47 脱落者への接近
文字数 2,838文字
「ソードレジェンド」が終わるまで、一人その世界を楽しもうと離脱したリオン。
その行方を、ソフィアは追っていた。
森に消えた方向は、はっきりと分かっている。
だが、木々に覆われた視界の中で、リオンの背中を見つけることが厳しかった。
目印になるはずの剣を持たないまま歩き出し、しかも彼自身がソフィアの前で示した「足跡による追跡」も、草や葉に覆われて通用しない。
とっさに、ソフィアは両腕を下に降ろし、右手を握りしめて叫んだ。
トライブのように、高い声が出せるわけではない。
それ以前に、木々に阻まれたこの場所で声を出せるはずもない。
にもかかわらず、ソフィアは大きな声を出して、彼の名を呼んだ。
だが、戻ってくるのは自分自身の声のコピーだけだった。
離脱した理由が理由だけに、ソフィアの心に余計な心配が積もる。
それでも、ソフィアは道ができていそうな方へ、森の中を進み続けた。
しばらくして、ソフィアの行く手に広場が広がっていた。
そこだけ、木が生えておらず、空から眩しい光がソフィアを照らしている。
まるでスポットライトのようだ。
ソフィアが心の中でそう叫んだ時、誰もいないはずの広場で、かすかに草が揺らぐ音が聞こえた。
風が吹かなそうなこの場所で、何者かが動いた。
ソフィアははっきりと悟った。
その姿が見えない以上、少なくとも広場ではないが、わりと近くにいることは間違いなかった。
ソフィアは、少しずつ右足を動かしながら、広場の中央から周囲の様子を伺う。
すると、ソフィアの目にオルティスの後ろ姿がかすかに映り、ソフィアはすぐに草むらの中に身を潜めた。
草と草の間から、オルティスの様子をじっと見た。
そんなの言い訳だ。
私が「ゲームマスター」から聞いた限り、ソフィアはトライブに勝てない存在、そしてゲームの序盤にお前はトライブを負かしている。
単純に考えれば、お前にとってソフィアは敵でも何でもなかったはずだ。
オルティスの背中に隠れて見えなかったリオンの顔が、徐々にソフィアの目に映る。
森の中にいる二人は、ソフィアの存在に気付いていないようだ。
ソフィアは、心の中でオルティスに問いかけようとした。
だが、すぐに一つの選択肢が浮かび上がった。
オルティスが、「ゲームマスター」から全てを聞いている可能性だ。
「ゲームマスター」が本当にアッシュなのであれば、ソフィアの実力がいまの「オメガピース」でどのレベルなのか知っている。
それだけでさえ恐怖なのにも関わらず、この世界で初めて出会った剣士たちとの間に優劣をつけようとしていることが、ソフィアの恐怖を増大させた。
ソフィアは、リオンに渡すはずのストリームエッジを強く握りしめ、いよいよ草むらから立ち上がろうとしていた。
だが、ほぼ同時にオルティスの体もゆっくりと動き出す。
五聖剣を「ゲームマスター」に渡した以上、リオン、お前の罪は重い。
「ゲームマスター」と交渉する前なら生かしておくことだってできたはずだがな……。
お前にチャンスを潰された以上、それ相応の罰は受けてもらおう。
ソフィアは、一歩だけオルティスたちに近づこうとした。
だが、それはできなかった。
オルティスが刀をリオンの喉元に差しだそうという状況にも関わらず、その「責任」の一端を担わされようとしていた彼女は、躊躇するしかなかった。
しかし、リオンはオルティスに大声でこう返した。
ソフィアは、オルティスの言葉に耳を疑った。
悲鳴を上げようかすら迷った。
これまで一人だった「ゲームマスター」が、実質的に二人だったということになる。
想像しなかった展開に、ソフィアは草むらの中で震えていた。
いや、震えていたというより、オルティスが許せなかった。
だが、一人じわじわ態度に表れるソフィアに気付くことなく、オルティスは高く手を挙げた。
その手のひらに吸い込まれるように、黒いシルエットが木と木の間に流れ込んできた。
「ゲームマスター」は、リオンを見つめたまま動こうとしない。
オルティスの刀が、徐々にリオンの首から遠ざかっていくことすら、リオンは気付かなかった。
俺は、バルムンクだけを叩き落とした。
もし、ヘヴンジャッジとアルフェイオスを私が落とせば、私が五聖剣のうち3本を落としたことになる。
そうなれば、あの時の契約のように無条件とは言わないが、最後のバトルで私へのパワーウェイトが高くなる。そんな計算だ。
伸びきった「ゲームマスター」の手に、ソフィアはとうとう草むらから逃げ出した。
だが、その音が大きかったことで、オルティスにもリオンにも振り向かれるのを、ソフィアは背中で感じていた。