45 ソフィアという壁
文字数 2,511文字
遠くで二人を見つめるトライブが、かすかにそう言いかけたとき、ソフィアの足が地を蹴った。
ほぼ同時に、リオンも足を踏み込んで、ヘヴンジャッジを高く上げた。
ソフィアが、やや低い位置からストリームエッジを振り上げる。
その剣の動きを、ヘヴンジャッジが肩の高さで受け止めた。
じりじりと下に押していく、リオンの剣。
街の騎士団長として、そしてソードマスターとしてトップに立つ剣士と、その経験のないソフィア。
二人の差は、このわずかな動きにもはっきりと現れていた。
逆に、ソフィアの手は、トライブと戦うとき以上の強い力に苦しんでいた。
トライブ相手であれば、最初の一撃でここまで押されることはなく、じわじわとパワーを消耗したところでたたみ込まれる。
それだけに、力としては慣れているものの、「序盤からトライブに攻め込んでいく」といった「いつもの」戦闘方法がリオン相手に通用しない。
ソフィアは、すぐにそれを思い知った。
そして、ソフィアの手が先に動いた。
ソフィアは、一旦ストリームエッジを振り降ろし、行き場のなくなったヘヴンジャッジ目掛けて彼女の左から激しく叩きつけた。
今度は、リオンの剣を押しのけることができたが、それが逆にリオンの攻撃の隙を与えることとなる。
リオンの左に押しやったヘヴンジャッジ目掛けて、ストリームエッジを振るソフィアに、今度はリオンが上からその剣目掛けて振りかざす。
ソフィアも剣を振り上げて応戦するが、またも強い力に押されてしまう。
気が付けば、ソフィアの体は前屈みになっていた。
力が入らない。
ストリームエッジの剣先が徐々に傾いていくのを、ソフィアは次の一手を考えながら見るしかなかった。
だが、次の一手が早かったのは、リオンのほうだった。
ストリームエッジを下向きに傾けたリオンは、続けてその剣に横からヘヴンジャッジを叩きつける。
すぐに体勢を立て直すソフィアだったが、リオンの力にぶつかっていくだけの余裕はなく、あっという間にストリームエッジをヘヴンジャッジの力のままに動かされてしまう。
そして、ソフィアが一度見た光景が、その目の前で繰り返される。
もはや、リオンに翻弄されっぱなしのソフィアは、ヘヴンジャッジが高く舞い上がり、その力が青白く輝き出すのを、手の痛みと共に見つめるしかなかった。
だが、トライブの声が彼女の耳に届いたとき、その痛みが徐々に消えようとしていた。
意識的に、トライブを一目見たソフィア。
その目の奥に、これまで何百回と剣の練習を重ねてきた「最強のライバル」の姿勢がはっきりと見えてくる。
私がパワーを上げたら、ソフィアは完全に沈んでしまった。
ソフィアは、そこで諦めたのよ。
ソフィアには、私の力を止めるくらいの実力があるはずなのに……!
ソフィアの目が、やや細くなる。
リオンのほうに戻しかけた視線は、トライブがうなずくのを捕えていた。
青白く輝くリオンのヘヴンジャッジが、ストリームエッジ目掛けて一気に振り下ろされる。
その一撃に、ソフィアはストリームエッジを力いっぱい振り上げた。
ストリームエッジが、ヘヴンジャッジに体当たりするようにぶつかり、下に押そうとする力を食い止める。
右足を後ろに引き、体の重心を前に出すソフィアを、リオンの力は押し切ることができない。
そして、ヘヴンジャッジが輝く中で、ソフィアのストリームエッジがついにそれを押しのけた。
トライブという、あと一歩のところで勝てないライバル。
だが、同じ五聖剣を持ち、同じ階級まで上り詰めた、全く違う剣士が、トライブと重なる。
勝てば、永遠のライバルと戦える。
その気持ちが、ソフィアの腕に力を与えていく。
ヘヴンジャッジから引いたストリームエッジを、ソフィアはやや高く上げ、そのままヘヴンジャッジ目掛けて振り下ろした。
青白く輝く剣に、ソフィアの本気が飛びかかった。
激しい衝撃が、二人の実力の差を示した。
そして、勝負はついた。
地面に落ちたヘヴンジャッジが、青白い光とともにその形ごと消えていき、代わってその場所にはストリームエッジのコピーが置かれていた。
ようやく手にした五聖剣と、騎士団長リオンの挑戦が、ここで終わった。
そう言って、リオンはトライブを見つめる。
向けられた視線に、トライブがかすかにうなずいた。
互いにうなずくソフィアとトライブを見て、リオンは小さくうなずいた。
それから数秒の間を置いて、リオンはストリームエッジを片手で持ち上げると、それを木に立てかけた。
敗者の持つべき剣を受け取らなかったリオンを、トライブはじっと見つめていた。