますその気持ちが強くなった。
でも、そのシステムに背を向けたからこそ……、いや、私が背を向けると最初から分かっていたからこそ、最後にアッシュと1対4の勝負をしなければならなかったのは、宿命だったのよ……。
トライブは、深いため息をついた。
つい10分前に、自らの全てを出し切り、そして散った女剣士の面影は、その表情のどこを探してもなかった。
今にも、また泣き出しそうだった。
時折空を見上げては、その空に向かってさえ、ため息をつきたくなりそうだった。
しばらくして、ソフィアがそっとトライブに尋ねた。
トライブの力ない言葉に、ソフィアは思わず両肩を掴んだ。
それでも、トライブの気持ちがこみ上げることはなかった。
ソフィアは、言葉短めに止め、トライブをやや細い目で見た。
額と額がぶつかりそうな間隔しかないところで、ソフィアはそれでも言葉を続けた。
今まで、トライブはいつも……、前向きな言葉を言ってくれた。
それが、トライブの強がりじゃないって、私は信じている。
きっとそれは、トライブの本心よ。
剣を持ったとき、常に自分に語り掛けている、熱いハート。
強い剣士としてもプライド。
そして、私を含めて、多くの人々の心を動かした「クィーン・オブ・ソード」の強さだと思う!
トライブは、右手をそっと握りしめた。
そこにアルフェイオスがあるかのように。
だが、その手で力の証を感じることはなかった。
そして彼女は、再び頭を垂れようとした。
その時、二人の視界に眩い光が飛び込んできた。
いま、俺のもとに全ての五聖剣が揃った……。
これより俺は、最強の剣士として、その力の証を操らん。
七色の剣、レインボーブレード。
いま、俺の復讐を完成させる力となれ……。
「ゲームマスター」の低い声とともに、全ての光が森の向こう側で一つに集まり、眩く輝いた。
激しい地響きとともに、これまで伝説でしか語られてこなかった「最強の剣」が、その使い手によって引き抜かれたのだった。