52 勝ち目のない戦い
文字数 2,779文字
「ゲームマスター」の黒いシルエットが、トライブの前に立つ。
その手には、五聖剣の一つ、エクスリボルバーがしっかりと握られており、丸い柄がシルエットの隙間を通る光に照らされていた。
トライブは、「ゲームマスター」を見つめ、このゲームで頂点に立った剣、アルフェイオスをまっすぐかざす。
「ゲームマスター」がそう言うと、それまでその身を覆っていたシルエットが力を失うかのように消えていき、鋭い視線と青い髪がトライブの視界に飛び込んできた。
アッシュ・ミッドフィル。
「オメガピース」ではトライブと同じ「マスター」クラスに君臨する、最強の銃使い。
それが今、エクスリボルバーをかざし、立っている。
次の瞬間、エクスリボルバーが1回、2回……と白く輝いた。
そして4回輝いたとき、アッシュがエクスリボルバーを正面に戻し、右足を前に出した。
「クィーン・オブ・ソード」の戦闘本能が、最強の銃使いを前にして燃え上がる。
アルフェイオスをしっかり握りしめ、ついにその足を踏み出した。
二人の「最強」が、お互いを目がけて走り出す。
アッシュがエクスリボルバーの剣先をやや下に傾けながら迫るのを見て、トライブはアルフェイオスの高さをほとんど変えず、上からエクスリボルバーの勢いを止める作戦に出た。
だが、いよいよ二つの刃がぶつかろうという時、アッシュの口元が軽く笑った。
そして、少しだけ持ち上がりかけたアルフェイオス目がけて、素早く叩き上げた。
トライブは、アッシュのエクスリボルバーが振り上げられた瞬間、右手の手首に激しい衝撃を覚えた。
突き上がるような力がアルフェイオスを襲い、上から抑えつけようとしたトライブの動きを、いとも簡単に止めてしまった。
それから瞬く間に、エクスリボルバーが正面からスピンしながら迫ってくるのを、トライブは反射的に気付いた。
エクスリボルバーの尖った剣先を、トライブは体から数十センチのところで何とか食い止め、彼女の右へと反らした。
だが、スピンが止まらないエクスリボルバーが、その遠心力を使ってすぐさま彼女の正面に戻り、逆にアルフェイオスを激しく叩きつける。
今度は、アルフェイオスのほうがあっさりと彼女の左に押し倒されてしまった。
ソフィアが、固唾を呑んでトライブを見守っている。
アッシュの動きを食い止めることすら許されないトライブから、少しずつ選択肢が消え始めていることを、その彼女と最も剣を交えたソフィアははっきりと分かっていた。
アッシュ……、エクスリボルバーの剣先を回転させている……。
尖った剣先をスピンさせて、相手の心臓を貫く、突き専門の剣……。
この動きができる、高度な技術を持った剣士は、ほぼいないはずなのに……、アッシュは手先が器用だから、高度な技術もものともしない……。
ソフィアがそう呟く声は、「剣の女王」トライブには全く届かない。
だが、エクスリボルバーがそのようにして強敵に立ち向かってきた道を、アッシュが再現しようとしていることだけは、トライブにも分かっていた。
力ずくでエクスリボルバーのスピンを抑え込むしかない。
たった一つの作戦を思いついた、トライブの目が鋭くなる。
軽くジャンプして、エクスリボルバーから離れたトライブは、アルフェイオスをさらに強く握りしめ、これまで何度も強敵を打ち破ってきた剣に宿る力を、一気に高める。
「クィーン・オブ・ソード」が、本気のパワーを見せる前触れだ。
そして、トライブは正面からアッシュに立ち向かっていった。
ソフィアの目には、トライブが焦っているようにさえ見えた。
それでも、トライブがその状態から強敵の力を打ち砕く場面を何度も見てきた彼女は、信じるしかなかった。
だが、二人の想いはアッシュの薄笑いにかき消される。
エクスリボルバーのほぼ中心目かけて振り下ろされたはずのアルフェイオスから、アッシュは逃げるようにエクスリボルバーをやや下ろし、突き出しながら再び上に持ち上げた。その勢いのまま、エクスリボルバーがアルフェイオスに襲い掛かる。
トライブも、力ずくでエクスリボルバーを止めようとするが、彼女の渾身のパワーでさえエクスリボルバーの勢いに飲み込まれ、あっさりと跳ね返されてしまった。
徐々に呼吸が激しくなるのを感じたトライブは、それでももう一度アルフェイオスを握りしめ、今度は下からエクスリボルバーを押し上げようとした。
だが、そのわずかな時間ですら、アッシュには動きを読むには十分な時間だった。
上からエクスリボルバーを勢いよく振りかざす。
エクスリボルバーの激しいパワーに、アルフェイオスをあっさりと下に傾けられ、すぐさま体ごと左に退けられる。
先程までの比ではないほどの激しい痛みが、トライブの右手首にあふれ出た。
「剣の女王」が本気でぶつかっても、4倍の力を持つエクスリボルバーにダメージひとつ与えられない。
あらゆる強敵にその力を見せつけてきた「クィーン・オブ・ソード」の姿が、少しずつかすんでいく。
その中で、エクスリボルバーの回転だけがさらに速くなっていく。
再び狙いを定めたアルフェイオスに、さらに強い衝撃を与えた。
トライブは、その体から一瞬力が抜けるのを感じた。
体勢を立て直す前に作ってしまった、彼女の決定的な隙。
そのわずかな間に、エクスリボルバーが再び正面から襲い掛かる。
エクスリボルバーの鋭い剣先がトライブの右肩を突くのを、彼女ははっきりと見た。
引きちぎれるような痛みが、剣を持つ手先へと電撃のように貫いていった。