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文字数 2,760文字

悲鳴にも近い、リオンの叫び声にソフィアは走り出した。


「ゲームマスター」たちから逃げようとしたとき、彼女は完全に方向感覚を見失っており、最初にいた日の差す空間にどう戻るのかさえ分からなかった。

だからこそ、ソフィアはこだまするリオンの声を頼りに、彼のいる場所を追わなければならなかった。


だが、いくつもの方向からこだまする声は、やがてソフィアの行く進路を惑わすことになった。

声は聞こえるのに……、そこがどこだか分からない……。

自分の居場所すら、どこだか分からない……。

既に、戦闘で体力を消耗しているソフィアは、右手でオルティスの刀を持ったまま、左手を膝に当て前屈みになった。

リオンの声が再び聞こえてこなければ、場所を割り出すことすらできない。

私がリオンに近づくのをためらったから……、私がそこから逃げ出したから……、リオンが襲われているのにその場にいてあげられない……。


私の責任は、重いのかもしれない……。

ソフィアは、完全に立ち止まってしまった。

ここから抜け出すことさえできない状況に、そのまましゃがみ込もうとした。


だが、その時だった。

雑草を踏みつけた足跡で分かるよ。

リオンの、野生の勘……。

リバーサイドタウンからオルティスを探しに行くとき、リオンはたしかにそう言っていた。

他に痕跡が残っていなくても、雑草を踏みつけた跡をたどれば、必ず追いつけると。



この時点で、「ゲームマスター」は別にしても、ソフィア1回、オルティス2回と雑草を踏みつけているはずだ。

それをたどっていけば、元の広場に戻ることができる。

ソフィアは、そう確信した。

この木と木の間……、踏みつけられている……。

人の身長ほどの幅しかない木々の間に、ソフィアの目の前にだけ激しく踏みつけられた雑草が見えた。

その先も、踏みつけられた跡が見える。

このルートで、間違いない……。


たどっていけば、きっとリオンのところにたどり着けるはず!

わずかな「光」を頼りに、ソフィアは前に進み始めた。

目の前に広場が見えてくるまでの時間は、彼女にとってあまりにも長く、そして遠く感じられた。


やがて、ようやく木が途切れている景色がソフィアの目の前に広がった。

やっと着いた……。

ソフィアは、首を左右に動かし、リオンやオルティスの姿を見つけた。

すぐには分からなかった。



だが、風のざわめきが一瞬だけ止まったとき、息遣いがかすかに聞こえてくるのだった。

生と死を彷徨うような、苦し紛れの息遣いだ。

リオン……!

草を分けてその場所に進むと、木の陰でリオンがぐったりとしていた。

背は木にもたれているものの、首は垂れ、正面から刀で斬りつけられたような跡がある。



ソフィアがリオンの肩に触れたとき、彼の目はそっと開いた。

ソフィ……、ア……。
リオン……、しっかりして……!

ソフィアは肩を掴んだまま、彼の体を左右に揺さぶった。

その度に、リオンの目は少しずつ開いてくるようだった。

死ぬかと……、思った……。

今でも……、痛いけど……、な……。

どこが痛いの?
跡がついてる……、ところ……、ほぼ全て……。

分かった。


たぶん、この森の中に傷口をふさぐ薬草とかあると思うから、ちょっと待ってて。

ソフィアは、周囲を見渡しながら、その場に生えている草を注意深く見た。

すると、広場の手前に薬草のようなものが数多く見えた。

彼女はそれを手に掴めるだけ摘み、リオンのところまで届けた。

ありがとう……。

リオンは、ソフィアの持ってきた薬草を手にとって、それを自ら傷口に当てる。

傷が徐々にふさがっていくのを見て、リオンの苦しそうな表情は少しだけ緩んだ。

それにしても、ひどい傷。


リオン、全く武器を持っていないのに、こういうことをするなんて……、オルティスはそこまで凶悪な人間だったのね……。

あぁ……。


突然、奴が襲いかかってきたんだ……。


俺は、何も悪いことしていないのに……、全く無防備なところを攻められるんだ……。

どうかしてるよ、あいつ……。

リオン……。

私だってそう思う。


リオンが私に負けたことの腹いせにしか思えないし……、それに……。

それに……。
座ったままの状態で聞き返すリオンに、ソフィアは一度だけ言葉を詰まらせ、それから彼にゆっくりと告げた。

私も、オルティスに負けた。


だからもう、ストリームエッジはこのゲームに存在しない……。

リオンが持っているはずだったぶんを含めて……。

そうだよな……。


俺が、ソフィアの剣を持っていれば、まだ少しは勝負できたかもしれないって言うのに……。

リオンが深いため息をつくのを、ソフィアは見つめるしかなかった。

それから彼女は首を横に振り、右手に持っているオルティスの刀を真横にして、リオンの前に置いた。

リオン。


私たちは、もうこのゲームから脱落した。

でも、私とリオンは、決定的な違いがある。

まさか、俺のほうが強かったとか……、今頃になって言うんじゃないよな……。

そんなことない。

リオンが、素直に私の方が強いって言ってくれたの、私、あの場所からじっと見てたわけだし……、ついた勝敗は変わらないと思う。

ソフィアは広場を指差して、一度だけうなずいた。

それから、やや声を小さくして、ささやくようにリオンに告げた。

でも、いま置かれている状況は、私とリオンとで全く違う。


私は、今のところは、ただいるだけの存在。

でも、リオンは……、友達というか……、同じ騎士団のメンバーを守らなきゃいけないと思う。

アーディスを……、か……?

ソフィアは、何か言い出すよりも早くうなずいた。

二人の間に、一瞬だけ木々の間から光が差すタイミングで、ソフィアは再び口を開いた。

アーディスは、「ゲームマスター」……、いや最強の銃使い・アッシュの逆恨みにあっている。

誰かがついていなければ……、誰かが「ゲームマスター」を止めなければ、アーディスは殺されてしまう。


それを、今までリオンに伝えなくて……、本当にごめん……。


だから……。

ソフィアは、オルティスの刀を少しだけリオンに近づける。

彼が小さくうなずくのを、ソフィアが顔を上げたときにはっきりと目にした。

そうであれば、俺がこの世界にいる意味、あるのかも知れない……。

そうと知っていれば、あそこでゲームの世界から逃げ出そうなんて思わなかったよ……。

リオンは、オルティスの剣を持つために、立ち上がろうとした。

だが、その直後に腰を押さえ、再び座り込んだ。

もうちょっと……、待ってくれないか……。

無理しないでいいから、リオン。

リオンがアーディスのところに行けるようになるまで、たぶんトライブが守っていると思う。

分かった。

リオンがそう言ったとき、二人の耳に剣を叩きつけるような音が、遠くから聞こえてきた。

何が始まったのか、お互いの口から言うこともなく、二人はその音が聞こえるほうへと耳を傾けた。

「ソードレジェンド」、最終戦ね……。
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登場人物紹介

トライブ・ランスロット


25歳/17代目ソードマスター/剣=アルフェイオス

男性の剣豪をも次々と圧倒する女剣士。軍事組織「オメガピース」では、女性初のソードマスター。相手が隙を見せたときに力を爆発させるパワーコントロールと、諦めを許さない熱いハートで強敵に立ち向かう。その強さに、「クィーン・オブ・ソード」と称されるほど。

ソフィア・エリクール


25歳/剣=ストリームエッジ

女剣士で、トライブの最大の親友、かつ最大のライバル。

実力で上回るトライブに追いつき、いつかソードマスターになりたいと強く願っている。

リオン・フォクサー


21歳/9代目ソードマスター/剣=ライトニングセイバー

地元ルーファスで自ら率いる自警団「青い旗の騎士団」で活躍し、「オメガピース」でもソードマスターの座をつかみ取る。力でグイグイ押していくパワー型の剣士。

オルティス・ガルスタ


年齢不詳/20代目ソードマスター/刀=名称不詳

「悪魔の闇」を打ち破った者は願い事を叶えることができる。その言い伝えに身を投じ、世界の支配者になろうとする邪悪なソードマスター。パワーやスピードは歴代ソードマスターの中で最高レベル。

ゲームマスター


最強の剣を決するゲーム「ソードレジェンド」を司る謎の男。

剣を持ったときの実力は、計り知れない。

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